冒険者
冒険者。
こうして言えばとても聞こえが良い気がするが、詰まる所魔物を退治することで報酬を得るならず者というのが世間一般の認識である。
冒険者ギルドが出来る前、今で言う冒険者は魔物の被害が何処かの街や村で出た際、徴兵という形で集められたならず者たちであったともされている。
そういった時代背景があるためか、未だ冒険者をよく思っていない人々は少なからずいて、そういう傾向は上の立場の人間ほど強いという。
しかし俺にとって重要なのはそこではない。
俺は一体でも多く魔物を倒すことで、人々の平穏の手助けになっていることが大事だと考えている。
この二週間で既に俺は手に入れた剣術によって何体もの魔物を切り殺した。
元々生物系の大学を出ていた俺にとって、生き物を殺める事に抵抗はあまりないと思っていたが、安楽死ではない、ただ生き物を殺すという行為は全くの別物で、暫く肉を食う気にはなれないくらい精神的ダメージがあった。
しかしそれも既に克服……いや、慣れてしまったのか、今では依頼の後に肉が食えるようになった。
神の使いから得た力は流石なもので、まだ低級冒険者である俺だが、この二週間で危なげな場面に陥ることはなかった。
戦い方を知らずとも、剣術をただ駆使するのみで勝利出来るくらいには余裕があった。
だが、これは俺が一人ではないというのも大きいだろう。
冒険者ギルドに辿り着いた俺は中へと入り、ギルドの中を見渡す。
正面には受付があり、右手には壁にかかった掲示板に所狭しと依頼が貼り付けられている。
左手は休憩所兼酒場のようになっており、いくつかのテーブルとイスが備え付けられている。
俺はそれらを見渡しながら目的の人物を探し出す。
目的の人物は受付のカウンターにてギルドの女性職員と話をしているところだった。
黒いローブに身を包み、カウンターに立てかけている自分の身長ほどもある杖を見るだけで、彼女が魔法使いであることは誰が見ても分かるだろう。
魔法使い。
ある意味俺がこの世界に来て一番衝撃を受けた存在と言えるだろう。
魔力という俺にはよく分からない力を用いて発動する不思議な現象。
冒険者が使う魔法の殆どは殺傷能力の高い攻撃魔法であるが、その他にも防御魔法、支援魔法、生活魔法など多岐に渡るらしいが俺は今のところ攻撃魔法しか見たことがない。
何故なら俺の目的の人物、イリスという魔法使いは攻撃魔法しか使えないからだ。
女性職員との会話が一段落したのか、イリスは杖を手にとって酒場の方へと視線を向けた時、こちらが視界に入ったのか俺を見つけるとズカズカとその長い銀の髪を揺らしながら歩み寄ってくる。
燃えるような真っ赤な瞳は真っ直ぐに俺を見つめ、眉間にはシワが寄っている。
間違いなく怒っているようだ。
イリスは無言で俺に詰め寄ると手に持っていた紙を俺の顔に押し付け、そのまま酒場の方へと行ってしまった。
怒鳴り散らさない程には怒ってはいないが、多少不機嫌なようだ。
俺はイリスの後ろ姿を見つめながら顔に押し付けられた紙を手に取って確認すると、案の定それは依頼書であった。
内容は極一般的な魔物退治。
討伐対象もコボルトと低級冒険者用の依頼であったが、まだその依頼書には承諾印が押されていなかった。
つまり、これは彼女なりの相談ということになる。
一応パーティを組んでいる都合上、自分一人で勝手に依頼を決めるというのは間違っていると分かっているのだ。
しかし素直に相談する気は無いらしく、基本的に彼女が選んだ依頼を俺が確認して承諾し、依頼を受けるというのがこの二週間で固定された流れであった。
そして酒場の方へと行ってしまったということは、俺が良ければそのまま受けて良いという事なのだろう。
ならばと俺は受付に向かい、先程までイリスと話していた女性職員へと声をかける。
女性職員も分かっていたようで、俺から紙を受け取るとそのまま判子を押して俺に返してくる。
これで依頼を受けたことになった。
俺はそれを腰に提げている雑嚢に入れてイリスの元へと向かう。
流石に依頼前に酒を飲むようなことはせず、柑橘系のジュースを飲んでいたイリスに声をかける。
それを聞いたイリスはグラスに半分ほど残っていたジュースを一気に飲み干し、杖を持って立ち上がった。
「行くわよ、おっさん」
