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吸血鬼

 清水美香の人生は一言で言えばイジメられていた。

 名前負けしたその容姿は、学校でイジメの対象となる理由としては十分だった。

 彼女はそれに耐えた。

 耐え続けた。

 そして彼女はせめて心だけは美しくあろうと、人のやりたがらない事を率先して行い、町内の活動などにも積極的に参加し、ボランティアなども精力的にしていた。

 それにより周囲からの彼女の評価は「最近の子にしては珍しい良い子」といったものだった。

 しかし、その評価と反比例するかのようにイジメはエスカレートしていった。

 彼女が良い事をすればその分周りにその事が伝わり、同級生の親にもその事が伝わると、知らぬ内に彼女と我が子を比べてしまったりする。

 親から面倒事を頼まれたり、「清水さんの所は〜」などと愚痴を吐かれようものなら、その苛立ちは巡り巡ってイジメという形で彼女に返ってきた。

 情けは人の為ならず。

 清水美香の人生においては、この言葉が現実のものになる事はなく、自殺という形でその生涯を終える──


──筈だった。


 校舎の屋上から飛び降り、地面と口付けを交わした瞬間、彼女は意識を失い、結城正義と同じように神の使いと出会った。

 そこからは結城正義と変わらない。

 神の使いと会話し、異世界へと転移され、既に彼女はこの世界で三百年も生きている。


「三百年っ!?」


 清水美香の半生を聞き終えた俺は驚きのあまり声を上げてしまった。

 だがそれは仕方ないこと。

 何故なら彼女の見た目はどう見ても二十代。

 なんならイリスのような大きい子供がいることさえ不思議な程若く見えるのだ。

 今日はもう顎が外れるのではないかと思うほど口が塞がらない事が多いが、俺はどうにか冷静さを取り戻すことに努めた。


「私が望んだのは美貌と種族変更。それにより私はこの美しさと人間ではない種族、吸血鬼、ヴァンパイアになったのよ」

「そんな事まで出来るのか……」


 彼女が美しさを望んだ理由は分からなくはない。

 イジメというのは俺の学生時代でも大きな問題であったし、その被害者の精神的苦痛というものはイジメを経験した事のない俺には想像を絶するものがあるだろう。

 そんな彼女が美しさを求めることに何ら不思議はない。

 そしてそれが手に入れることができることも。

 しかし種族変更か……それでヴァンパイア、不老不死の存在で有名な……不老、不死……っ!?

 俺はその単語を思い出した時、パズルのピースが上手くハマった感覚を覚えた。


「まさか……その対価って……」

「来世以降の寿命全て」

「それで……良いのか?」

「えぇ、後悔はしていないわ」


 彼女の仮説が正しいのであれば、彼女は今世においては不老不死であり、寿命という概念を無視した化け物じみた肉体を手に入れたことになるが、もし何らかの理由で死ぬことがあれば、その先の寿命は存在せず、彼女という存在は消えてなくなる。

 そうなってしまえば、彼女もまた例の彼のように……。


「神の使いからは今後の転生は無いとだけ伝えられたけれど、恐らくそういうことよ」

「そうか……」

「まぁ私としてはそれよりも、記憶を失くしたことの方が辛いかしらね」

「記憶?だが今普通に昔話を……」

「良い記憶だけ……ね」

「っ……」


 何処か辛そうで、悲しそうな表情のまま、彼女はポツリと呟いた。

 良い記憶だけ失くなった。

 つまりそれは彼女にとって忘れたくても忘れられない記憶だけが残っているということで……折角手に入れた美しさを持ってしても、過去の自分からは逃げられない事を暗に示していた。


「もう私に寿命を対価として払う行為は出来ない。後は魂を削るか、ヴァンパイアとして殺されるかで私の生涯は幕を閉じる」

「……」

「私の身の上話はこれくらいにして、次は魂を削ることについて話しましょうか」


 彼女の言葉に何を言っていいのか分からず、俯き気味に黙り込んでしまった俺を察してか、彼女は話題を本題へと戻した。


「寿命に関しては私のような使い方をしなければあまり考えなくていいとは思うわ。でも、魂を削るのは絶対にやめなさい」

「もう何を言われても驚く気はないし、回りくどいのは無しにしてくれ。魂を削るとどうなる?」


 これまでの話で既に俺の頭はパンク寸前であるし、何よりこんな話を聞いてこれ以上無闇に力を欲しようなど思える訳がなかった。

 故に俺は結論を急いだ。

 クロイツェン伯爵もそれを分かっているのか、紅茶で唇を潤してから告げる。


「魂を削ると魂の価値が下がり、その存在はどんどん希薄になっていく。彼もそうだった。彼は人々を助け続けたけど、感謝はされなくなっていった。助けられた人が彼という存在を認識出来なくなっていたのよ」

