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14:鳥籠

「早いところこの空間の主人を探し出したい。ここ、食用になりそうなものがほとんどないんだよね。眷属は倒したらすぐに消えるし、木にも一つとして果実が実っていないし水場もない。まあ割り箸からメンマが作れるっていうくらいだし、いざとなれば木自体を食べられないこともないんだろうけど────」


「それ嘘ですよ」


「マジ?」


「マジです。どう調理しても割り箸はメンマにはなりません」


 衝撃だ。僕がインターネットで培って優越感たっぷりに披露した知識が否定されてしまった。

 今まで本気で信じていたのに。


「基本的に木の幹は食べられないと思った方がいいです。食べるという言葉の定義にもよりますが、人間はセルロースとリグニンを消化できないので木繊維を栄養として吸収することができません」


 どこから手に入れたのか知らないがこの場で有用な知識が口をついて出てくる千紗ちゃん。

 衒学的(げんがくてき)であるにはそもそも該博(がいはく)でなければならないらしい。割り箸でメンマとか言ってた僕とは知識量に相当な隔たりがありそうだ。


 年下の女の子に知識で圧倒されるというのは……実際にされてみると結構気持ちがいい。

 僕は変態なのかもしれない。


「葉が食用になるものは少なくないですけど、そもそもこのダンジョンの樹木が本当に私達の知っているものと同じなのかどうか、という問題がありますから……口にしないのに越したことはないと思います」


「千紗ちゃんの持ってるスキルで食べ物作れたりしない?」


「既に試しましたが無理ですね。『調合』については以前同様アイテム化出来るものが少なすぎてまともに機能しませんし、『即席構築』ではどうも動植物のようなものを作るのは無理みたいでした。食品系でも塩みたいなものは作れたんですけど」


 そこに一番期待していたのだが、千紗ちゃんに食糧を確保してもらうことはできないようだ。


「千紗ちゃんが倒した眷属が食べ物を落としたことってあった?」


「いえ」


 今まで一度もそういうことが起きていない以上、眷属からパンやらおにぎりやらがドロップすることに期待することもできないだろう。


 この状況はまずい。

 非常にまずい。


 まだ出られないと決まったわけではないが、僕達は結果的には二手に別れて探索を行ったに等しい状況であったにもかかわらず、この狩場の主へと繋がる痕跡を見つけられていない。


 比較的短時間で階段──先へ進む手段を発見できた前回と比べると異常な状態だ。

 最悪の場合を想定すれば、数日、あるいは数週間この空間内に拘束されることも視野に入れて行動しなければならないだろう。


 水についてはアテがある、ということが唯一の救いだろうか。


「栞ちゃん、ちょっと魔法で水出してみてくれない?」


 言って、栞ちゃんに器のようにした両手を差し出す。


「はいはーい。亜空水脈(ウォーターフォール)


 何もない空間から、ちょろちょろと液体が流れ出す。

 千紗ちゃんが呆けたようにどこからか流れてくる水を眺めている。嘘発見器以外の栞ちゃんの魔法を見るのは初めてであるはずなので、なにか感慨深いものがあるのかも知れない。

 僕としても魔法の行使は人類の悲願だと思っている。


 僕の手に透き通った水がなみなみと注がれ、収まりきらずに溢れ出す。

 水の流れが止まると僕はそれを口に含み、飲み下した。

 得体の知れないものではあるが、僕は栞ちゃんが出した液体の毒性を一々検証するほど気の長い人間ではない。


 しかし栞ちゃんが出した液体か。そうか。


「うん、問題なく飲めそうだね。なんなら水道水よりも美味しい」


 栞ちゃんもどこか得意そうである。

 後になって腹を下す可能性もないではないが、まあその時はその時だ。

 水問題はいとも容易く解決した。

 やはり魔法使い、ぶっちぎりで有用である。サバイバルでも強い。

 行使する魔法の種類にほぼ縛りがない点が優秀すぎる。


 これがゲームならひとつのクラスが秀で過ぎているという事態はバランスが悪いとして問題になり得るが、そうでない以上強いもの弱いものがあるのも当然か。

 もしこれ以降も人が増えることがあれば、その人たちには全て魔法使いになってもらうのもアリだ。


「栞の魔法、便利だね……食糧も用意できたりしない?」


「さすがに厳しいかなあ、なんかイメージできないんだよね」


 僕には魔法を使う感覚というのは分からないが、本人が無理だと言っているのなら無理なのだろう。

 僕からしてみても、『水や火を操る』ということは『魔法』としてイメージできるが、『食糧を作る』ことを『魔法』としてイメージすることは少々厳しい。きっとそのあたりが鍵なのだ。


 順に水分を補給した後、僕達は探索を続けることにした。

 食糧問題を簡単に解決する方法は、やはりここから脱出してしまうことなのだ。



 ◯◯◯



「へえ、じゃあ志木さんは10年間も悠一郎さんと友達でいることになるんですね」


「そうだな。小学生時代のことは悠一郎にバラされた通りだし、それ以降はその……成長と共に顔が厳つくなってきて、何もしていないのに怖がられるまでになってしまってな。他に友達らしい友達も出来なかったんだ」


