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12/12

消滅

 一年という歳月は人によれば長くも、短くも感じる。

 私にとってこの一年とは、激動の一年であったと言えるだろう。

 自分自身、まさか冒険者登録をしたその年に魔王の討伐を果たすとは思いもしなかった。

 しかし魔王は死の間際、勇者を道連れにその命を落とした。

 魔王の討伐により世界が平和になった、などと御伽噺のラストのようには簡単にいかず、未だ魔王の残党は世界に散ったままその猛威を奮っている。

 放っておけばそいつらが次代の魔王になる可能性もあるため、勇者無くしても尚、私たち元勇者パーティは世界を旅している。

 しかし魔王の討伐に成功した私たちも、以前までのように戦い詰の毎日を送る必要は無くなり、今は束の間の休日を過ごしている。

 それ故に私は、自らの原点とも言えるこの街に戻ってきた。

 私が最初に冒険者登録をしたこの街。

 私が約束を交わしたこの街。

 私が会うべき人がいるこの街に。

 街に到着してからはもう街中がお祭り騒ぎで、私と共に街に訪れた元勇者パーティの面々を歓迎するための催しが盛大に行われた。

 正直私にとってこの街の記憶など冒険者登録をしたことと、彼以外についてはあまり覚えていない。

 それ程までに衝撃的な物事が起こり続けた一年だったから。

 故に、一方的に私のことを知る様々な人から声をかけられたが、私は愛想笑いを振りまく事しか出来なかった。

 声をかけてきた人々の中に彼を探したが、喧騒の中に紛れてしまっていたのか、はたまたこの場にいなかったのか、私は彼に会えずにいた。

 早く会いたい。

 そう心の中で願いつつも、自分の立場を理解している故に、私たちに向けられる感謝の気持ちに応えなければならなかった。

 貴族の令嬢としての扱いに嫌気が指して志した冒険者という自由な職業。

 しかし何故か今、私は過去に戻ってしまったような、柵だらけの立場に逆戻りしてしまったような感覚に陥っていた。

 結局、私たちに許された滞在日数の殆どが歓迎と祝福の催しで埋め尽くされ、滞在の許された最終日、その日だけはと私は仲間に無理を承知で抜け出す事を決意した。

 勇者パーティの一員という事で国王によって誂えられた最上級の装備を脱ぎ捨て、この日のためにと保管しておいた、薄汚れた古い装備を身に纏う。

 彼が知っているあの頃の私。

 もし、私を私と分かってもらえなかったらと考えると怖かったから、不安だったから。

 新人冒険者でももう少しマシな綺麗な装備をしているだろうボロボロなローブのフードを深く被り、一層喧騒が激しくなったタイミングで私は会場を後にした。


「何処……何処なの、マサヨシ……っ!」


 私は街中を走り回った。

 私たちのための催しが開催されているためか、店の殆どが閉まっており、マサヨシと訪れた事のある店で情報を得ようとしても無駄足に終わった。

 冒険者ギルドに向かえば何か分かるはずだが、今行けば確実に抜け出して来た意味がなくなってしまうだろう。

 どれだけ走ったのだろう。

 旅の中で体力は昔よりついた気がしていたが、気持ちの焦りもあってか息が荒く、胸が張り裂けそうで、これ以上は走れないと立ち止まった時、私の側を通り過ぎて行く女性が目に入った。

