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4:運

 第二階層に辿り着くと、すぐ目の前に次の下り階段があった。


 少し考え、僕はそれを下っていくことにした。

 千紗ちゃんを連れ、コツコツと下っていく。


「……いいんですか? さっき言ってた、えっと、経験値稼ぎ? とかしなくても」


「どうなんだろうね」


 千紗ちゃんが言ったような事を実行する事も考えていたのだが、同時に極力急いで先に進むべきである可能性があるとも思っており、今回は後者の方を優先したという話だ。


「どうなんだろうね、って……」


「まあ大丈夫だと思うよ。ここはあまりにもビデオゲームライクで、それはつまり誰かにデザインされたような世界だってことだ。で、そのデザインされた世界で容易にゴブリンを倒せている状況からして、僕らを必要以上に苦しめるような意図はなく、階層ひとつ飛ばしても急に勝てない相手と遭遇するような事態に陥ることはないはずだ」


 千紗ちゃんのほうはともかくとして、僕の選択(ビルド)は戦力として少々過剰気味だった。まあ、選んだクラスによるものなのか、そもそも素質によるものなのかははっきりとしないのだが。はじめにゴブリンを倒した時点ではそういったシステムの恩恵を受けてはいなかっただろうから、素質が一切影響していない、ということはないだろう。

 まあつまり、現状敵より強いからなんとかなるだろう、という楽観的な話だ。


「どちらかというと僕らが危惧すべきなのは食糧問題だ。僕はゴブリンの尿が引っかかっていそうな苔を齧るような真似もゴブリンの糞が混じっていそうな水溜りの水を啜るなんてことも、絶対にやりたくない。絶対にだ。それを避けるためには極力短い時間でここを抜けるしかない」


 ゴブリンの放つ悪臭は尋常のそれではなかった。

 変な例えになるが宇宙の外側から引っ張ってきたかのような悪辣で下品な臭いだ。

 この言葉をそのまま千紗ちゃんに伝えてもすぐに同意を得られるだろう。

 そんな生き物の糞尿から放たれる臭気なんて想像したくもない。


「……想像しただけで気持ち悪くなってきました……」


「でも千紗ちゃん、僕の側でも鼻つままなくなったよね。もしかしてもう臭いが取れたのかな?だとするなら素晴らしいことだ、すぐに消えるものだというのならまだ救いようがある」


「きっと私の鼻もおかしくなったってだけでしょうね」


 あまり続けたくない話題だ。

 こんな気持ちの悪くなってくる話をすることになった原因はまあ半分僕ではあるが、罰を受けるべきはどちらかといえばこのやたらと長い階段のほうだろう。

 もう何十段降りたかわからない。



「あれ、扉ですかね」


「あー、そうみたいだね。扉っていうか……ビルの自動ドアみたいだけど」


 千紗ちゃんが指した階段の下の方を見ると、ガラス張りのドアから光が漏れているのが確認できた。先程までいた場所とは随分趣が異なるようだ。


 そのまま下っていき、その自動ドアのようなつくりの扉を手でこじ開けた。


「急に人工物まみれになりましたね。ちょっと不気味です」


 中を見渡して千紗ちゃんが言った通り、ガラスやコンクリートなどによる人工的な雰囲気がかえって異質だった。

 先程までの場所は鍾乳洞だとして、ここは……廃ビルだろうか。

 光源も松明から蛍光灯へと変化している。


「物陰が多いのも不安ですね」


「不意打ちが怖いね。でもまあ、千紗ちゃんが敵の毒牙にかかるよりも早く僕が殴り飛ばすよ。多分できる」


「そうですね……」


 反応が芳しくない。

 特に気に触るようなことを言った覚えもないのだが、自分が戦力になれないことを重く捉えてしまっているのかもしれない。真面目そうな子なので、そのあたり気負ってしまいそうではある。



