嘘をつかない制約
高校に進学し、卒業までには嘘は3回までと心に決めた璃子。
そんな瑠璃に興味を寄せる一人の女の子がいた
私が嘘をつけるのは3回だけ。それ以上はダメ。自分の決めたルール。そのおかげで友達がほとんどできなかったけども。
嘘をつかない本音しか言わない女の子は「裏が無くていいよね!」って言ってくれた人もいるけど、内心、自分のイヤなところを本音で言われたら……って思っていた人もも居たのだろうと思う。
それと。嘘をつかない人生を送ると感情が薄くなってゆくことに気が付いた。常に本音を話せば良いんだもの。なにもなにも難しく考える必要はない。そうしてるうちに「この人はなにを考えているのだろう」とか「こう言ったらこの人はどう思うのだろう」というような人間なら誰もが持ってるであろう気持ちが私の中では欠落しているように感じる。
昔はつらかった。本音で話せばきっと傷つくだろう、って思った。でも嘘をつかない、という自分のルールを破るわけにはいかない。
私がなぜこのようなルールを戒めのように決めたのは訳がある。私は父親を幼いときに亡くし、小学5年生の時に母が再婚した。その再婚相手も自分が中学1年の春に事故で亡くなった。その頃の自分は血の繋がっていない父親は父親に思えなくて、家にいる知らないおじさん、という感情しかなかった。
だから、そのおじさんが亡くなったって聞いたときも「そうなんだ」程度の感情しか無かった。
葬式の夜に母が泣き崩れているのを見て「大丈夫?」と声をかけたとき母に感情的に「璃子は悲しくないの!?あの人はあなたのお父さんだったのよ!?」と叫ばれた。多少動揺はしたが、私の中であの人はお父さんじゃなくてただの知らないおじさん。
「ええっと。悲しい?のかな?」
咄嗟にそう答えた私は思ったんだ。嘘は大事だけど、自分にとって嘘は負担になるだけだと。母はその言葉を聞いて満足したように再び泣き崩れた。
翌朝に、私が高校卒業までにつける嘘は3回まで、と自分にルールを架した。理由はさっきの通り。相手のための嘘もあるのは分かってる。でもそんな互いの嘘にまみれた生活は本当の生活じゃない。あの人は本当に知らないおじさんだったのだ。なにも悲しくなかった。私は自分に嘘をついた
「あー。このクラスの担任になった市ノ瀬だ。普段は現国担当だ。とりあえずこのクラスの43人は最低1年間は共に過ごす仲間だ。全員と仲良くしろとは言わんが面倒ごとだけは勘弁してくれよな。それじゃ、出席をとるからついでに自己紹介を頼む」
共に過ごす仲間、か。仲間……。仲間ってなんだろう。一緒に楽しく話す?一緒に帰る?同じ部活動で汗を流す?一緒にご飯を食べる?
「……原、、神原!聞こえてるのか?」
「あ、はい。聞こえてませんでした。すみません」
「まあいい。はやく自己紹介を頼むぞ」
「皆さん初めまして。神原璃子と言います。神の原に瑠璃色の璃、子供の子、と書きます。信条は嘘をつかない、です。よろしくお願いします」
この高校は地元じゃない。通学に1時間かかる私立高校だ。回りに知り合いなんて誰もいない。これを機会に「嘘をつかない」というルールなんてやめて忖度する人生にしても良い気がしたのだけれど、互いに忖度しあう生活って楽しいのかしら?という結論を私の中で出した。
「ねぇねぇ、神原さんはどこから通ってるの?私は八王子。延々満員電車で揺られて通学することになって正直ツラいわ」
「ツラいのが分かってて、なんでこの高校にしたの?あ、私は武蔵境から。案外近いのに乗り換えがあるのが面倒ね」
「んーっとね。本当は中央線でそのまま行った先の高校に行きたかったんだけどね。でもなんかこっちの高校がいいかな、って思って、こっちにしたってわけ」
さらに遠い高校に行きたかった。でもこっちにきた。あ、なるほど。第一志望校に落ちたんだ。
「第一志望校、落ちたの?」
