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5:悪魔

 僕達は次の扉の先で第四階層に続くであろう階段を発見した。

 同じ部屋にいたタコ型の異形を危うげなく叩き潰すと、僕は階段を観察した。


 今までのものとは露骨に雰囲気が違う。

 壁に沿って青みがかった結晶が伸び、それらは荘厳に光り輝いている。


「次の階層で終わりでもおかしくなさそうな雰囲気だね。それならさっさと降りて終わらせてしまおう、僕はトイレに行きたいんだ」


 言うが早いか階段を下り始める。

 僕がトイレに行きたいと言うのは嘘で、これはさっきからもじもじしている千紗ちゃんを気遣っての発言だ。まあ少し別行動して済ませてしまえばいいだけの話ではあるのだが、それさえも言い出しにくそうだったので、であるならばさっさとこのゲームを終わらせるのがいいだろうという判断である。

 逆効果だったようで、内股を擦り合わせながら随分と恥ずかしそうな表情を作っている。

 横目で観察していると口を開いた。


「あー……待ってください、火炎瓶を補充していきます」


 尿瓶じゃなくて?という流石にデリカシーに欠けすぎている軽口を喉元で飲み込み、その言葉について考える。

 彼女の火炎瓶は先ほどの戦闘では非常に有効だった。

 トイレを少し先延ばしにするくらいの価値はあるだろう。

 いや、そもそもこれは排泄を済ませるための口実だろうか。


「僕はついていかないほうがいいかな?」


「……そうしてくれると助かりますね」


 可能な限り迂遠な会話ではあるが、しかし千紗ちゃんからは諦めたような雰囲気が出ていた。

 難しいものである。





「終わりました。行きましょう!」


 戻ってきた彼女の言葉に頷いた。

 ダンジョンに放り出された当初と比べるとなかなか元気がある。どこか吹っ切れたような感じだ。



 階段を下る。

 今までの無骨な通路とは異なり荘厳で神秘的な光景が広がっている。デートにはもってこいの場所だろう。


「こんな素敵なところを二人で歩いてるとまるでデートしてるみたいだね」


「そうですねえ」


 ちょっとつついてみたが、余裕綽々といった感じで適当に返された。

 僕に全く靡いていなそうな反応だ。


「さっきは聞きそびれちゃったけど君は今彼氏とかいるの?いないと嬉しいんだけど」


「い、今はいませんね」


 今は、か。

 少々引っかかるところがある言い回しだが、別に僕は並々ならぬ処女信仰を持っているというわけでもないのでここは純粋に喜んでおこう。

 彼氏がいても奪いとってしまえばいいという考えもあるのだが実際に奪い取れたことはないのでフリーであるに越したことはない。


 しかしこの階段、本当に素敵な雰囲気だ。

 コンテクストも悪くない。

 今だったらいけるんじゃないか?

