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遅くなりました。申し訳ありません。

 孤児院には現在九人の子供がいるらしく、エミルが扉を開けて中へ入ると子供たちの声が聞こえてくる。


「エミル帰って来た!」

「みんなただいまー」

「エミル今日のご飯何!?」

「エミル遊んで!」


 目が見えなくてもエミルが子供たちに囲まれていることが手に取るように分かる。

 俺は扉の側で子供たちが落ち着くのを待つ事にしたが、好奇心の塊である子供たちが初めて見る俺のことを気にしないわけがなかった。


「エミルこいつ誰!?」

「彼氏!?愛人!?」

「今夜はお楽しみってやつ!?」

「こ、こら!この人はお客さん!そんなんじゃないから!」


 子供というのは一体何処からこういった知識を得てくるのか。

 思えば俺自身もいつからそういう知識を得たのだが思い出せない。

 気付けば知っていた。

 つまり謎は深まるばかりだ。

 子供たちの笑い声と共にバタバタと何処かへ走り去っていくのを感じると、エミルは再び俺の手を取って歩き出す。


「すみません、あの子達ったらいつもあんな感じで……」

「いえ、子供はあれくらいじゃないと。……正直、孤児院というものに縁がなかったのでどんな子供たちがいるのか不安でしたが、これなら安心です」

「そうですね……入ってきたばかりの子なんかは塞ぎ込みがちですけど、あの子達がいることでいつの間にかあの中に混じっているんです……子供って凄いですね」


 会話をしている内に目的の場所に着いたのか、俺はエミルに支えられながらイスに座った。

 そしてエミルは少し待ってくださいと言い、何処かへと去ってしまった。

 恐らく買ってきた物を仕舞うのだろう。

 目が見えていれば手伝えるんだけどな。

 そんなことを自分で考えてしまい、また俺の心は沈んでいく。

 片腕でも何とかなると思い始めた矢先に目を失い、途方に暮れる。

 なんて馬鹿なんだろうな、俺は。

 自分の行動に悔いはないが、今回ばかりは怒りが募る。

 神の使いは見境なく力を与えるようになった。

 きっとそれは俺が対価について知ってしまい、力を求めなくなったから。

 今はそう仮定して考えるしかないが、今後は何かを欲するのはやめよう。

 そうしなければ、俺という存在は──


「──ねぇ」


 不意に横から声をかけられた。

 幼い声だ。

 エミルでもなければ先程の少女でもない。

 きっと孤児院の他の子だろう。

 俺は声のした方を向き、極力優しげな声で語りかける。


「どうしたんだい?」

「おじさん、ミナ治したの?」


 ミナと聞いて一瞬誰か分からなかったが、そういえばエミルが先程の少女のことを道すがらミナと呼んでいたような気がした。

 その事を思い出し、俺はこの子の言っている意味が理解でき、頷いて答えた。


「そうだね」

「ユフィばあちゃんも、治して」

「ユフィばあちゃん?」


 一体誰だろうか。

 目の前の子の祖母ということはないだろう。

 ここは孤児院なのだから。

 なら誰だろうか……近所のお婆さん……もしくは──


「──こらニーニャ!お客さんに迷惑かけないの!」

「でもでも……ユフィばあちゃん……」

「もう……あっちで遊んでらっしゃい」

「はーい……」


 トコトコとニーニャと呼ばれた子が何処かへ去って行く。

 その足音を聞いているとエミルが謝ってきた。


「すみません、うちの子が……」

「いや、別に大丈夫だが……そのユフィばあちゃんっていうのは?」

「えっと……」


 それからエミルは今持ってきたのだろうお茶を俺に出してから、俺と対面になるようにイスに座り、先程はあまり語られなかった孤児院について話し始めた。


「まず初めに言っておきますが、私はここの管理者の代理という立場なんです」


 その言葉から始まったエミルの話を要約すればこうなる。

 エミルは他の街で聖職者として務めを果たしていたが、この街の聖職者が病に侵された事でこちらへやって来たらしい。

 それは去年の話で、エミルはこの孤児院の子供たちより歴が浅いようだ。

 そしてそれまでこの孤児院を運営、管理していたのが件のユフィばあちゃん、ユーフィス・オルベリー。

 齢八十という高齢の方らしく、病に侵されるのも仕方ないと思える年齢だが、彼女が侵されている病は不治の病だと言う。

 医者に診せてもお手上げという状態で、余命幾ばくとなく、明日命を落とす可能性も十分にある状況らしい。

 そんな彼女を一段と心配しているのが先程の少女、ニーニャ。

 ニーニャは今年十歳になる女の子で、この孤児院には赤子の頃に門前に捨てられていた。

 赤子の頃からオルベリーさんに育てられた彼女は立派なおばあちゃん子となり、いつもオルベリーさんの側から離れたがらない程好いていた。

 そんな彼女にとって、オルベリーさんが病床に着いたことによる悲しみや寂しさというのは俺が想像出来るようなものではないだろう。

 そしてそんな彼女の前に怪我を治すことの出来る不思議な男が現れ、エミルさんのお客さんだと知れば、藁にもすがりたい思いの彼女にとっては居ても立っても居られなかったのだろう。


