衝突………………からの仲直り
「はぁ、はぁ……………」
半ば強制的に剣の特訓が始まって約3時間、辰姫は大の字になって倒れこんだ。あちこち痣だらけ。一応手加減はされていたようだが、辰姫には非常にキツイ。女子がしてはいけない顔をしている。
ルーカスはそんな様子を見ながら舌打ちして、
「今日のところはここまでだ。明日もやるぞ」
そう言って、辰姫を引きずりながら宿に連れて帰る。辰姫は疲れと身体のあちこちの痛みで殆ど動けずルーカスになすがままに引きずられている。
そして、翌日ーーーーーーーー
「うきゃあ!」
辰姫はルーカスに押し切られて尻餅をつく。まだ2日目とは言え、へっぴり腰なのは全く変わっていない。そんなあり様にルーカスも流石に苛立ちが募りはじめた。
更にまた翌日ーーーーーーーーーー
辰姫は昨日、一昨日の特訓による筋肉痛や打撲でまともに動けない。一応、冷たい井戸の水で痛い所を冷やして安静にはしているのだが、やはり痛くてしょうがない。それによって前よりも動きが悪くなってしまっている。ルーカスは予想以上の辰姫の運動神経のなさからつい言葉を荒げた。
「お前、本当に生き残る気があるのか? 俺はお前の身まで守ってやる気はないんだ。死ぬ気でかかって来い!」
いきなり始めた剣の特訓なのに、全然やり方を教えてくれるわけでもないのに、挙句には自分の身体を気遣いもしないルーカスの態度に辰姫は心の底から腹が立った。そして、ついにーーーーー
「………げんにしてよ」
「ん? 何だ? 聞こえないぞ」
「いい加減にしてって言ったのよ! いきなり剣の稽古だとか言って竹刀渡されてタコ殴りにされてもそんなの上手くなる訳ないでしょ!! だったら、しっかり教えてよ!」
ルーカスも言い返そうとしたが、辰姫の凄い剣幕につい口をつぐむ。余程不満が溜まり頭に来ていたのだろう。1度爆発した辰姫はもう簡単には止まらない。
「私だって好きで異世界に来たわけじゃないのに! ずっと色々と我慢してたのに! 北国堂の栗饅頭とか苺大福とか食べたいのに、2度と食べられないかもしれない! やりたいことだって沢山あった! そして、なによりもお母さんにもう会えないかもしれないのに! 私がどれだけ我慢してるのか分かる!? ルーカスだって同じならそれくらい分かってよ!!!」
辰姫は異世界に来てから「仕方ない、仕方ない」と表面上では割り切っていたつもりだったのだが、心の奥底では完全に割り切れてなんかいなかったのだ。だからこそ、つい無意識の内にルーカスに甘えてしまっていたのかもしれない。同じ時空の裂け目を通った者として。
辰姫は言いたいことを全て吐き出すと、なんとか息を整える。そして、辰姫はルーカスの顔も見ずに顔を洗って来ると言ってルーカスの返事も聞かずに近くの河へ行ってしまった。
残されたルーカスはそれを何も言わずに黙って見届けるとふーーーーっと息を吐いて近くの岩に寄りかかって腰掛けた。
「『同じなら分かってよ』…………か。そんなの分かる訳ないだろ。自分の家族や友達が死なずに今でも元気に生きてるような奴の気持ちなんかよ……………」
ルーカスはそうボソリと呟き、ギュッと強く拳を握る。
そんな時、腰の所から突然声が聞こえた。フェネクスだ。
《ふむ、今のはお前が悪いと思うぞ、ルーカス。ただ厳しくすれば良いものではない》
「お前、聞いてたのか」
《そりゃあ、あれほどあの娘が怒鳴っていたらな。嫌でも目を覚ます》
「俺たちが向かう世界は全部があいつのいたところみたいに平和なわけじゃない。寧ろ命の危険のある世界が多いくらいだ。ここだってまだずっと平和な方だしな。フェネクスだってそんなことは分かっているだろ。自分の命を守るには自分自身が強くならないといけない…… 俺が色々な世界を渡って得た教訓を」
《まぁ、あの娘自身が強くならないと意味はないのは事実だがな。いつまでも誰かに守られているのは問題だ。だがお前の場合は独学で強くなる他なかっただろうが、あいつにはお前がいるんだ。直接色々と身を守る術を学べる先生がな》
「……………………………」
ルーカスは何も言えなかった。確かに自分と辰姫とでは置かれている環境とか色々と違う。
《…………それで、追いかけなくて良いのか?》
「? ……どういうことだ?」
辰姫は顔を洗いに行っただけだ。どうせすぐに戻ってくるだろう。わざわざ迎えに行く必要なんてない。
《あの娘、河のある所と逆の方向に向かって行ったぞ》
一拍
「……お前、何でそれを早く言わねえんだ!」
ルーカスは急いで立ち上がった。
そういえばあいつ、すごい方向音痴だった!
