発明家マーティ・フィンチ
「さてと……これからどうするか……」
やるべきことは決まったが、明後日まで全然時間がある。まずは宿を借りたいが、そのためのお金を稼がないといけない。
「こういった場合はお尋ね者を捕まえたりするんだが、この世界はあまりそういうのはいないらしいな」
リクエストボードを見てルーカスはそう呻いた。色々詮索してみて分かったことだが、どうやらこの世界はコンピュータが管理していて犯罪を起こした場合、即座に情報が特定されてすぐに捕縛されてしまうらしい。なのであまりお尋ね者というのがいないのである。
「でも、どうしよう…… こうなればアルバイトとかをしないとだけど。市民ナンバーとかが必要って……」
辰姫が不安そうに言った。
この世界の人々にはそれぞれ市民ナンバーと呼ばれる個別の番号が振り分けられている。その番号によってその人物の名前、年齢、住所は勿論、どこの学校を卒業してこれまでにどのような人生を歩んで来たのかがこと細やかに分かるようになっているのだ。
異世界から来たルーカス達には当然そんなものはない。店に入ったりするくらいであれば、さしたる問題はないが物は買えないし、公共施設の利用も出来ない。なので、かなりまずい状況である。
一体どうしたら………
ルーカス達は途方に暮れていたその時、ガシャンと大きな音が近くで響いた。
なんだろう? 何かあったんだろうか? ルーカスは興味がなさそうにしていたが、辰姫とチナミ、セールは気になったのでそこに向かった。それを見て流石のルーカスも付いていかざるを得なくなった。
そこには中型の大きさで薄緑色をしたコンテナを派手に転がしていた中年男性の姿があった。近くには壊れたドローンがある。男性は白衣を着ていることから恐らく何かの研究者だろうか? しかし、ヨレヨレの白衣にボサボサの燻んだ茶色の髪を見るにあまり上手くいってはいないようである。
「あいたたた…… まったく中古のクレーンドローンはこれだから…… すぐにクレーンが緩んじまうから困ったもんだ」
「あの……大丈夫ですか?」
「あん?」
男性は突然声を掛けて来た辰姫達に胡乱な目を向ける。少し怯んでしまった辰姫の代わりにチナミが言葉を続ける。セールも頷いて同意する。
「なんならアタシ達も運ぶのを手伝いましょうか?」
「まぁ困った時はお互い様だしねぇ」
「……そうかい。助かるが…… ならそのコンテナと工具を運ぶのを手伝ってくれ。それを運ぶクレーンドローンがイカれちまったからな。手で運ばにゃならん」
男性は転がったコンテナに指で示して指示を出した。
こうして辰姫達は男性の手伝いをすることになった。意外とこのコンテナは想像していたよりは軽く運びやすかった。勿論人数の問題もあるのだろうが。ルーカスは少し不満げだったが。
それから、ルーカス達はなんとかコンテナを男性の研究所まで運ぶことが出来た。研究所と言ってもマージンにあった研究施設ディブロップメントのような建物ではなく、彼の自宅のことである。男性はルーカス達にコンテナを二重丸が描かれた位置に置いてもらうと、ポケットから灰色のリモコンを取り出した。そして、赤いスイッチを押した。すると、丸の印が赤く光り輝き、コンテナは一瞬で姿を消してしまった。辰姫やセールはそれを見て、目を見開いて驚いた。チナミが小声で教える。
「テレポータル装置よ。物体を別の場所へ転送するの」
「へぇ…… でもチナミちゃん、よく知ってるね」
「そりゃアタシがいた世界でも似たようなのが開発されてたからね。マージンではまだ普及されていなかったけど……」
「あ、そうだ。お前さん達。折角だ。お礼も兼ねてコーヒーくらいはご馳走してやるよ。どうする?」
男性にそう提案されてルーカス達は喜んで中に入ることにした。思えば喉も乾いていたし、上手くいけば何か宿の伝手も見つかるかもしれないからだ。
男性に案内されて入った部屋はあちこち書類やらよく分からない形をした工具やら何やらで酷く散らかっており、正直足の踏み場も無いほどだ。男性はルーカス達を比較的物が置かれていないソファに座るよう促すと、彼は近くのコーヒーメーカーでコーヒーを入れる。コップにはヒビが入っている物もあるが、飲む分には問題ない。それを辰姫達に渡した。ルーカス達はそれを飲んだ。辰姫はあまりコーヒーは好きではないが、これはかなり甘めに作られていて飲みやすかった。
男性はお礼と自己紹介をした。
「ふぅ…… 今回は助かったよ。ありがとう。……そういえば、名乗っていなかったな。ワシの名はマーティ・フィンチ。見ての通り発明家だ。……といってもあまり儲かっていないんだが……」
フィンチは苦笑いしながらそう言った。正直見れば分かると言いたかったが何とかスルーした。お返しに辰姫達も自己紹介を始める。
「えーと…… 私は辰姫って言います」
「アタシはチナミです」
「僕はセールだよ。よろしくー」
「……ルーカスだ」
「それで……えっと……フィンチさん。私達は色々な所を旅しているんですが……」
「どこか宿の当てってありませんかねぇ?」
辰姫のドギマギした歯切れの悪く言う言葉をセールが補う形ではっきりとフィンチに尋ねた。ルーカスやチナミが大分オブラートに包みながらも説明をした。
自分達はあちこちを旅しているのだが、資金を無くして文無しになっていて困っているということにした。それで宿を探しているところだと。
「うむ………… 君達は旅をしていたが、資金を無くしてしまい宿に泊まることも出来なくなったと……」
その話を聞いてフィンチは呆れたように溜息を吐いた。
「はぁ……嘆かわしいな。良い年して資金管理すらもまともに出来んのか。本来なら知ったことかと突っぱねるのだが、今回は助けてもらったこともあるし、丁度人手も欲しいと思っていたところだしな……仕方ない。お前さん達、もしもワシの家でやっている研究を手伝ってくれたらしばらくの間は家に居ても構わんよ。ここの見た目はアレだが、色々設備は整っていることだしな」
ルーカス達は顔を見合わせた。泊まる場所が見つかったのは有難いが、正直ここで暮らせるのかという疑問が大きかった。実に失礼な話だが。
しかし、宿が見つかったのは大きい。これでポイニクスの情報を探ることが出来る。
ルーカス達は大きく頷くと声を上げた。
『どうかよろしくお願いします』
恐縮ですが、8月は予定が多くて投稿頻度が落ちると思います。モチベーションも多少は関係しますが……