「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」


 エミルさんはそう言って話を締めくくった。

 恐らくだが彼女は頭を下げているだろう。

 姿は見えなくなっても、その声の雰囲気からそうだろうという確信が持てる。

 俺は今一度話を思い返し、自分の頭の中で噛み砕き、少し笑ってしまった。

 結局の所、自分は大馬鹿者である事が分かってしまったから。


「エミルさん」

「は、はい、何でしょうか?」

「ユーフィス・オルベリーさんの所へ連れて行ってくれませんか?」


 俺はエミルさんに手を引かれながら孤児院の中を歩き、階段を昇り、また少し歩いた先で止まった。

 恐らくその先にあるのがオルベリーさんの寝室なのだろう。

 エミルさんが遠慮がちにドアをノックする音が静かな空間に響き渡る。

 暫しの沈黙の後、部屋の中からか細い声が聞こえてきた。

 上手く聞き取れなかったが、それが入室の許可を示すものだったらしく、エミルさんは「失礼します」と言いながらドアをゆっくりと開く。

 木製のドアが軋む音を立てながら動くのを感じ、俺の手を握るエミルさんの力が少しだけ強くなった。

 部屋に入った所で俺が感じることは何もない。

 人の気配など感じることの出来ない俺にとって、その部屋の中にオルベリーさんが本当にいるかなど分かるはずもなく、エミルさんに任せるしかなかった。


「ユフィさん、こちらはマサヨシ・ユウキさん。街中で迷子になったミナがお世話になった方です」

「そう……かい……」


 エミルさんの言葉に反応した人物の声は、年配の方とはいえ覇気というものを全く感じることの出来ない、弱々しく、か細い、掠れた声だった。

 それだけで彼女、オルベリーさんの病がとても重いものなのだということが理解出来た。

 俺はエミルさんに座るように促され、椅子に座った。

 流石にここまで近付けば俺にもオルベリーさんの息遣いくらいは聞こえて来る。

 その呼吸はとても弱く、吸う時も吐く時も、喉が詰まっているかのように苦しそうだった。

 俺は彼女の手を手繰り寄せ、しっかりと握る。


「初めまして、俺は──」


 オルベリーさんに対して、俺は何と自分を表現すれば良いのか、言葉にしようとして分からなくなってしまった。

 登録はしていても、既に俺は冒険者と呼べるような存在ではない。

 されど一般人でもなければ、医者でも、聖職者でもない。

 ここに来て俺は、自分を的確に表現する言葉を見付けられない事に気付き、言葉に詰まった。

 しかし、言いかけてしまったのならば、何かを続ける必要がある。

 俺は喉の渇きを感じながらも、必死に言葉を紡いだ。


「──ニーニャちゃんの依頼を受けた者です」

「ニーニャ、の……」

「えぇ、俺は一応低級ですが冒険者でしてね。低級の依頼には街のお悩み相談的なものもあるのですよ。失せ物探しであったり、雨漏りの修理であったり、壁の塗り替えであったり」