おっさん。
そう呼ばれて言い返すことが出来ないくらいには俺とイリスの年齢は離れている。
俺は二十代後半で、イリスはこちらの世界の成人年齢である十五。
倍近く離れていればおっさんと呼ばれても仕方ない。
俺は軽くため息を吐きながらギルドを出て行くイリスの後を追うようにして歩き出した。
余談ではあるが、俺とイリスがこうしてパーティを組んでいるのはただの偶然であり、二人が意気投合してというよりも取り敢えず組んでいるに近い。
何故なら組んだ理由が同じ日に冒険者登録をした、という単純なものだからだ。
流石にイリスとしても好き好んでこんな歳の離れたおっさんと組みたいとは思わないだろう。
しかも熟練冒険者ではない、自分と同じ新人冒険者となれば尚の事。
恐らくイリスの俺に対する印象は、ど田舎から突然冒険者になろうと一念発起したおっさん、といった感じだと思う。
しかし二週間経った今でもなおパーティを組んでいるのは、一重に俺がそこそこ戦えるという点と、ただイリスのコミュニケーション能力の低さによる他者から受け入られ辛い点が重なってしまっているからだろう。
恐らくだが今日の不機嫌度合いからして、またパーティ入りを断られでもしたのだろうと、二週間程の付き合いからでも察せられる。
故に俺は敢えて何も言わない。
俺が何か言ったところで現状は変わらないし、イリスの機嫌が更に悪くなるだけなのは経験則から分かっているからだ。
頑張れイリス。
俺は陰ながら応援しているぞ。
そうこうしている内に俺らは街から外に出て暫く歩いた先にある森の中へと入って行く。
日の高さが丁度真上に来た頃であるため、今から順調に討伐が完了すれば夕方頃には帰れるだろう。
今回の討伐対象であるコボルトの目標討伐数は十体。
集団で向かって来られない限りは十分余裕を持って相手をすることが出来る魔物だ。
ただ二足歩行の犬という表現が恐らく適切なコボルトは素早く、その強靭な牙や爪の餌食となってしまえば一巻の終わり。
その為一体ずつ奇襲によって素早く仕留めるのが理想的な討伐の仕方だが、犬っぽいというのは五感に関してもそうであるため、臭いによって奇襲は成功しにくい。
ならどうするか。
答えは簡単だ。
丁度離れた位置に三体のコボルトがいる。
あちらはまだこちらに気付いていないようだが、それも時間の問題だろう。
俺は息を潜め、隣のイリスを見る。
するとイリスは右手の小指を立て、それをコボルトの方に向かって差した。
これは俺とイリスによる簡単なハンドサインで、小指はイリスを示し、それを敵に向けて差すということはイリスが攻撃するということ。
先程の答えは魔法による遠距離攻撃。
魔法使いがいなければ弓使い、弓使いがいなければ投げナイフなどが得意な者を使い、遠距離から敵の数を減らしてから接近戦に入る。
これが最もベターであると俺は考えている。
故に俺はイリスの判断に意を唱えることなく無言で頷く。
それを確認したイリスは杖を握り締めてブツブツと呟くように詠唱に入る。
魔法の発動に必要な詠唱にかかる時間は数秒。
その間魔法使いは魔法の発動に集中するために無防備となる。
俺はその間敵の奇襲がないか警戒しつつ魔法の発動を待つ。
数秒後、イリスの杖の先端が光り始め、魔法が発動される。
「──火炎弾」
イリスの呟きと共に発動した魔法、拳程の火の弾は勢い良くコボルトの方へ向かって飛んで行く。
俺はそれを確認するとそれを追うようにして前に出る。
三体の内一体が火に包まれ焼け死んで行く様に驚く二体に向かって俺は剣を抜き、そのまま二体の側を駆け抜ける。
それがどの様な名前の剣技かは知らないが、俺はこれを『首刈り』と呼んでいる。
駆け抜け様に振るった俺の剣により、背後の二体は首を失くして倒れる。
最初の一体も黒焦げとなって同じように倒れていることを確認してから俺はイリスを手招く。
イリスが駆け寄ってくる間に俺は手早くコボルトの耳をナイフで切り取る。
これをギルドに提出する事で討伐証明となり、依頼を達成したかどうか判断されるのだ。
これでまず三体、後七体か。
俺は耳を袋に入れて立ち上がる。
イリスも水分補給を終えて準備は整っているらしい。
俺らは特に何を言うわけでもなく森の中の探索を続けた。