田倉順三
鏑木さんとしては相手が大物過ぎて、考えあぐねている
「すいません、ちょっと出て来ますけど、すぐに戻りますから」
そう言って部屋を出ると
「ピロ、田倉の所に」
田倉の屋敷の書斎の扉の前に居た、ノックする
「入れ」
中にはいる
「またまたお邪魔しますよ」
「げっ、貴様」
「大分大勢を使って俺を探しているようだが、あまり騒ぎを大きくすると、あんたはマスマス自分の首、を絞める事になるってわかっているの」
「貴様どうやって、ここに」
「どうやってかな、こうして、極端な話あんたを殺して消えれば、全てお終いと言う事も出来るんだけど」
「人を呼ぶぞ」
「どうぞ、意味が無いのは分かっているよね」
「くそっ」
悔しそうに顔をゆがませている
「一つ、提案があるのですが」
「なんだ」
「聞いてくれる」
「聞くしかないだろう、もうお手上げだ、お前は俺の手に負えん」
「やっとわかってくれた」
「悔しいけど、私の負けのようだな、言って見ろ」
「休戦と言うか、争うのは止めない」
「止めるも何も、お前が私の」
「そもそも、娘が可愛いかどうか知らないが、理不尽な事を押し通そうとしたから、こういう事になったんだろうが」
「私の娘に恥をかかすと言う事は、私の恥でもある」
「あんなことをする娘に育てた事を、端と思わないのか」
「多少我儘だとは思うが、歳をとってから生まれた子で」
「親ばかだって事は分かっているんだ」
「こんな事になってみて、馬鹿な事をしたと思って居るが、此処で失脚するわけにはいかん、何とかもみ消そうと思ったんだが、無理らしい、もう好きにしてくれ、引退するよ」
先程迄の覇気が無くなった、本当に観念した様だ」
「自分の横暴さが分かった様だな、其処で提案だが、今後あんたが理不尽な事をしなければ、俺は何もしないし言わない、その代わり、俺の頼みを、あんたの出来る範囲で聞いて貰言わないう、こんな条件で握手としないか」
「ええー、どうして、本当にほんとか、本当に其れで良いのか、色々公表しないのか」
「ああ、本当だ、公表しても何の得にもならないし、其れよりあんたの悪知恵を、良い方に生かせばどれだけ世の中の為に良いか」
「悪知恵とは、ちょっと」
「悪知恵じゃないというの」
「悪知恵と言うか、自分の我儘を通しただけだが、同じようなものか」
「我儘だと分かっているんだ、その年で我儘って・・」
「もう言い分かった、言うな、その条件を飲む、引退を覚悟したんだ、願ってもないことだ、その約束の証は」
「約束してくれれば、あんたが力を無くせば、俺も損をするんだ、これからはあんたを守ってやるよ」
「えっ、本当か、今言った事は本当か」
「嘘は言わないよ、約束する、でも、理不尽なことを遣るようだったら、縁を切るけどね」
「良し、分かった、お前と手を組もう、ちょっと待っていてくれ」
「そう言うと机の引き出しから、カードのようなものを出した、其れに何か書いている
「これを持っていけ」
渡されたカードには
いかなる場合もこの者の通行を許す,田倉順三 本条隼人へ
そう書いてあった
「何時でも来るが良い、相談に乗ろう、直通の電話番号も裏に書いてある、お前の番号も教えてくれ」
そう言ってメモ用紙を渡してよこす
「良いですよ」
番号を書いて返す
「お前のようなものが味方になれば、下手な手を使わず堂々と色々の事が出来る、悪い工作など無用だ、見ているが良い」
「良いことを遣るなら、幾らでも力は貸しますよ」
「ありがとう、頼りにしているぞ、私が良い人になると、裏社会の奴らがだまって居ないだろうから、頼むぞ」
「今までの腐れ縁てやつだね」
「そうだ、政治と言う奴は奇麗事ばかりではないからな」