「そう……」


 結局俺は冒険者であることを選んだ。

 それがせめてもの、イリスとの約束を守ろうとした俺の意地であったのかは、分からない。

 オルベリーさんは力無い声で俺の戯言に応えてくれる。

 その瞳からは俺のようなものに何が出来るのかと訴えかけてくるような感情が読み取れた。

 本来どんな依頼であれ冒険者は冒険者ギルドを仲介して依頼を受けるもの。

 名のある冒険者であれば依頼者から直接名指しの依頼もあるそうだが、そうだとしてもギルドを通さなければならない。

 これは依頼者と冒険者、そのどちらもを守るための制度であり、これを破れば何らかの罰則がある。

 だがいくらギルドであってもこんな些細な、小さな女の子のお願い事に対して物申すことなどない。

 何より、俺はお願い事をされただけで依頼を受けたわけでもないのだから。

 だからこれは、オルベリーさんを安心させるための、ただの嘘だ。


「そんな俺にニーニャちゃんは依頼を出した。貴女を治して、と」

「……」

「だから俺は治します、貴女を」


 怪訝な表情を向けられる。

 今オルベリーさんにとって俺は未知の存在だろう。

 何処の誰とも知れぬ俺に、医者も匙を投げた不治の病を治せるわけがないと、そういった顔だ。

 しかし、そんな俺の力の一端を知るエミルさんはもしかしたらという気持ちを捨て切れない。

 だがそれは成功した場合のことを考えれば待ったをかけるのは当然のことで、エミルさんは焦り、早口で俺に言った。


「ま、マサヨシさん!待ってください!この孤児院にユフィさんの治療費を払う程の蓄えなんて──」

「──銀貨2枚」

「……え?」


 依頼というのは金が必要だ。

 しかし先程も言ったようにこれはただのお願い事。

 俺のお節介と言ってもいい。

 そんな俺の行為に金など払う必要はないのだが、エミルにそんな戯言が通じるわけもなく、正当な報酬を払う義務を感じたのだろう。

 だからこそ声を荒げるエミルの言葉を遮り、先んじて報酬金額を提示した。

 エミルのキョトンとした表情はその金額が安いと感じたのか、はたまた高いと感じたのか。

 きっと前者であろう。

 銀貨2枚の価値など、俺が切り詰めて生活すれば二日過ごせる程度。

 それで不治の病が治るならば破格も破格、詐欺を疑ってもいいレベルだ。

 因みにこの金額には理由が二つある。

 俺はその理由を一つだけエミルに告げる。


「低級冒険者の平均的な依頼料です」

「そんなっ!流石にそれよりは!」


 食い下がってくることは予想出来た。

 俺の力がどれ程かは分からないだろうが、医者というのは診察をするだけでも金を取るものだ。

 その診察料と考えても、銀貨5枚は一般的に取られるだろう。

 ましてや治療に成功したとなれば、正当な額を提示するなら、この孤児院の全てを売るなどしても到底足りるものではない。

 それに俺にとって金なんてものはどうでも良い。

 死者に金を持たせるならば、三途の川が渡れるくらいあればいい。

 それが、もう一つの理由。

 だから俺はエミルさんに笑いかけて追加報酬を告げる。


「じゃあ追加として、ニーニャちゃんの笑顔で」

「そんな……そんなことって……」


 見えない俺がどうやってその笑顔を見ることが出来るのだろう。

 言ってみたかった台詞を言ってみたが、これでは割と皮肉とも取れなくないだろうか。

 エミルさんが苦しそうな声を絞り出しているのがその答えな気がする。

 故に俺は慌ててもう一つ大切なことを告げた。


「え、えっと……後はまぁ、俺の事、忘れないでください」

「わ、忘れるわけが──」


「──なら、良かった」


 きっと、彼女は忘れてしまうことだろう。

 だが、忘れないでいようとしてくれている。

 それだけで、十分だった。

 俺はオルベリーさんの手を握る力を強くする。

 右手に意識を集中する。

 ほのかに自らの右手から熱が発せられているのを感じた瞬間、強い静電気が発生したかのような痛みが右手に走る。

 まるで力を行使するのを拒絶されているような、その痛みに顔をしかめつつも俺は握った手を離すことはない。


──死にますよ?


 久しぶりの神の使いからの言葉。

 その声に懐かしさを感じつつも、そんな事は百も承知である俺には止める理由などない。


──彼女の死は神によって定められた寿命によるもの。


 寿命なら老衰で殺してやればいいものを。

 お前らは何処まで人を苦しめれば気が済むんだ。

 わざわざ不治の病を患わせ、残りの余生をのんびりと過ごさせてやろうという気はないのか。


──神の采配に抗うということは神に背くということ。


 知ったことか。

 俺はオルベリーさんを助ける。

 例え病が完治し、明日命を落とす運命だったとしても。


──愚かな。


 苦しんで死ぬより、笑って死ぬ方が良い。

 そこに周りの笑顔があれば尚良し。

 このままじゃ、ニーニャちゃんが可哀想だ。


──そんな事のために、貴方は全てを捨てるのですか?


 捨てる?違うな、託すんだ。

 どうせこんな体じゃ今後まともな人生送れるわけもない。

 来世に期待しても良いが、まぁもう諦めた。

 俺はオルベリーさんを救う。

 正義の味方やヒーローなんかは無理だったが、一人の女の子のために命懸けるのも、悪くない。


──見ず知らずのガキのために!何故そこまでする!!!


 俺はニーニャちゃんを知ってる。

 見る事は叶わないが、それで十分だ。

 なんか俺、それだけで命張れるらしい。


──っ!!!


 結城正義とユーフィス・オルベリーの繋いだ手から温かみのある、優しい光が生まれ、部屋中を包み込んだ。

 エミルはその眩しさに目を閉じてしまったが、その直前、正義が笑っていたような気がした。

次で終わります。

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