「うわ……歯に布を着せぬ発言だわね。嘘をつかないって信条ってそういうことなのかしら……。まぁでも嘘まみれの八方美人は嫌いだし、私たち、言い友達になれると思うよ。よろしくね」
「あの。まだお名前を聞いてないのだけれど」
「あ、ゴメンゴメン。私、千川千鶴。中学の時はセンセンとか呼ばれてた。神原さんは?」
「私?そのまま璃子、とかつらたん、とか」
「なに?つらたん、って」
「私が嘘をつかないから、つらい、って意味だって」
こうして友達っぽい会話をするのは久しぶりだ。千川さんは自分が嘘をつかないのは八方美人よりは嫌いじゃないと言ってくれたけれども。
授業が始まっても千川さんは私と目が合うと合図を送るような反応をしていた。彼女も友達っぽ人ができて嬉しいのだろうか。聞いても良いけど、返事のよっては本音を言って彼女を傷つけるかも知れない。
私は嘘をつかないというルールを守るために余計な詮索や質問はしないようにしていた。常に受け身の生活。
「璃子ちゃん!お昼に行こう!」
千川さんが勢いよく自分の席に飛んできた。あまりの勢いにびっくりしたけれど、私はお弁当を持ってきていたので、ここでお弁当を食べる、と答えた。
「じゃあ、買ってくる!先に食べてて!あ!なんか飲み物とかいる?お近づきの印に奢っちゃうよ!」
飲み物か。ウーロン茶は飲みたい気がする。
「それじゃ、お言葉に甘えてウーロン茶をいただけるかしら」
「了解!」
千川さんは廊下に飛んでいってすぐに見えなくなった。購買ってあっちだっけ?
今日の卵焼きはうまく焼けた。あ、でもちょっと甘いかな……。右側の前髪はピンで留めてきたのだけれど、左側はそのまま。下に向いたら髪の毛がお弁当箱に入りそうになったので左手で耳の後ろに掛けた。
「ほんっと璃子ちゃんってエッチよねぇ。その容姿できれいな髪の毛、なんとなく陰がある雰囲気、嘘をつかないという鉄壁の防御。完璧だと思うわ。スカートの丈を除いては!」
エッチ?私が?なんで?それにスカートの丈ってどういうこと?疑問に思ったことを口にしないのは自分に嘘をつくことになるからそもまま口にする
「え?だって男の子はそういの大好きだと思うわよ。それでそれで。スカートの丈がちょーっと長いと思うの。せめて膝上にはしようよ」
スカートの丈を短くするって男の子にアピールするってことなのかしら。別に高校生活でそういうのは求めていなかったのだけれど……。でもなんか、いつもの私と違う感覚に襲われたのもあって、ご飯を食べた後に一緒にトイレに行ってスカートの上を巻き上げて短くした。
「すっごい似合ってる!うんうん。やっぱりこのほうがいいよ!可愛い!」
早川さんはなんかすごく嬉しそう。私も悪い気はしない。教室に戻るといつもは感じない視線を感じた。
席に着くと一人の男の子が私の元にやってきて話しかけてきた。初対面なのにいやに馴れ馴れしい。
「あなた、初対面なのになぜそんなに馴れ馴れしいの?私、そういうのは嫌いなの。分かったら向こうに行ってくれると助かるわ」
「璃子ちゃん……かっこいい……。今の人、そこそこイケメンだったじゃない。良かったの?それに私もいきなり馴れ馴れしい感じだったと思うけど、それは良かったの?」
「うん。早川さんはなんともなかった。私、嘘はつきたくないからイヤならさっきみたいにイヤって言うから。大丈夫」
「そっかぁ。なんか特別みたいで嬉しい。ありがと」
「千川さん、私のことが好きなの?」
「ん?もう一目惚れ。自己紹介を見た瞬間にビビビ!ってきた」
女の子が女の子を好きになるっていうのは聞いたことがあるけれども、千川さんはそういうやつなのかしら。
「千川さんは女の子が好きなの?」
「好きだよ。あ、でもキスがしたいとかそういうのじゃないから安心して」
そういうのがよく分からなかったからひとまず安心した。ところでさっきの男の子は私になんの用事だったのだろうか。
千川に好かれた璃子。
嘘をつかないためには人と仲良くしないのが一番、そう思っていたのだが