 いける。

 間違いない。

 言うのならここしかないだろう。



「僕は君のことが好きだ。ここを無事に抜けられたら僕の恋人になってくれないか?」



 言ってのけた。

 軽い男のように振舞ってはいるが、内心非常に緊張している。

 千紗ちゃんの視線が僕に刺さるように感じる。

 針の筵に座らされているような気分だ。

 間があって、千紗ちゃんが口を開く。


「もう少し仲良くなってからですかね」


 断りの返事、だろう。事を焦りすぎてしまっただろうか。


「……残念だよ」


「いえ、こちらも……いや、なんでもないです」


 今の彼女は不思議な表情をしていた。

 強い拒絶の意思が感じられるわけでもないのだが、どこか不思議な昏さがある。


 先程もこれを見た気がする。

 やはり過去になにか、男に無理矢理襲われたりだとか、そういうトラウマがあるのだろう。

 そうでもなければ僕の捉えた彼女の人物像にあまりにも整合性がなくなる。

 そして陰のあるその姿はまた僕の心を惹きつけた。


 ここで告白してしまったのは早計だっただろうか。

 まあいいだろう、言葉通り捉えるならここを出てから改めて口説いてくれということだ。

 こういうのが上手くいかなかったことというのも今まであまりなかったので、その点でも珍しい経験となった。


 もっとも付き合うことになっても『思ってたのと違う』だとか『やっぱり無理』だとか言われて数日で別れ話を切り出されることがザラだったけどね。

 何故だ。



「……扉か。やたらと禍々しいね、やっぱりこの先はボス部屋かな?」


 少々微妙なムードになってしまったが、僕達は扉の前まで辿り着いた。

 今まで階層を下る時にはなかったものなので、仮にボスがいなかったとしても何かしら特殊な場所ではありそうだ。


「開けるよ」


 籠手を軋ませ、僕は禍々しく大きな扉を開いた。



 扉を開くと、広い書庫のような空間が広がっていた。

 棚の上に並べられた、青い燐光を放つ筒に入った脳のホルマリン漬けのようなものと、浮かぶ火の玉が不気味で、いくつも存在するそれらが精神の安定を乱してくる。


 そしてなにより僕の心を揺さぶったのは、中央のテーブルに腰掛けて本のページをめくっていた異形の怪物だ。


 それはバフォメットと呼ばれる悪魔のようなシルエットをしていた。

 まああくまで概形の話で、実際に山羊の頭を持っているわけではなく、より不気味。山羊の頭骨を被った人型の異形。それに全身に無数の目玉がついていて、それがギョロギョロとあたりを見回していた。

 こういうのには耐性があるほうだと思っていたが、それでも生理的嫌悪感は拭えない。

 隣でそれを見る千紗ちゃんの顔色もあまりよくない。

 さっさと襲いかかって殴り潰してしまうのがいいだろうか。


 そんなことを考えていると、目玉が一斉にこちらを向く。

 これもひどく不気味な様相だ。


「やあ……待っていたぞ」


 本なんてものを手にしていた時点で予測できていたことだが、どうやら目の前の化け物は高度な知性を持っているらしい。

 今まで出てきた怪物どもとは格が違う。


 その声はたしかに化け物のほうから聞こえてきているが、どうも山羊の頭蓋の下から聞こえてきたものではないようだった。


 どこから声を出してるのか知らないが、少なくとも意思の疎通は図れるようだ。


「待たせてたの?申し訳ないね。遅刻しないよう普段から心掛けてはいるんだけど、臭くて下品な迷宮で迷子になってしまって」


 焦燥感や不安から、強気に振る舞おうとして煽りから入ってしまったが、そういう言葉を投げかけるべき相手ではなかったかもしれない。


「余裕だな。ここまで辿り着いたとしても私の姿を見るなり腰を抜かして粗相をするような者も少なくないし、狂いだす者さえいるのだが……どうやら今日はそこそこ上物を引き当てられたようだ」


 この空間に連れ去られ、この山羊目玉と相対するハメになったのはどうやら僕達だけではなかったらしい。


「我が名はニェリリウム。貴様等も名乗るといい」


「光の戦士、ライト・サンタナだ。この迷宮はお前が作ったものなのか?」


 先程まで怯えを表に出していた千紗ちゃんが僕に可哀想なものを見るような目を向けてくる。

 精神をやられてしまっているかと思ったが、案外余裕がありそうだ。


「質問に答える前に、そちらの少女の名も聞いておきたいのだが」


 わざわざそんな事を聞くあたり、どうやらこの化け物、千紗ちゃんに気があるらしい。

 というのは冗談として、やたら名前に拘っているような気がする。


「……伊丹千紗、です」


「それで、この迷宮は?」


 遮るようにして口を動かす。

 この悪魔のような存在、姿こそ不気味ではあるが、言動からいまいち敵意を感じられない。気になっていたことをいくつか聞いてみることにする。

 戦わずに帰れるのならそれでいい。……尤も、そんな雰囲気でもなさそうではあるが。


「うむ、私が用意したものだ。我々の間では獲物の魂の質を高めるために、我々と親和性の高い空間に浸し、死なない程度に眷属をけしかけるのがよいとされていてね……それでも勝手に死んでいく者達もいるのだが、まあそんな存在の魂の味などたかが知れている」


 どうやら僕達は獲物らしい。やはり帰らせてもらうなんてことは無理そうだ。

 ペラペラ喋ってくれてありがたいが、これも魂の質を高める事に繋がるという事なのだろうか。


 しかし、『我々』ときたか。どうやらこの場所は数あるこの異形どもの狩場の一つに過ぎないようだ。

 無事に帰れたとして、その先がどうなるのかという新たな懸念に悩まされることになってしまった。


「貴様はここを迷宮、と表現していたな。その言葉を借りるなら、迷宮の創造はほとんど我々の個の裁量で行われる。私の場合は少しでも魂の質を高めることを重視していてね……特に気を使っているのは扉で呼び込む対象だ。初めから腹にたまりそうな大きい魂だけを引き込んですぐに食べてしまうなんて無粋な者もいるにはいるのだがね、やはりこの特殊な空間に浸したほうが味が良くなるんだ」


