11:体力
「うおっ、なんだ!?」
「うにゃ?」
後ろを歩いていた二人が突然立ち止まる。何かしらに驚いているようだ。
だからといってうにゃは流石にないな。
「レベルアップか……聞いてはいたが、いざ急にファンファーレを鳴らされると……驚くな……」
変なところで臆病な奴である。女子か。
「なるほどこれはゲームっぽいねえ。でもなんでレベルが上がったんだろー?私たちまだ何も倒してないけど?」
戦闘が起きてもいないはずなのに上がるレベル。
その理由については大方予想がつく。
「千紗ちゃんが敵を倒したってことだろうね。経験値の分配に関しては大分適当みたいだから、遠く離れていてもきっちり入ってきたんだろう」
彼女が去り際に見せたパフォーマンスのこともあってそこまで危険だとも思ってはいなかったが、とりあえず千紗ちゃんは無事ではあるみたいなので安心した。
「さて、彼女の無事も確認されたことだし君達のクラスを決めておこうか」
「クラス?ああ、これか……うおっ、多いな」
「40個くらいだろう、一々驚いてみせるなよ」
「いや、これ100個くらいあるねー」
「本当?僕らの時はそこまで多くなかったんだけど」
僕らがダンジョンを潰したことによってエリアが力を手に入れたとか制限が緩くなったとか、そういうことが起きたのだろうか。
そうだとして、そこを充実させる意味は果たしてどの程度あるのだろうか。
細かく取得スキルだとかを設定しているわけではないそうなので、クラスを追加するのはシステムを変えたりといった諸々の作業よりも手間がかからず簡単だということなのだろうか。
「あ、またレベル上がった」
バーサーカーかと思うほどのペースで千紗ちゃんが敵を倒しているようだ。
異界種の眷属を倒して得たリソースを経験値として吸収するって話で、レベルによる分配補正だとかがなければきっちりエーテルは4等分されているはずで、本来であれば僕らが二人で攻略していた時の1/2のペースになるはずなのだが。
即席構築のデモンストレーションをしてみせた時の表情も明るかったし、なんだかんだでこの状況を楽しんでいそうだ。
ここに入る直前、自傷行為にでも走りそうなくらいメンタルにダメージを負っているように見えたので、この傾向は素直に喜ばしい。
「栞ちゃんは希望のクラスはあるかな?」
「Sorcerer を選んでも良い?憧れてたんだよねー、魔法少女」
「勿論だ、素敵だと思うぜ。パーティのバランスを考えても悪くなさそうだ」
魔法少女栞ちゃん。
素晴らしい。
僕は女児向けアニメを観るためにわざわざ日曜に早起きするくらいには魔法少女ってやつが好きだ。
栞ちゃんはどこかマイペースなところがあるので性格的にも前衛よりは後衛のほうがマッチしているだろう。
「で、タンクもヒーラーもいないから志木はPaladin を選べ」
タンクは敵の攻撃を受け、あるいは防ぐ壁役、ヒーラーはそのまま回復役のことだ。
両方ともこなせそうな雰囲気があるのは僕が確認した段階ではこの聖騎士くらいであった。
「えっ……?俺はMeleeWizardを選ぶ気満々だったんだが……?」
また変なもの見つけてきやがって。
「頼むっ!この通りだ!俺にこのクラスを選ばせてくれ!呼んでいるんだよ運命が俺を!!」
必死の形相で僕に迫ってくる志木。僕のメンタルが並のものだったらこれだけで卒倒していただろう。
しかし面倒なことになったな、こいつは根が善人なので言いさえすればヒーラーもタンクも引き受けてくれると思ったんだが。
リスクを減らすため回復役はなんとしてでも確保しておきたいし、僕が火力に傾倒し過ぎている以上壁役も然りだ。
なんと言って説得すべきだろうか。
まあシンプルにこれが一番効くだろうな。
「栞ちゃんが死んでしまっても構わないというのなら、それでもいいだろう」
僕の言葉を聞くと、志木は絶望したかのような表情を浮かべ、そしてすぐに僕を睨んだ。
視線だけで人を殺せそうな形相だ。
「お前……ろくな死に方しないぞ」
どうとでも言うがいい。
僕の攻撃はクリティカルヒットだ。