《いや、気付けよ。自分で》というフェネクスのツッコミは聞かなかったことにしてルーカスはすぐに辰姫を追いかけるために辰姫が向かった方向へ駆け出した。
辰姫はトボトボと河を探していた。足取りが重い。身体が昨日一昨日の筋肉痛やら竹刀を打たれてズキズキと痛いからというのもあるが、さっきルーカスに随分と怒鳴ってしまったので戻りにくいのが大きな理由だ。しかし、さっきから河を探しているのだが、全然見つからない。
すると突然、
「よぉ、お嬢ちゃん」
そんな声が聞こえたかと思うと、いつの間にかガラの悪そうな男が数人辰姫を取り囲んでいた。嫌な予感がして咄嗟に逃げようとしたが、男達に乱暴に押さえ付けられ、声を上げようにも口も塞がれてしまった。突然の事態に辰姫は混乱した。必死にジタバタともがいて動こうとするが、疲れている上に女子1人と男複数人との力の差ではどうすることも出来ず、身動きが全く取れない。
「こんなところで1人なんて不用心だねえ。世の中には悪い大人が沢山いるってのに」
「おい、こいつなかなか上玉だぜ。これなら楽しめそうだ!」
男達は辰姫を下品な目で見る。その目から辰姫は自分がこれから何をされるか察しがついた。
いやだ。こんな世界で、こんな形で初めてを台無しにされるなんて……… いや! 誰か、誰か助けて!!
そう心の中で叫んで、恐怖で身体を強張らせて思わず目をギュッとつぶった瞬間、
「楽しめるわけねえだろ、バーカ」
聞き慣れた声が聞こえると、1人の男の顔が苦痛で歪み、悲鳴を上げてばたりと倒れた。辰姫が目を開けてゆっくりと顔を見上げると……
そこには、ルーカスが呆れた様子で立っていた。呆気にとられながらも反撃しようとしてきた男達をルーカスはいとも簡単に倒していった。反撃の隙も与えない。
そして、あっという間に全員倒すと、辰姫は恐る恐るといった感じで口を開いた。
「ルー…カス……」
「はぁ……分かったか? いざ何かあったら自分の身は自分で守らなきゃいけないんだ。だから、自分自身が強くならないとーーー」
ルーカスがそう言いながら振り返るとふいに言葉を止めた。
辰姫が目からポロリポロリと涙を流していたからだ。何気に異世界に来てから初めて流す涙だった。
「え? あれ? あれ?………」
辰姫は最初、自分が泣いていることに気付いていなかったようだ。ルーカスの様子で初めて自分が泣いていることに気付いて動揺した。急いで涙を拭おうとするが、止まらない。これにはルーカスも思わず慌てて、
「おいおい、そんなに怖かったのか?」
「……ううん。それもあるけど、ルーカスが助けに来てくれて凄く…嬉しかったんだ。だから……ぐすっ……ありがとう……助けてくれて」
ヒックヒックとしゃくりあげながら途切れ途切れに礼を言う辰姫にルーカスも「お、おう」とぎこちなく返事をする。色々辰姫にお説教してやるつもりだったのだが、すっかり出鼻を挫かれてしまったのだ。
辰姫が落ち着くまでしばらく待った後、仕方がないので今日は早めに帰ることにした。ルーカスと辰姫はひとまずさっき襲ってきた男どもを全員近くの岩に逃げられないように厳重に縛り付ける。流石にこの人数を王都まで運ぶのはキツイからだ。一応急所を外しているので全員死んではいない。王都に帰ったら衛兵にでも通報してしょっ引いてもらうつもりだ。殺さないのはその方が報酬が多く貰えるからだ。
そして、いざ帰るかって時に、
「あの……ごめん、ルーカス。さっきのドタバタで足を挫いちゃったみたいなんだ。だから……おんぶしてくれないかな?」
「なに? お前………………随分と図太くなったな。こりゃ明日の稽古が楽しみだな」
「ウッ…… 明日もやるの……?」
「当たり前だ。……だが、ちゃんと剣で戦うためにコツというか教訓みたいなのは教えてやるよ」
そう言いながらルーカスは辰姫を背負うと何故か………どういうわけか一瞬、既視感がーーー前にも似たようなことがあったような懐かしい感覚に襲われた。だが、それはほんの一瞬だったので、ルーカスは特に気にせず辰姫を王都まで背負って運んだ。しばらくすると、辰姫は泣き疲れたのもあってスヤスヤとルーカスの背中で寝息を立て始めていた。辰姫は寝息を立てながら腕を少しだけギュッと強く絡める。まるで、いつもこうやっていたかのように。
これで辰姫とルーカスの絆は少しは強くなったかなぁ……と思います。そして、いくつか伏線を……………