「分かるような気がするよ、命の危険を感じたらすぐ俺の所に連絡をくれれば必ず守るから」
「ありがとう、頼りにするぞ、すぐにでも有り得る事だからな、これからはガラの悪い者は、寄せ付けないようにしないとな」
「良いですよ、何時でも連絡ください」
人間こうも変わるかと思うくらい、善人の顔になっている、やはり行いは顔に出るものもなのだろう
「じゃあ、そう言う事で」
「待て、門まで送る、無断で来たのだろう」
ちょっと時間を食ってしまった、時間が惜しい
「大丈夫、騒ぎにならないよう消えるから」
「そうか、気を付けてな」
急いで廊下を通り、心配そうに見送る田倉が見えなくなった所で
「ピロ、頼む」
一瞬で料亭に戻ると竹林と鏑木が、意外な事に楽しそうに談笑していた、
「すまん、思いの他時間がかかってしまって」
「用事は済んだのか」
竹林に言われ
「うん、田倉と話をして来たんだ」
電話で話したと思っている事だろう
「争いは止めにして、悪い事をしないで良い事だったら、応援するって言ったら喜んでいたよ、暴力や敵からは守ってやる、そう言ったら喜んで手を組むと言ってくれた、だから、もう危険は無くなりました、、竹林、鏑木さん心配かけました」
「そうですか、ちょっと信じられないが、まあいいでしょう、少し様子をみましょう」
「そうしてください」
「竹林、突き合わせて悪かったな」
「いや、凄い話になって,俺が聞いてて良かったのか」
「もしもの時の証人だ、但し今夜の事は絶対人には言わないでくれ」
「言うもんか、下手をすれば命が無くなるよ」
「分かってれば良いよ、でも、ヤバい事に突き合わせて悪かった、鏑木さんもすみませんでした、俺の個人的な事で利用しちゃって」
「だから、遠慮なく私を利用してくださいって言ってるでしょう」
それを聞いて、竹林が不思議そうな顔をしている
「鏑木さんがそんな事を言うから、竹林が不審そうに見てますよ」
「いや、これは失敬、そんな付き合いがしたいと、本条さんと竹林さんを見ていて思ったものですから、つい」
「そうですよ、俺と鏑木さんの立場じゃ、色々と無理があるでしょう」
「そうだよな、無理だよ、おかしいと思ったよ」
竹林が呟いている、危ない所だった
「そんな訳でして、今日の処はお開きと言う事で、何時かまた三人で飲みましょう」
「ええ、是非そうしたいですね、また、誘ってください」
そうしてその日は散会となった
一か月ほどして鏑木さんから
「また三人で飲みませんか」
お誘いがあった、快く誘いに乗った、竹林も二つ返事で来ると言った、今夜の場所は奈々子の店にきめた、黄昏時奈々子の店の前の通りは、帰宅ラッシュで人通りは多かった、店の看板が華やかに点灯し、足元は打ち水がしてあった、扉を開けて入って行くと、竹林と鏑木さんはもう来ていた
「あれ、二人とも早いね」
「言い出しっぺが遅れてはと思いましてね」
「俺は、こう見えても重役だからな」
「重役、親の七光りが、仕事でも少しは光っているのか」
「面目ない、今は消灯中、光は失ったままだ」
「情けない」
「お前、何時からそんなに辛らつになった、七光りの恩恵は普通の光より明るくしないと、光って見えないんだよ可哀想と思えよ」
「知るか」
「相変わらず仲が良いのね、男同士でも妬けちゃうわ」
「仲が良いと言うのかな、俺はこいつしか友達が居ないから、分からない」
「お前なあ、まあ良いか、鏑木さんすいません、隼人はひどい奴なんです、親友と言っても、傷口に塩をぬるような事を平気で言うんですよ、何とかしてください、上司として」
「あら、鏑木さんて隼人君の上司なの、桜田門」
「ああ、そのトップだ」
何れ分かる事だから、早いとこ教えておいて、周りに知れないよう気を使って貰おう
「トップって、署長さんなの、隼人君凄いじゃない」