志木が栞ちゃんへの強い好意を持っているのは大分前から分かっていた。犯罪者面のこいつの好みは幼い感じの子で、そしてそういう子はこいつの周りには殆ど寄ってこない。
やたらとモテるくせに未だに彼女を作っていないのもこの辺りが理由だろう。
つまり、既に志木は栞ちゃんへの並々ならぬ執着を見せるようになっているということだ。
栞ちゃんはそのあたりはあまり察せていない様子だ。
今の会話はそのことの断定材料としては不十分に過ぎるだろうし、何よりこの志木という男、表情が非常に読み取りにくいのだ。
そもそも直視するのが厳しいというのもある。
微妙な顔の筋肉の動きからその意味するところを高い精度で理解できるのは僕を除けばこいつの親くらいのものだろう。
とにかく志木の『説得』に成功した僕は、クラスを決定し、スキルを確認してからステータスを振るように促す。
詳しい説明はいらないだろう、この二人にはこの手のシステムが用意されたゲームの経験くらいはあるはずだ。
能力については多くは望まないが、せめて回復手段のひとつくらいは使えてほしいところだ。
「ちなみにお前と伊丹さんのクラスってなんなんだ?」
「あれ、言ってなかったっけ?僕がバーサーカーで千紗ちゃんが化学者だよ」
「クソが!!完全に俺に皺寄せが来てんじゃねえか!!」
鬼のように怒鳴る志木の姿に栞ちゃんは完全に怯えてしまっている。
僕が何もしなかったところで実る恋ではなさそうだな。
◯◯◯
薄々勘付いてはいたことだが、この森は広い。
広過ぎる。
30分以上真っ直ぐに歩いてきているのに壁にぶつからない。どうせ狭い箱庭なのだろうと踏んでいたのだが、今回はそのあたりでも趣が異なるようだ。
もしかしたら北端を通ると南端から出てくるといった仕組みでも用意されてるのかもしれない。
加えて、敵の出現頻度がやたらと高い。
ここに至るまでに既に20回は戦闘している。前回のダンジョンではとても考えられない数字だ。
異界種的に採算は取れているのだろうかと考えたが、本来エーテルは僕らには吸収されずあくまでダンジョン内でその移動があるだけだったことを鑑みれば何もおかしな話ではなかった。
エリアという悪意を持った者がザリガニを放ってビオトープをぶち壊したというだけの話なのだ。
お陰で栞ちゃんと志木がどんどん強化されている。二人のレベルがそれぞれ5と8、僕も21になった。
千紗ちゃんの方でもおよそ同数の戦闘をこなしているであろうことを考えるとなかなか上がり幅がしょっぱい。
僕らとのレベルの差を考えるとそれだけ主たる異界種を倒しダンジョンを崩壊させた経験値がおいしいということでもある。最低限育てたらさっさと山羊目玉みたいな奴のところに行くのが効率の良いやり方なんだろうか?
まあそもそも扉や階段らしきものが見つかっていないのでそんな考えがあっても進みようがないのだが。
栞ちゃんと志木のレベル差については、人によってレベルアップに必要なエーテルの量に差があるのだろうと考えた。
志木は魂の格で劣る代わりに成長が早いのだろう。納得だ。
僕と千紗ちゃんにレベル差が生まれなかったのは僕達の魂が同じくらい素晴らしいものだからだろう。納得だ。
「で、そろそろ回復手段の一つでも使えるようになってくれたかい?」
「いいや、まだだ。それらしいのは『応急処置』だけだな」
応急処置。
字面からわかるぞ、僕らが瀕死の時にしか使えない、あるいはそもそもほとんど足しにならない回復手段だろう。
無いよりはマシだろうが、そうだとするならばお世辞にも使い勝手がいいとは言えない。
「ごめんねー、私が回復魔法も使えればよかったんだけど」
「仕方ないさ、聖騎士のくせに最初から回復魔法を使えない志木が全て悪い」
「俺が悪いのかこれ……?」
「あぁ?なんだあテメェ、栞ちゃんが悪いとでも言いたいのか?オォン?」
「お前が大した役割のなさそうなクラスを選んだのが悪いと思うぞ」
一理ある。
一理あるが、エリアによればスキルは選んだクラスのイメージに影響されつつ本人の無意識から作成されるそうなのでやはり覚えられそうなのに覚えない志木のほうが罪深いと思う。
期待させるだけさせやがって。