 ◯◯◯



「蛍光灯が取り外せるみたいだね、石か松明と調合してみようか」


「わかりました」


 そう相槌を打って、佐藤とともに蛍光灯を外して回る。

 蛍光灯を取り外す際肩車してもらうかたちになり、少々どころではなく恥ずかしいのだが、背に腹は代えられない。

 集めてきた蛍光灯をインベントリに収め、調合を開始した。

 あまり期待してはいなかったのだが、今回はスキルが機能し、新たな道具を用意することができた。


「フラスコと火炎瓶、ですね。フラスコは液体をアイテムとして回収するのに利用できそうですね」


 生み出したのは私だが、理屈はさっぱりわからない。

 いや、きっとここに理屈など存在しないのだろう。


「いいね。フラスコがあれば多分水をアイテム化できる。水から新たな液体を調合できれば飲料水問題は解決するかもしれない。蛍光灯と石からフラスコを生み出すなんていう意味不明な飛躍をするんだ、水の中の不純物や細菌が生成物にそのまま引き継がれるなんてことはまずないだろう。僕の攻撃手段が打撃だけってところを補う火炎瓶のほうも悪くない」


 それなりに大人しそうな容姿と飾り気のない眼鏡、そしてやたらとゲームだとかの知識を持っているという点から初めはあまりいい印象を抱いていなかったが、即座にこういった言葉を述べられることなどからそれなりに頭が回り、かつ小柄とはいえ異形の怪物に向かっていく程度の度胸もある好青年というのがこの男に対する現在の評価だ。

 長い前髪に隠れて全てはっきりとは見えないのだが、顔の造形もかなり恵まれているようである。


「さて、階段を探そうか」


 言って、歩き出す。

 どういうわけなのか自分達が降りてきたはずの階段とくぐったドアは消えていて、ここから確認できるのはコンクリートの壁、柱、鉄製の扉のみだ。その扉の方へと佐藤は歩いていった。

 いくらかの焦燥感こそあれ、佐藤からは一体目のゴブリンを倒すより前のような、この場所に対する警戒心は感じられなくなっていた。ここで得た能力を余程信頼しているようだ。

 実際佐藤の動きや膂力は既に人間離れしており、それに同行する私からも異形に対する緊張というものはほとんどなくなっていた。


「開けるよ、────っ、なんだこれ!」


 扉の前に辿り着いた佐藤が戸を引いた瞬間、中から無数の蠢く異形が飛び出してきた。


「うわあっ、何ですかこれ!?」


「怪物の巣か? 数が偏りすぎだろ、今まで出てきたのゴブリン3体だけぞ!」


 落ち着いて観察すると、もぞもぞと蠢いている異形にはおよそ80cmほどの大きさのタコの姿をしているものと、50cmほどの蜘蛛の姿をしているものとがいた。

 蜘蛛型は素早く、扉から距離を取っていた自分のところまで、その蟲として見るにはあまりに大きな体躯とその体の大きさにに見合わない速度で這い寄ってくる。

 その有り様に強い生理的な嫌悪感をおぼえ、体が竦んだが、それらに体を傷つけられるより早くその全てが佐藤によって叩き潰されていた。


 佐藤は私へと向かってくる異形を潰し続けながらこちらへ顔を向けて叫んだ。


「千紗ちゃん、火炎瓶だ!部屋の中に投げて!」


「は、はいっ!」


 言われて慌ててインベントリから火炎瓶を取り出し、地面に現れたそれを拾って部屋の中に放り込んだ。

 それは部屋の入り口に引っかかっていたタコに触れた瞬間に割れて燃え盛り、部屋を炎で染め上げる。ゴブリンほどのものではなかったが、有機物が焼ける嫌な臭いがしていた。


 部屋から出てきていた分は既に佐藤が潰し尽くしており、20体は下らなかったであろう中の異形も炎が消えるころには全て息絶えていた。どうやらこれらの異形はそのあまりに常識離れした見た目に反して火炎瓶程度の火力でも焼き殺すことが可能らしい。



