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 思いもしなかった衝撃の事実に俺は驚きを隠せず、ここが喫茶店であることも忘れて大声を出してしまった。

 その事に周りの客の視線を一身に受け、俺は途端に恥ずかしくなり、消えてしまいたくなった。

 俺が俯き黙っていると彼女、クロイツェン伯爵はクスクスと口元を手で隠しながら笑った。

 周りの視線がこちらから外れた頃、俺は小さく彼女に謝る。

 だが彼女は俺の反応を予期していたかのように「いつもの事です」と気にしていないようだった。

 そして彼女は本題に入る。


「さて、結城さん。私が貴方に接触した目的はいくつかありますが、最も重要なこと、それは忠告です」

「忠告……?」

「貴方は神の使いに会い、この世界に転移した。それは貴方が善き者であるから。そして神の使いは対価を払う事で力を与えると言った。間違いありませんね?」

「あぁ……」


 彼女は先程同郷と会うのはこれが初めてではないような口振りであった。

 故にその一人一人と会話をし、俺たちのような異世界からの転移者が転移する経緯は大体似通っている、もしくは同じであることを知っているのだろう。

 だからこれは単なる確認事項。

 本題はこの後か。

 俺が彼女の問いかけに間違いがないことを伝えると、彼女はとても神妙な面持ちで俺に言った。


「何を得ましたか?」


 とても抽象的な問いかけ方であったが、話の流れから察するに、神の使いに何を願い、どんな力を得たのかを聞いているのだろう。

 これを聞かれて困るほど俺は特殊な力を願ってはいないため、正直に答えた。


「剣術と縮地です」

「……技術とスキル、寿命と肉体的対価……イリスの手紙から察するに二十年程……肉体は……左腕……かしら?」


 俺の答えを聞くと、彼女はボソボソと独り言を呟くように考えを口に出していた。

 全てをハッキリと聞き取れたわけではないが、彼女の考えは現状の俺をとても正確に捉えていた。


「良いでしょう」

「えっと、何がですか?」

「あぁ、すみません。一人で考え込んでしまって。取り敢えず現状では問題ないという事です。一番良いのは力を得ない事だったのですが、流石にそれは無理があるのは分かっていますので」

「そうですか」


 イマイチ彼女の考えが読み取れずにいるため、この会話にどのような意味があるのか俺には皆目見当も付かないが、異世界において先輩である彼女が問題ないというのであればそうなのだろうと無理矢理納得することにした。

 特に何も言わない俺を見つめながら彼女は「ただし」と付け加えた。


「これ以上力を欲するのは止めなさい。既に貴方の魂は掌握されてしまっているのだから」

「え……?」


 彼女の声のトーンが突然低くなり、その表情は忠告というよりも寧ろ警告に近い印象を受けた。

 魂が掌握されているという言葉の意味を理解することは出来なかったが、それがとても危ない、もしくは恐ろしい事であるのだということは彼女の雰囲気から察することが出来た。

 俺が理解に苦しみながらも、意図は察している事を確認したクロイツェン伯爵は目を伏せながら悲しげな表情で語り出す。


「過去に、力を欲し過ぎた転移者がいたの。彼もまた善き者で、得た力を他人の救済に使い続けた。後に英雄と語り継がれてもおかしくない活躍をした彼だったけど、彼を知る者はこの世界に私くらいしかいない」

「それは……もう随分昔のことなのか?」

「ふふ、ほんの十年前の話よ」

「え……」


 十年前の事を誰も覚えていない……?