 先程までの千紗ちゃんのように逸れてしまうと確実な合流手段がない、駆け回って体力を消耗するのも望ましくないという理由から僕らは四人で固まって歩くことにした。



 またしばらく歩いているのだが、眷属とのエンカウントは一気に少なくなった。

 どのくらいの数がいるのか知らないが、ほとんど全滅させてしまったのかもしれない。


 今は志木がかわいそうな思い出話に興じているところだ。


「その顔、慣れてきてもまだ怖いもんねえ……ユウくんも友達が少ないみたいだけど、そっちは何か理由があるの?」


 栞ちゃんと話す過程で、僕の呼称がユウくんへとグレードアップした。

 この子はどこか、他人に対して一線を引いているようにも感じるのだが、しかしそれに反して人との距離を詰めるのがやたらと早いように思う。もちろん嬉しくはあるのだが。

 簡単に籠絡されそうになるので押しの強い女の子は苦手だ。

 僕としては千紗ちゃんに操を立てているつもりなのだが今までに僕をユウくんだなんて呼んでくれたのは母親と幼馴染とエリアだけなので不覚にも胸が高鳴ってしまう。

 風雲望月城、陥落寸前である。


 それで、僕に友達が少ない理由だったか。

 答えはシンプルだ。


「僕が有能かつ魅力的すぎて近寄りがたいらしい」


 才能があるゆえに、孤独。

 持てる者の辛いところだ。


「これは嘘だ。思ったことをズバズバ言う性格とチンピラみたいな性根のせいで仲良くなってもすぐに喧嘩になって疎遠になるっていうのが本当のところだな。チンパンジーみたいな攻撃性がある」


「握り潰すぞ」


 適当な嘘で繕ったのは悪かったけどせめてもっと格好いい動物に例えてくれないかな。


「まあ、千紗ちゃんの場合は本当に僕が言ったような感じかな?悪い子には見えないし」


「えっ、いやあ、そんなことないですよ、多分」


 謙遜だろう。この子は女子高生集団の中においては傑出しすぎているはずだ。


「まあそれも無くはないとは思うけど、千紗ちんの場合ちょっと内向的すぎるからねー」


 初対面の時の雰囲気や志木への態度から察してはいたが、なかなかシャイな子であるらしい。

 個人的にはそういう部分はとても魅力的に思える。

 翻って既に僕には心を開いていると捉えてしまってもいいのだろうか?


「なるほどね、内向的か。まあそれも美徳だと思うよ。口数の少ないのが最上の人だ、ダヴィンチもそう言っていた」


「ありがとうございます。それはシェイクスピアの言葉ですけどね」


 千紗ちゃんの前で曖昧な知識で物を言うのは控えることにしよう。


「……まあそれはそれとしてだ、ちょっと休憩を挟まない?太陽がずっと真上にあるから時間感覚が狂うけど、もうここに入ってから数時間は経っているはずだ。この中に入っている間に僕らの世界の時間が進むことはないけど、外で過ごしていたらもう夜中になっているだろう」


 外と時間的に隔絶されている、というのは前回判明したことだ。

 ダンジョンから脱出した後に携帯を確認すると、意識を失う前とほぼ変わらない時刻が表示されていた。

 また、理由まではわからないが、ダンジョン内に携帯を持ち込むことは不可能であるらしい。

 推測するなら、神秘性の問題だろうか。エリアは神秘性を削ぐためにモノリスに電子回路のような意匠を施したと言っていた。つまり、神秘性が損なわれることを嫌って電子機器を弾くシステムを異界種の側で用意しているのではないかということだ。

 まあ、考えても仕方のない話だ。


「そうですね……疲労と眠気がかなり重たいです、睡眠を取らないで歩き続けるとパフォーマンスが落ちすぎるかもしれません」


 僕らがいくら超人的な身体能力を手に入れているとはいえ、お腹は空くし眠くもなる。

 この空間の主たる異界種との戦闘に備えるためにも睡眠は取っておいた方がいいだろう。


 また、当然だが排泄も必要だ。

 既にそれぞれ一度ずつくらいはこの場で用を足している。


 先程、『別に排泄行為を覗き見ようなんて気はないけれど森の中であるにもかかわらず茂みらしい茂みもないので見えてしまっても仕方がないよなあ』と考えて、花を摘みに行くといったニュアンスの言葉を残して歩いていった千紗ちゃんや栞ちゃんの方を眺めていたのだが、バリバリという電子機器がショートしたかのような音と共にどちらの能力によってか土の壁が構築され、視線を遮られてしまったということがあった。

