既婚者が婚約破棄されました
「あなたとは結婚する事が出来なくなりました」
和雄は15年程前に結婚の約束をした茉莉絵に告げられた。
彼の左手の薬指にはシンプルなデザインの金の指輪が光っている。そう、和雄には25年連れ添った妻がいるのである。
「あの頃は本気であなたと結婚出来ると思っていたの。……私はお子様だったのね」
茉莉絵は一息つくと意を決する。震える手で鞄から小箱を取り出すとテーブルの上に置いた。
「それは!」
和雄の眉間に皺が寄る。昔から大した構造の変化も無いその小箱を見て中身を察してしまったのだ。
彼も妻がまだ1人の女性だった頃にその小箱を手に跪いて共にその先を歩む事を懇願したのだから。
茉莉絵は恐る恐る小箱を開く。和雄の目に飛び込んで来たのは1カラットはあろうかと思われるダイヤをシンプルに3本爪で留めた指輪だった。
「奴にここまでの物が用意出来たのか」
驚き狼狽えてしまう和雄だった。
「これは、彼のお祖父さんが金婚式にお祖母さんに送ったネックレスを受け継いだ彼のお母さんが、大きさ、質、共に素晴らしい物だから婚約指輪に加工するように譲ってくれた物らしいわ」
「そんなに大切な物を受け継がせて貰えるなんて、茉莉絵は相手の家族にも大事に思われているのだな」
目の前の指輪が一際存在感を放っていた。その輝きが和雄に茉莉絵を手放す時が来たのだと告げているのだった。
「ええ、私にとっても大切な人達なの。籍の問題じゃなく、もうとっくに家族として受け入れて貰っていたのね。この指輪で気持ちが固まったわ」
「そうか、分かった。幸せになるのだぞ」
和雄の背中には哀愁が漂っていたが、その顔はどこか清々しくもあった。
〜〜〜
それから数日経ったある日の昼下がりの事だった。
和雄の目の前で土下座をしている青年がいた。
「お前が私から茉莉絵を奪ったんだな」
「すみません」
和雄の威圧感に彼自身緊張が重なり謝罪の言葉しか口に出来ないでいた。
「お前はうちに謝りに来たのかね」
茉莉絵の厳しい視線に和雄は屈して助け舟を出した。
「いえ、大切なお話があって参りました」
顔を上げてしっかりと和雄の目を見て話す青年には好感が持てる。
「どうか茉莉絵さんと結婚する事とお義父さん、お義母さんと家族になる事をお許しください。お願いします」
今日の良き日をもって娘との婚約が終わったのだった。