 俺はその事に途轍もない違和感を感じた。

 いや、違和感どころの話ではない。

 明らかに、異常である。

 彼女の語る彼の活躍というものがごく小規模なものであったのならば何も気になる程の事ではない。

 しかし彼女は英雄レベルの活躍をしたと言っていた。

 彼女がその人物を過大評価している可能性もなきにしもあらずだが、彼女がそれを語る時の真剣な表情がそれを否定していた。

 ならば何故……。

 その答えを彼女は持ち合わせていた。


「神の使いに対価として寿命や左腕を払ったようだけど、それをどうやって払ったと思っていますか?」

「どうって……まさかそれが魂を掌握されてるってのに関係が?」


 会話の流れからして、ここで先程の情報が出てくることは不思議ではない。

 そう考えた俺が逆に質問で返すと、彼女は満足気に頷いた。


「ええ、私たちは転移する際に魂を掌握され、それによって相応の対価を払っているのです。寿命であれば魂の持つ生命力を。肉体や感覚、その他の対価に関しては魂自体を削られる事によって」

「っ!?」


 対価と呼ばれるものの実態を知り、俺は身震いした。

 単に寿命が短くなった、左腕が使えなくなったというような簡単な事ではない事に、俺は理解出来ないながらも恐ろしさを感じた。

 そんな俺の様子を伺いながら彼女は続ける。


「彼は力を欲するあまり、最終的に自らの魂全てを対価として払ってしまいました。そうすると、彼という存在は消えて無くなってしまったのです」

「存在が……消える?死んだのではなく?」

「えぇ、彼は存在そのものがこの世界から消えた。彼の生きていた痕跡の全てが消えた。それは人々の記憶も例外ではなかった」

「そんなことが……」

「何人も亡くなった転移者を見てきたけど、あんなのは彼が初めてだった。対価によって魂を消化し切ると存在が消える。それが今分かっている中で最悪の末路よ」

「消化し切らなければ良い……というわけでもないんだな?」


 俺は疑問に思ったことを率直に聞いてみた。

 彼女が言うように、魂が無くなると存在が消えるのが最悪ならば、最悪でなくとも悪い結果というものが存在する。

 まるで俺にそう気付かせるような口振りであった。

 そしてそれは的中していたらしく、彼女は再び頷く。


「ここからは私が見てきた転移者の様子と独自解釈による推論だということを分かった上で聞いて」

「はい」

「まず魂とは生物に無くてはならない要素であり、その存在の維持を受け持つ最重要の核である。これには生命力が宿っており、この力によって生物はその存在を維持している。そしてこの魂の大きさはその存在の価値を示している」


 魂というものは現代社会においてもよく分かっていない。

 あるのかもしれないし、ないのかもしれない。

 彼女自身一番これを言い表すのに適切な言葉が魂であるのではないかと推察しながら話している風だった。

 俺が何とか話についていっているのを感じたのか、彼女は続ける。


「ここでまず私は魂に生命力がどれ程存在するのかが疑問だった。そこで私の転移者への聞き込みからあることが発覚した──」


 そこで彼女は一度言葉を切り、俺を真っ直ぐ見つめて言った。


「──二百年もの寿命を払っても、生きている転移者がいたのよ」

「なっ!?」


 まるで、頭をハンマーで殴られたかのような衝撃を受け、俺は開いた口が塞がらなかった。

 二百年!?二百年なんてどうやって払うっていうんだ!?人の寿命なんてギネスでも百二十に到達していないんだぞ!?それだというのに何処にそんな生命力が……っ、まさか!?

 そこまで思考が働いてから、俺は一つの仮説が頭の中に閃いた。

 しかし、そうだとしたら……。

 俺が思考を纏めている間、彼女は紅茶を一口飲んで喉を潤していた。

 思えば俺も驚きの連続でろくにコーヒーを飲んでいなかった。

 彼女に倣い、俺もコーヒーを一口飲んでから口を開いた。


「輪廻転生……」

「あら、もうそこまで頭が回ったのね。結城さん、頭が良いわね」


 少し茶化すような物言いで、俺の考えが外れていないことを彼女は認めた。

 だが俺としては外れて欲しかったが。


「つまり、そういう事で良いんだな?」

「えぇ、私たちには無限の生命力がある。でもそれは来世、そのまた来世分の生命力を前借りしているだけ」

「そうか……」

「まぁ、ここにもう前借り出来なくなっちゃった馬鹿な転移者がいるのだけど……」

「は?」


 今、なんて……?

 聞き間違いかと耳を疑ったが、次の言葉でそれは完全に否定された。


「私、もう死ねないのよ」

今日中にもう一話あげます。

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