朝
お久しぶりです。
色々言い訳を活動報告にてしておりますが、ちゃんと書きますので気長にお待ちください。
朝。
俺はようやく慣れてきた生活リズムに則り、硬い寝床から身を起こした。
手早く身支度を整え、腰に剣を提げる。
ほんの一ヶ月前であればスーツにカバンを装備するところだったというのに。
宿の部屋を出てしっかりとドアに鍵をかける。
数回ドアノブを回し、鍵がかかっていることを確認してから一階へと階段を降りていく。
宿の主人に挨拶し、朝食を用意してもらう。
手近なテーブル席へと腰掛け、そこでやっと一息つく。
宿の主人が作業する中、その妻である女性が俺にコーヒーを出してくれる。
俺は湯気の立つ熱いコーヒーに息を吹きかけ、ある程度冷ましたところで一口飲み、息を吐く。
コーヒーがあって良かった。
知らない世界であっても、これがあるだけで少しだけ落ち着くことが出来る。
カップの中のコーヒーをぼーっと眺めながら、この世界に来てからのことを俺は思い出す。
目を覚ませば知らない風景、知らない街、知らない人々、知らない文化、知らない……魔物という存在。
この一ヶ月は俺にとっては激動の一ヶ月であったが、この世界の人々にとってはただの日常。
この世界に慣れることで精一杯だった俺にとっては、この一ヶ月は一瞬のことのように思う。
神様っていうのも薄情なものだ。
言葉が分かっても、やはり人の世はどこも金が必要だ。
無一文で知らない土地に放り出された俺は他人から見たら身綺麗な浮浪者でしかない。
身分証なんてのもなかった俺は街にも入れず、無駄に頑丈になったらしい体を武器に森の中で野宿の日々。
夜になると魔物と呼ばれる存在の声が何処からか聞こえてきて、落ち着ける時間などなかった。
よくもまぁ無事に見つからず過ごせていたと思う。
だがそんな日々も一週間を過ぎると慣れてくるのが人間の不思議なところで、俺は体を気にせずそこら辺の木の実やら草やらを食い始めていた。
神の使いは怪我や病気をし難いと言っていた。
だから大丈夫だろうと高を括った。
もしこれで死んでも良いかとさえ思っていた。
つまり、俺は自暴自棄になっていた。
そんなこんなで取り敢えず生きていた俺が今こうして人並みの生活を出来ているのは一重に冒険者のおかげだ。
たまたま依頼で森の中を探索していた冒険者に俺は発見され、保護された。
その後は俺の知らないところで色々手続きが進み、晴れて俺は街で生活出来る身分を手に入れた。
そしてそれから二週間、俺は金を手に入れるために一大決心をした。
冒険者になったのだ。
昔から正義の味方に憧れていた俺にとって、俺を助けてくれた冒険者がまさにそれに見えたのだ。
しかしいきなり現代社会の通勤ラッシュに揉まれていただけの生活をしていたサラリーマンに魔物と戦う術などない。
昔から運動の類に熱を入れていたわけでもないため体力は並かそれ以下。
学生時代に武道などの部活経験もない。
そんな俺が取り敢えず二週間、無事に生きていられるのは一重に神から授かった力のお陰だ。
『剣術』
それが俺が神に願った力。
それを得たことで、俺は全くのど素人から熟練の剣士程の実力を発揮することが出来るようになった。
しかしそれを得るに伴い、俺は対価を払った。
願った矢先、俺の頭の中に聞き覚えのある神の使いの声が響いた。
『剣術を得るために必要な対価は貴方の寿命、それを承諾しますか?』
曰く、技術などを神の恩恵によって得るためには等しく寿命が必要とされ、この世に無いもの、先天的な才能や種族の変更といった個人の努力では叶わない願いはそれに伴う何かを対価として提示される。
今回の場合であれば剣術は俺でも年月をかけて身に付けることが出来る技術であるため、寿命を対価として提示された。
そしてその年数は──
──20年。
多いと、俺は正直思ってしまった。
しかし冷静に考えれば、そんな事はないと思えた。
20年修行しても身に付けることの出来る技術は人それぞれで、片や10年で大成する者もいれば、30年、40年かけても人並み以上で止まってしまう人もいる。
それを考えれば、もし俺の寿命が120歳までとしても、そこから20年、100歳までとなるだけで、熟練した剣術を得ることが出来る。
つまり神の使いが提示した対価は妥当なものであり、人によっては破格の対価であるとも取れるのだった。
そうして戦う術を得た俺は、何とか冒険者として生活していけるようになった。
ゆっくりとコーヒーを飲んでいる間に宿の主人が朝食を出してくれた。
日本では食べたことがないような硬いパンに薄味のスープ。
最初に出された時は騙されているのかと疑ってしまったものだが、この世界ではこれが普通の朝食であるらしい。
いかに自分の今までの生活が恵まれていたのかを実感した。
俺は硬いパンを一口サイズに千切り、スープに浸けて柔らかくしてから食べる。
そうしてパンを口に含むと、俺は少し笑ってしまった。
最初の時、宿の主人に硬いパンをそのまま齧ったことを笑われたのを思い出したからだ。
俺のそんな行動を見て、宿の主人は笑いながら食べ方を教えてくれた。
余程高貴な生まれか、余程馬鹿なのか。
きっと宿の主人は後者であると思ったことだろう。
美味くも不味くもない微妙なパンを咀嚼しつつ、俺は今日の予定を頭の中で確認する。
確認すると言っても冒険者の一日など単純だ。
冒険者ギルドに赴き、ギルドで提示されている依頼書を見て、自分に見合った依頼を受注し、依頼をこなす。
依頼が日中に終わるものならばその日の内にギルドに戻って報告し、達成報酬を得て宿に戻り、飯を食って寝る。
もし数日かかるようであれば受注後に保存食を買い込んでから出発しなければならない。
「そろそろ行くか」
朝食を摂り終え、俺は宿の主人に軽く挨拶してから宿を出て生き、冒険者ギルドに向かって歩き出した。
次は今月中(願望)