 わざわざそんな手間をかけてまでその質にこだわるあたり、人間の魂は彼らの間で嗜好品のような扱いを受けているのだろうか。


「良質な魂を持った若い男女を引き込むと相互作用で一気に魂の格が上がる。お互いが意識すればするほどそれは顕著になる。そういうわけで、見目麗しい若い男女を選ぶ、というのが一つだ」


 僕と千紗ちゃんが選ばれるのも当然というわけだ。僕もそこそこには自信があるし、千紗ちゃんほどの子はそういないだろう。


「選ぶ段階でそうでなくても、余程いい魂を持っている者に対しては外見をいじるといった加工をすることもある。その行為自体によって多少格が落ちはするのだが、しかしそこをこちらで補正してやったほうが最終的には美味くなるのでな……まあここまで細かい調整となると他の奴は面倒臭がるんだがね。我々にとってのいい魂とは濁り、歪んだものだ。加えて中身のある若い魂が最高のものだと考えている。それに短時間のうちに恐怖と生存本能というエッセンスを加え、お互いを意識する過程で魂の濾過が進めばとても官能的で素晴らしい香りを放つようになる。そんな要素は私達が生きていく上で必要なことではないのだが、まあどうせなら高級な食材をいただきたいというのは君達にとっても同じだろう」


 官能的ときたか。

 見た感じでは生殖器だとかは持っていないようだが、こいつにそんな感覚があるのだろうか。絶対有性生殖しないだろ。


 ワインの趣味を聞かされるくらいには退屈な話だったが、僕は真面目に聞いておくことにした。

 こいつの言葉を信じるのならば僕達がここに引き込まれた理由にも得心がいく。

 僕の魂は清く真っ直ぐであるはずだが、そのあたりは妥協したのだろう。


「お眼鏡に叶ったようで光栄だよ。一つ勘違いを正すとするなら、君が迷宮を探索する時間を与えてくれたおかげで、もう僕達が狩る立場にあるってことだ」


「自信家だな。貴様は光の戦士と自称したか。良質な魂は稀有な能力を持っていることも少なくないのでね、そのような者も何度も相手にしてきたよ。ここに紛れ込んでくる中で一番数が多いのはサイキックだな、味も素晴らしい。彼らが迷い込んでくると、年甲斐もなく、その日一日機嫌が良くなってしまう。しかし前に光の戦士だと名乗っていた輩の魂はスカスカで食べられたものではなかったよ。そんなものは引き入れないようにしているんだが、どうもそういった特殊な資質は魂本来の質を覆い隠してしまうらしい」


 いるのかよ、光の戦士。

 なんならサイキックなんてのもいるらしい。クラス一覧にはなかった言葉であり、資質がどうたらとも言っていたので、僕達の世界に存在するということだろう。

 こちらも年甲斐もなく、少し心が踊ってきた。


「長々と話したがね、つまり私が言いたいのは────貴様のように私に届きうるイレギュラーが入ってくることもままある以上、対策も用意してあるということだ。『呪術:掌握』『伊丹千紗』」


「痛っ、がっ!?」


 パタンと本を閉じた山羊目玉が何やら唱えると同時に、千紗ちゃんが苦しみだして床に倒れ伏した。

 見た目から何となく想像がついていたが、そういうタイプ──魔術師型の敵らしい。

 楽しく談笑してたところに不意打ちとは汚い奴だ。

 敵愾心がやたらと薄く感じられたのは余裕からか。


「名前聞いてたのはそういう事かよ」


 言いながら、僕は駆け出した。

 千紗ちゃんから先に狙ってきたことに内心憤っていはいるが、敵を見る目は冷静であるつもりだ。


 鍛えたSTRを活かして、床を蹴って跳ね、本棚が立てられた壁に着地するとその上を走り、奴の眷属なのであろう火の玉を避けながら接近する。

 忍者のようだね、という異形の呟きが聞こえた。


「手間こそかかるが、魂の鮮度を保ちながら獲物を屈服させることのできる最高の呪術だよ。そしてそれを利用するための下準備も欠かしていない。貴様は私が呪術師であることも警戒して偽名を名乗ったようだが、無駄だったな。まあそういう思い上がった様を観察するのが楽しくて名乗らせている節もあるのだがね……『呪術:掌握』『佐藤マイケル』」


 僕が迫っているにもかかわらず、勝ち誇ったようにペラペラと喋りながら目玉を動かしていた間抜けな異形の胴体を、籠手をはめた右腕で思いっきり打ち抜いた。

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