 女性は聖職者のようで、黒の修道服を身に纏い、首からは十字架を提げていた。

 聖職者の女性は車椅子を押しており、その上にはゆったりとした服装の老人が座っていた。

 聖職者を見て私は頭に電流が走る感覚を覚えた。

 冒険者は怪我を負った時、回復薬などでは済まない重傷の時に教会で治療してもらう事がある。

 その費用は高額だが、背に腹は変えられない。

 あまり考えたくはなかったが、教会にマサヨシが世話になったことがあれば、もしかすると何か知っているかもしれない。

 私は乱れた呼吸を何とか整えながらすれ違う聖職者に声をかけた。


「あ、あの!マサヨシ……マサヨシ・ユウキという冒険者を知りませんかっ!?」

「マサヨシ……?」


 私の声に反応し、振り返る聖職者。

 彼の名を口にしながらこちらを一瞥し、そして、笑った。

 その笑顔がどういうことか理解出来ずにいる私に対して、彼女は勝手に納得したような表情へと変わる。


「成る程、白銀の少女……貴女が……」

「え……?」


 いきなり白銀の少女などと呼ばれ、恥ずかしさが湧き上がってくるが、何よりも彼女は何か知っている。

 そう確信させる何かを彼女から感じた。


「マサヨシさんをお探しですか?」

「っ!?知ってるんですね!?」

「えぇ、彼も貴女を待っています」

「何処……何処に!?」


 そして彼女から彼の居場所を聞いた私は、先程の疲れなど忘れたかのように再び走り出した。


「酷い人」


 白銀の少女が走り去り、この場には私と彼しかいない事を確認してから私は口を開けた。

 私の訴えを聞き、それでも彼は何も言わない。

 否。

 聞こえない。

 故に応えない。

 既に彼は五感の全てを失ってしまっている。

 体も衰弱し、明日の朝を迎えられるかも運次第といったところ。

 そんな彼の最後の願い。

 来るかも分からない少女のための願い。

 彼女はあの場所で知るだろう。

 そして、彼女は忘れるだろう。

 私は車椅子を押して再び歩き出した。

 これが最期と分かりながら、彼を待つ患者の元へと。


 そこはかつて、二人で共に駆けた森の中であった。

 教えられた場所は森の中にありながら少しだけ拓けた所であった。

 何か変わった所があるとすれば、その場に一振りの剣が地面に突き立てられていた。

 小汚い、何の変哲も無いただの鉄の剣。

 駆け出しの冒険者が使うような安物の剣。

 その剣は刀身と柄、鍔によって十字架の様に見えた。

 否。

 様ではなく、そうなのであろう。

 何処か見覚えのあるその剣に近寄り、少女はその場に崩れる様に膝をついた。

 一目見た瞬間から、これが誰の何のためのものであるのかは理解出来た。

 しかしそれを否定したい気持ちが少女の理性を保っていた。

 だがその突き立つ剣を見れば見るほど、少女の理性は脆く崩れていき、遂には決壊した。


「あ……あぁ、あぁ……ああああああああああああああああああああ!!!!!」


 少女は自分でもこの気持ちが何故ここまで感情が揺れ動くのか分からなかった。

 ほんの短い期間、それこそ勇者パーティに所属していた期間の方が長いにも関わらず、何故自分はここまで悲しんでいるのか理解出来なかった。

 だが、今自分は大切な人を亡くし、悲しいという感情が自らを埋め尽くし、泣き崩れているという事実だけがそこにはあった。

 勇者パーティとして魔王を討伐し、世界の最も重大な脅威を退け、周りから英雄として扱われた。

 望んでいた冒険者像とはかけ離れた領域に足を踏み入れてしまったが、それでもその旅路は実に充実していて、苦しい時もあったが楽しかったのは事実だ。

 そんな日々を、今日この日、あの人に語りたかった。

 愛想の悪い、傲慢な子供だった以前の私を受け止め、笑って許してくれたあの人に、褒めて欲しかった。

 恐怖で動けず、足手纏いとなった私はこんなに立派になったと、自慢したかった。


 もっと、もっと彼と、マサヨシと──


「──あれ?」


 少女はふと、そこで疑問に思った。

 何故自分は今、こんな所にいるのだろうかと。

 街から歓迎を受け、出立の今日、毎日の宴にうんざりして……あれ?そうだっけ……?

 どうして街ではなくこんな森の中にいるのか不思議に感じながら少女はその場で立ち上がった。

 目の前に突き立つ小汚い剣は一体何なのだろう。

 いろいろな疑問は尽きないが、取り敢えず街に戻らないとみんなが心配する。

 運良くここは昔、この街にいた頃依頼で来ることが多かった森のようで、帰るには苦労しないだろう。

 小汚い剣から視線を逸らして街へと踵を返した時、少女は視界が滲んでいることに気づいた。


「え……何で……」


 涙を流している意味が分からず、少女は袖口で雑に涙を拭おうとした時、自分の服装がいつもと違うことに気付く。

 それはかつて自分が駆け出しの頃に着ていた装備。

 今となっては不要な物であるが、何故か捨てられずに残しておいた物。

 何故今それを自分が着ているのか、それもこの涙や場所に関係しているのだろうか。

 拭っても止まらない涙を堪えながら、少女はもう一度振り返り、突き立つ小汚い剣を確認しようとしたが──


「──え?」


 先程まであった筈の剣は、跡形も無くその姿を消していた。

完!!!

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