 まあ僕は紳士なので元々覗きに行く気なんて塵芥ほどもなかったから何も哀しくなんてないんだけどね。


 ちなみに葉っぱというものは案外尻を拭くのに適しているらしい。すっきりだ。

 今のところかぶれてしまうなんてことも起きそうにない。


「ベッドについては私に考えがあります」


 そう言うと千紗ちゃんはなにやらインベントリから巨大なアメジストのようなものを取り出した。


「それは?」


「『星のカタリスト』、だそうです。眷属を倒した後に出てきたアイテムを『調合』したら出来ました。文字通り触媒として私のスキルの行使に作用するみたいで、これを握っているとスキルを使った時の体力の消耗を抑えられます」


 文字通り、と言われても僕には分からないのだが、カタリストというのが触媒という意味なのだろうか。


 それを握りながら地面に手をつき、またバリバリと音と光を撒き散らすと四枚の大きなビニールを手にしていた。

 そういうものは作れるのか。

 ビニールは確か有機物だったような気がするが、そういう区分で生成できるものが決まっているわけではないらしい。


「栞、この中に水を入れてくれない?」


「なるほどねー。生命の源たるものよ──亜空水脈(ウォーターフォール)


 どぱっ、と千紗ちゃんが掲げたビニールのあたりに水が溢れ出す。

 一部はビニールの中に発生せずに流れていったが、四つのビニールは十分に水で膨らんだ。


「重たっ……と、まあ所謂ウォーターベッドですね。寝心地は悪くないはずです」


 相当な重量があるはずだが、重いと言いつつも片手で軽々とその四つの水袋を地面に並べると、またカタリストを握ったまま地面に手をつき、今度は東屋のようなものを構築しはじめた。


 千紗ちゃんのクラスは化学者であり、それは学者、つまり知識人あるいは研究者のようなニュアンスしか含んでいないはずなのだが、目の前で起きている現象を見るに完全に魔法使いの領域に足を踏み入れている。


 出来上がっていくものの材質は、土のようでもあり石のようでもある。不思議な質感だ。


 東屋が出来上がると千紗ちゃんはふらつき、そのまま水袋に倒れこむ。


「ああ、すみません、限界みたいです……先に眠らせてもら……い……」


 言い切れず、眠りに落ちてしまったようだ。インベントリにカタリストを収納することも忘れている。

 元々溜まっていた疲労に加え、立て続けの錬成で一気に体力を持っていかれてしまったのだろう。

 小さな口を少しだけ開き、すやすやと無防備に寝息を立てる姿が可愛らしい。


「私は誰にも害されない──魔性鳴子(ヘイトウェブ)


 栞ちゃんは詠唱を終えると、杖をインベントリに収納し、同じくベッドに倒れ込んだ。

 これはどういう魔法なんだろうか。まさか夜這い対策か。


「敵意を感知して教えてくれる魔法、になってるはず。寝てる間に眷属に襲われないようにね。私も寝るけど、変なことしちゃダメだよー」


 無論である。僕は紳士だ。

 決してそんなことをする度胸さえないというわけではないが寝込みを襲うなんて真似をするつもりは毛頭ない。


 何より、そんなことをする体力が残っていない。

 精神力に関しては自信があり、多少の疲労なら気合で誤魔化すことができるが、VITによる補正もない僕の体力はそろそろ限界を迎えようとしていた。


 そして常に真上にある太陽から注がれる光、体が灼ける程に熱いというわけではないが、どうにも体力が奪われているような感覚がある。

 獲物から力を奪うことが可能だというのならこの太陽はなかなか合理的な装置だ。

 千紗ちゃんもそのあたりを意識して屋根を作ったのかもしれない。いや、それはまあ単純に日差しの下で眠るのが厳しいという話か。


 栞ちゃんが横になった後、無言で寝転がる志木に続き、僕も水袋の上で仰向けになった。

 目を瞑り、眠りに入ろうとしながらこのダンジョンについて思考を巡らせる。


 常に真上で輝く太陽。青い空。

 疎らに生える樹木。にもかかわらず草一つ生えていない不気味な植生。

 広すぎる狩場。

 眷属をほぼ殲滅しても見つからないボス。



 気がつくと、僕は鳥籠の中にいた。

 僕の羽毛は灰色だ。外に出ようとして暴れていたためか、籠の中にはその灰色の羽根が散乱している。

 僕が籠という人工物の中に囚われているにもかかわらず、誰かが餌を与えに来る気配はない。

 僕の飼い主は死んでしまったのだろうか。

 籠から飛び立つことも出来ないまま、僕は窓から差す光によって乾涸(ひから)びていく。

 もしかしたら僕は飼い主に愛されていたのかもしれないが、彼が来ない以上この鳥籠は僕の居場所などではなく、単に僕の処刑場でしかなくなっていた。

 太陽がいかなる抵抗もできない僕からゆっくりと命を奪っていく────



「────わかった」


 悪夢から目を覚ました僕の頭には、このダンジョンのボスについての、ある可能性が浮かび上がっていた。

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