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不自由

三連投稿!

流石にこれで終わりです。

 早いもので、左腕が使えなくなってから一ヶ月が経った。

 一ヶ月というと人によっては短かったり、長かったり感じるものだが、俺にとっては途轍もなく長く感じていた。

 利き腕が使えるのなら特に問題はないだろうと楽観していた自分を殴り飛ばしたい、そんな一ヶ月だった。

 日常生活において、利き腕ではない方の腕を使う機会というのは多々存在することに、その場面に出くわしてから俺は自覚した。

 一番初めに感じたのは食事、その次に物を持つ時、その次は剣の手入れをする時。

 上げ始めればキリがないほどに、人は片手だと大変なことに気付かされた。

 その中で一番辛かったのは、先日の出来事だろう。

 ある一人の老婆が道端で辛そうにしていた。

 俺はその老婆に声をかけ、歩けなさそうな老婆を医者に連れて行こうと抱えようとした時、右手だけでは無理なことに気付いた。

 俺は怪力ではない。

 故に片腕で老婆を持ち上げる事など不可能で、負ぶさってもらうにしても、辛そうな老婆にしっかりと俺の背中に捕まる程の力があるとは思えなかった。

 結局俺は偶然通りかかった憲兵に声をかけ、老婆を託した。

 老婆を負ぶり、医者まで駆けていくその後ろ姿を見送りながら、俺は自分の不甲斐なさに歯噛みした。

 左腕があれば……。

 そんな思いがこの一ヶ月、頭の中から消える日は無かった。

 冒険者としては依頼の内容を吟味し、簡単な採取依頼をこなすのが精一杯で、時たま遭遇する弱いゴブリンやスライムに苦戦を強いられた。

 正直に言って……もう何もしたくなかった。

 何でこんなに辛いことに耐えなくてはいけないんだと、何で俺がこんな思いをしなくてはいけないんだと、心の中で今まで感じたことのない負の感情が湧き上がって来るのが分かった。

 冒険者ギルドに赴けば、嫌でも最近の状況が目や耳から入ってくる。

 この一ヶ月、俺が耐え忍ぶ日々なのに対して、イリスは躍進を続けていた。

 宣言通り固定パーティは組まず、様々なパーティに臨時で加入しているようだが、その依頼の内容は一ヶ月前とは様変わりしており、先日は中級冒険者と共にオーガの討伐を果たしていた。

 オーガと言えば体調は小さい個体でも三メートルを超える巨体に、強靭な肉体、上位種ともなれば額に生えている角に魔力を宿し、火をも操るとまで言われ、討伐難易度は高い。

 コボルトと無理矢理比較するならば、その強さはコボルトを同時に百体は相手にするようなものだろうか。

 そんな魔物をも討伐したイリスは元々の実力と、その美しい容姿から、今では様々なパーティから誘いを受けているそうだ。

 それでもイリスは俺との約束を守るためか、パーティ入りを断り続けている。

 その様子をたまに見かけると、俺の中に蠢く醜い感情が顔を出す。

 そんな事を考えてはいけないと分かりつつも、感情が理性を崩壊しようと暴れ回る。


──助けるんじゃなかった。


 自分でも最低だと思う。

 人を助けることに迷いはないし、そのせいで失った左腕を悔やむ気は無い。

 それでも、どうしても、この辛さを何かにぶつけてしまいたかった。

 そんな時、街中を歩いていると背後から声をかけられた。


「貴方が結城正義さん?」


 自動的に翻訳されたわけではない。

 正真正銘の日本語の呼びかけに対して、俺は驚きを隠せず振り向いた。

 するとそこには、イリスをそのまま大人にしたような、妖艶な美女が日傘を差して佇んでいた。

 美女は俺と視線を合わせると微笑み、そのまま踵を返して歩き出してしまった。


「ま、待ってくれ!」


 俺は戸惑いつつもあの美女を追わなければと思い、その背中を追った。

 それ程距離が離れているわけではないのに、俺は走っていて、彼女は歩いているというのに、その差は何故か縮まらなかった。

 俺はその事に焦り、あの日から一度も使う気になれなかった縮地を使った。

 その直後、俺と彼女の距離は縮まり、俺は咄嗟に彼女の肩を掴んだ。


「待──うおっ!?」


 彼女の右肩に触れ、声をかけようとした瞬間、俺は宙を舞い、背中から地面に叩きつけられた。

 一体何が起こったのか分からずに彼女の方を見ると、俺の右手首を片手で掴み、まるで俺を投げ飛ばした後のような体勢だった。

 つまり、俺はこの美女に背負い投げのようにして投げ飛ばされたらしい。

 彼女は呆けたような表情から一変し、俺の手首を放してそのまま口元を覆い、驚いた様子を見せる。


「あら!ごめんなさい……まさか追いつかれるとは思わなくって……痴漢かと……」

「いや、いい……いてて……それより、話を……」

「ええ、勿論。同郷の方とお会いするのは私の楽しみの一つですから」


 背中を打ち付けた痛みを堪えながら立ち上がると、彼女は嬉しそうにそう言った。

 同郷……これの意味する所はきっと……地球、って事でいいんだよな?

 にしても、またしても左腕の使えない弊害が露わになるとは……受け身が取れないのは結構辛いぞ……。


 その後、俺は彼女と共に高級そうな喫茶店に入り、俺はコーヒー、彼女は紅茶を注文し、一息ついたところで話は始まった。


「まず自己紹介からしましょうか、結城さん」


 彼女は微笑みながらそう切り出した。

 先程からずっと彼女は日本語を話しているのだが、その見事な銀髪と真っ赤な瞳、白磁の肌、整った顔立ち、日本人では到底有り得ない美しさを放つ彼女の口から流暢な日本語が発せられる事に、俺は違和感を拭いきれなかった。

 しかしその違和感が、この状況に流されるしか俺には選択肢がないのだと確信する理由となっていた。


「俺の事は大体知ってるようだな?」

「ええ、それはもう。娘がお世話になっているようですから」


 娘が世話に……。

 その言葉から、俺は想像していた事が的中している事に気付いた。


「娘……って事はやっぱり……」

「私の名はエリスフィーナ・クロイツェン。イリスの母であり、現クロイツェン伯爵家の当主です」

「は、伯爵っ!?えっと、その、い、今までの無礼はどうか……っ!」


 まさか目の前の人物がここら辺一帯を領地として持つクロイツェン伯爵その人とはいる由もなく、俺はテーブルにぶつかりそうな勢いで頭を下げた。

 イリスの母親というより、その家名の方に驚いたが、それはつまりイリスも伯爵令嬢ということで、つまりつまり俺は大分無礼な態度を娘さんにまでしているのであって……あれ?これって俺処されるんじゃね?

 そんな俺の焦りと恐怖を察したのか、クロイツェン伯爵様は小さく笑った。


「ふふ、そんなに畏まらないでください。今はプライベートですし、何より私たち、同郷ではありませんか」


 そうだ、それが今大事なことだった。

 同郷、俺と彼女がこうして話している理由。

 彼女も異世界転移、しかも地球から来た転移者だとして、何処の国出身なのだろう。

 まずその容姿からして日本人ではない事は間違いないのだが、北欧とかだろうか?

 そんな予想を立てていた俺に、彼女は爆弾を投げつけて来た。


「因みに皆さん驚かれますが、私の本名は清水美香。日本人です」

「は?……え?……ええええええええええええええええ!?!?!?」


 目の前の美女は、日本人の要素が欠けらも見当たらない、日本人でした。

善人だって心に闇があると思うの。

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