「助けられたのに、か?」

「影が薄いどころの話ではなくなるの。その存在自体が世界から消えかかってしまうのよ」

「彼は、それでも人を助けたのか?」

「……えぇ」


 クロイツェン伯爵の言う彼。

 彼女はその話をする度に辛そうな表情を見せる。

 人々を助けるため、救うために力を求め、その度に存在が消える恐怖と戦い続けた彼。

 今まで彼の名前自体が出てこない事から、恐らく彼女でさえその存在を認識することが難しく、名前が出てこないのかもしれない。

 そんな事を考えていると、彼女は表情を明るくし、話題を変えた。


「転移者に対する忠告はこれくらいにしておきましょうか。私が言いたいのは力を求めない事。でもそれは強制出来るものじゃない。ただ、知らずに後悔することだけはして欲しくないってだけ」

「ありがとう……気を付ける」

「えぇ……それじゃあここからはイリスの母として貴方と会話するわ」

「あ、あぁ……」


 今までの真剣な顔付きとは打って変わり、クロイツェン伯爵は母親の優しい顔となる。

 そしてそのまま俺に向かって頭を下げた。


「娘を助けてくれて、ありがとうございました」

「え?」

「コボルトの奇襲から、助けてくれたのでしょう?」

「あぁ、その事か」


 一瞬何に対してお礼を言われたのか分からなかったが、コボルトの奇襲と聞いて俺は納得した。

 しかしあれは俺の失態であるため、素直に受け入れることはできなかったが。


「娘はどうですか?気の強い子なので、ご迷惑をかけていなければいいのですけど……」

「いえ、いつも助けられてばかりでした」

「……でした?」


 俺の言葉に引っかかりを覚えたのか、彼女はキョトンとした表情のまま首を傾げた。

 俺はその事に違和感を感じ、次の彼女の言葉でそれは確信に変わる。


「貴方はイリスとパーティを組んでいるのではないのですか?」


 この世界には情報のやり取りは基本的に郵便であり、現代社会のようにメールや電話なんて便利なものは存在しない。

 先程チラッと聞こえた彼女の言葉に手紙という単語が聞こえた事から、彼女とイリスの間にも手紙のやり取りがあったことが分かる。

 そしてそれを定期的にやり取りしていたとしても、お互いの近況を知るにはラグが生じてしまう。

 俺とイリスがパーティを解散して一ヶ月。

 その程度であれば、情報の齟齬があってもおかしくない。

 故に俺は彼女の持つ過去の情報を最新のものへと更新する。


「あの後すぐにパーティを解散したんですよ」

「まぁ!あの子そんなことは何も……」

「一時解散という形で、一年後にまた組むかもしれませんが」

「そうですか……あの子は私の娘とはいえ人間とのハーフ。不老でもなければ不死でもないので、貴方のような転移者が側にいてくれるなら安心だったのですが」

「俺なんかより今臨時で組んでいるパーティの方がよっぽど安心だと思いますよ」


 冗談めかして俺が彼女に向かってそう言うと、彼女は一瞬表情が優しげなものから冷めた無表情とも取れるようなものへと変貌し、ボソリと呟いた。


「転移者程いざという時、頼りになる者はいませんよ」


 その小さな呟きを聞き取れなかった俺は彼女の変化に戸惑うが、すぐにそれは元に戻り会話は再開される。


「因みに一年後、というのは?」

「片腕でどれだけやれるのか、それを確かめるための一年です」

「そうですか」


 彼女はそこで紅茶を飲んだ。

 テーブルに置かれたカップには既に紅茶は入っておらず、彼女は席から立ち上がった。


「今日はありがとうございました」

「いえ、こちらこそ!」


 俺は慌てて立ち上がり、彼女に向かって頭を下げた。

 その様子を見て彼女はクスリと笑う。


「やはり、日本人のそういう所を見ると安心しますね」

「はぁ……」

「ではご機嫌よう」

「は、はい、また」


 彼女はテーブルにお金を適当に置いてから店の出口へと向かい、日差しを嫌う素振りを見せながら日傘を差して出て行った。

 それを追うように俺も店から出たが、既に彼女の姿は見当たらなかった。


「魂……か」


 先程までの会話を思い出し、俺はその内容を心に刻むかのように呟いた。

 極力は控える。

 だがもしイリスの時のように誰かが危ないとなれば俺は……どうなるんだろうな。

 あの話を聞いて、躊躇いなく自己犠牲を貫けるとは思えない。

 何故なら俺はヒーローではないから。

 正義の味方を夢見ていただけの俺に、そこまでの覚悟が無いことは、自分自身がよく分かっていた。

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