すると竹林が
「奈々子、署長じゃないよ、もっと上のトップ」
「警視総監とか、そういう、それはないよね」
「それが有るんだ」
「嘘、マジで、本当に、隼人君がそんな人と、万年平刑事だって言ってたじゃん、そんな失礼しました、っていうか本当の話なの」
「すみません、役職はこの際抜きにしていただいて、只の親父で、本条さんと竹林さんのただの友達で」
「どうしてあんた達、そんな人と知り合いなの、どうやったらそうなるのよ」
「どうやったらッて、縁があったってそれだけですよね、鏑木さん」
「ええっ、まあ、偶々プライベートで知り合って」
「そうなんだ、そんな事もあるのね」
「頼みますから、普通の只のおじさん扱いで」
「分かりました」
そう言って奈々子は、カウンターの横の調理室に、行ってしまった
「兎に角、お互いに、久し振りにです」
竹林が言う
「ひと月振りか、その節はお騒がせしまして、二人には迷惑をかけました」
「迷惑なんて、そんなことないですよ、それより国会内の噂しってますか」
「国会内何て、まるで縁がないから知りません、知る訳がないでしょう」
「そうですか、そうなんですね、実は田倉順三が変身したと、もっぱらの評判なのです、国会の悪の根源とまで言われた田倉が、仏のように穏やかになってしまった、余りの変身ぶりに何か裏があるのではと、疑心暗鬼になっている輩も多いとか」
「それは、良い事じゃないですか」
「ええ、良い事だけど、彼には敵が増えたようですね、今までの敵と、今までの仲間が裏切り者と見るようになった事」
「大変なんだ、良い人になるって事は」
「そうですね」
「国会議員て怖いですね」
竹林が言うと
「それは国民の代表の集まり、と言えばカッコいいけど,所詮次回の票にどうつながるか、欲と業のるつぼだからね、怖いところですよ」
「いくら敵が増えても、命までは取られないでしょう」
「さあ、どうでしょう、あれほどの大物が、鞍替えしたと思われたら、命を狙われてもおかしくないですね、事故に見せかけるとか、外国の殺し屋を雇うとか、有り得ますね」
「ええ、警視総監の貴方が、そう言うんですか、怖いですね」
「勿論、、これは内密ですが、公安を使って手は打ってあります、だが絶対はないから心配なのです」
せっかく味方になってくれたのに、殺されては困るな
「鏑木さん、手をまわして、俺を田倉順三の警護に回す事出来ないかな」
「今、彼は無役だからSPは付いていないし、彼に何かあれば付けられるが」
「じゃあ、公安に交流研修みたいにできませんか、その方が自由に動けるし、総監直属の何かって言うのも良いかもしれない」
「分かりました、何か考えましょう、本条さんをどう指定するかですね、最終的には対談の時に気に入ったから、でも良いですか」
「其処はどうでも、鏑木さんの立場から問題が無ければ、どんな方法でも、お願いします」
「分かりました、何とかしましょう」
奈々子がやって来た、この話は打ち切り時だ
「硬い話ばかりしているんでしょう、柔らかくしなきゃ、私も入れて」
「そんな事は無いヨ、俺達だって、こういう場所で仕事の話は抜きだよ」
しらじらしいとは思ったがそう言っておく、竹林がチラッと舌を出して苦笑している、片手で拝むようにして、ごめんと口を動かす
カラオケを何曲歌ったか、覚えていない、鏑木さんがあんなに歌が上手いなんてショックだった、鏑木さんもこんな雰囲気で遊べるのは、久し振りらしく楽しそうだった、鏑木さんの人相がはっきり分からないよう、照明を暗めにしてもらい存分に楽しんでもらった
「久しぶりに楽しかった、立場を忘れて楽しめました」
そう言って喜んで帰って行った
お読みいただきありがとうございました