「ちょっと予想外の展開だったね。無事乗り切れてよかった」


 実際死んでてもおかしくないような状況だったと思うのだが、随分と軽く言ってのけるものだ。


 この男の強さはシステムによる補正があるにしても少々異常であるように思える。私もクラスを取得し自身を強化しているはずなのだが、この男のように動くのは不可能だ。運動能力はここにくる以前の私と大差ない。

 そもそもクラス未取得の時点であの重そうな棍棒を軽々取り回していたゴブリンを圧倒していたのだ。ここにくる前から特殊な人間だったのではないだろうか。


 佐藤は潰した死体を漁っていた。

 蒸発するより早く素材を回収すれば消滅しないのではないかという考えがあったのであろう。

 しかし、化け物の死体から剥ぎ取ったものはインベントリに回収できず、すべて蒸発していった。


「んー、残念。あのゴブリンから棍棒を回収できたのがイレギュラーだったのかな?他のゴブリンを倒した時は一緒に蒸発してたし」


「まあ蜘蛛の足をアイテム化できても何も作れそうにないですけどね……」


「そう?調合すれば毒薬にでもなるんじゃないかなあって考えてたんだけど……あれ?部屋の中、何か光ってるね」


 見ると、明かりのなかったはずの部屋で青い光を放つものがあった。

 報酬、ということだろうか。このゲームのような状況から考えれば、そういうものがあっても今更不思議でもない。


「なんだこれ、籠手?あ、アイテム化できるんだ」


 それに近付いた佐藤はそれを持ち上げ、消滅させた。

 インベントリに収めたのであろう。


「『優れた神の籠手』、ねえ……なかなか大仰な名前が付いてるじゃないか」


 名前を確認すると再びそれを取り出し、疑うような目を向けながら手に嵌めた。


「序盤で取れていいアイテムの名前じゃないように思えるんですけど……強いんですか?それ」


 言ってから、その序盤という認識が、この世界をゲームのようなものだと捉えた上でそれについての前提知識がなければあり得ないものであるということに気付く。

 決意を固めてからしばらく経つが、いくらでもボロが出てくる。

 演じる事に慣れていないのか、そうでなければ今まで気付く機会がなかっただけで、そもそも自分は少し抜けたところのある人間だったのだろうか。


 蜘蛛やタコの体液に塗れた佐藤は悪臭を放ち見た目にもあまり綺麗ではなかったが、それでもその整った容貌や服の隙間から覗く肌、鎖骨などは異性に耐性の無い自分にとっては多少なり目の毒であり、感情を揺さぶられる。

 多少男に対する嫌悪感はあるが、魅力的な容姿と好意的な姿勢にはどうしても少しは惹かれてしまう。


 誘導して利用するなんて考えを持ってはいたが、こちらが手玉に取られているような感覚さえあった。

 経験が足りなくて意志に行動がついていけていない。


「昔から運だけは良くてね。それにもしかしたらもう終盤なのかもしれないよ?性能はやっぱり表示されないからわからないんだけど……そうだな」


 感触を確かめるように拳を握ったり開いたりした後、佐藤は壁に視線を向けると、軽い動作でそこを殴り抜いた。

 壁は不自然に抉れ、その周囲にも大きなヒビが入っている。


「痛みがない。反動を消してくれるみたいだ。懸念がひとつ消えた、最高の装備だね」


 まるで誂えたかのような武具である。

 ドロップの傾向が討伐者のクラスに左右されたりしているんだろうか。


 子供のように腕を振る佐藤をぼーっと眺めていると、ファンファーレが鳴り響き、レベルが上がったと知らされた。Lv3から一気にLv5だ。

 異形の巣の壊滅から経験値の反映までに少々不自然なラグがあるように感じたが、それについては深く考えずにバランスよくステータスを伸ばしておいた。

 スキルは増えない。


 佐藤のほうを見ると、これまた子供のような無邪気な笑みを虚空に向け、指先で何かをつつくような仕草を見せていた。

 ステータスを上げている最中だろうか。だとして、なぜあんな感情を発露させているのかがさっぱりわからない。

 狂気さえ感じられる。

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