「僕は戦闘能力あるからいいだろ」
「それは十分わかるんだが……」
実際、僕は目に入った敵を跳ねるように走って殴るだけで一瞬でミンチにしているのだ。そのあたりについて文句は言わせない。
丁度熊のような眷属が現れたので、走り寄って軽く殴っておく。
熊は空気の壁を突き破るかのような音と共に木っ端微塵になった。
返り血を浴びる前に離脱も出来るようになった僕に隙はない。
今回の熊は経験値の代わりにアイテムを遺して消滅していった。鉄製の棍棒のような見た目をしている。
屈んでそれを拾うと、インベントリに収めて名称を確認する。
「ほぉーん……『悪鬼のスチールメイス』だそうだ。持つなら志木かな」
ただ、聖騎士が悪鬼だなんて銘がついてる武器を使って大丈夫なんだろうか。
「……まあ、ありがたく使わせてもらおう」
僕から受け取るったそれを握り、振り回す。騎士というより破戒僧といった雰囲気だ。
「さっき拾った『壊れかけたタワーシールド』と合わせてなかなかどうして壁役らしくなってきたじゃないか。両方粗悪品みたいな名前してるけど」
ふっ、と軽く嘲笑する。
そう、今回はアイテムドロップの頻度も高いのだ。ほぼランダムに生成されるらしいファンタジックなアイテムの数々を収集しているとなかなか愉快な気分になってくる。
と言っても今のを含めてまだ三つだが。
「ごめんねえー、私だけ良いもの貰っちゃって」
ふっ、と栞ちゃんも嘲笑する。なんだかんだこの子はコミュニケーション能力が高そうだ。
僕が強く出られるのは基本身内と年下の女の子だけなので羨ましい限りである。
ちなみにもう一つのドロップアイテムというのは栞ちゃんが手にしている『オブシディアンワンド』という黒光りするカッコイイ杖だ。
志木が使えそうなものと比べるとえらい格差である。
「ぐっ……まあ、それはそれとしてだ。お前が一瞬で終わらせるから俺たちが戦闘経験を積めないんだよな。言ってしまうと、俺にも戦わせてほしい」
戦闘行為によって得られるであろう快感に期待しているような表情でそう告げる志木。
志木は僕という引率者がいる恵まれた環境で養殖されているからこんなに楽観的でいられるのかもしれないが、初めてゴブリンを見た千紗ちゃんの怯えようを考えると複雑な気分になる。
あれ? 僕に怯えてたんだっけかな?
まあいいや。
あまり気乗りしないが、しかし今後しっかり役に立ってもらおうとするならば実戦経験は積ませておかないといけないし、どの程度志木達が強いのかも把握しておいた方がいいだろう。
「それもそうだね。じゃあ次の敵には危なくなるまで手を出さないから二人で戦ってみてよ」
少しだけ歩くとすぐに敵に遭遇した。本当にとんでもない頻度だ。
現れたのは蜥蜴人間が二体。
内約は、曲剣と小盾を持って前に立つ者と、杖を握り後ろに立つ者とだ。
奇しくもこちらと似たような構成である。
「はい、じゃあ頑張ってね」
「任せろ。はっ」
志木の肉体が淡く光る。おそらく補助魔法のようなスキルを使ったのだろう。
「彼の者に溢れる力を与え給え──攻性付与」
栞ちゃんが顔色ひとつ変えずに小っ恥ずかしい呪文を唱える。
彼女が得た『詠唱1』というスキルはそれらしい呪文を唱えるとそれらしい魔法が発動するというものらしいのだ。
適当すぎる。
回復魔法を詠唱して実験台こと志木の筋肉痛を治そうと試みてもみたのだが、INTステータスが足りないのかそもそも詠唱1ではそんなことはできないようになっているのか、回復の奇跡が起きることはなかった。
あらゆる回復手段が存在しないという可能性についてはあまり考えたくない。
しかしながらこの少女、恥ずかしがっていないどころか結構ノリノリだ。
こちらがバフをかけている間、驚くべきことに後衛リザードマンもギィギィと鳴きながら前衛に補助魔法をかけている。
今まで一瞬で粉々にしていたので気が付かなかったのだが、こいつらはこんな器用なことまでできるらしい。
僅かな感動を覚える。
「行くぞ怪物!その身の行いを悔いるがいい!はあああああああああ!!」
叫び、リザードマンに向かって走っていく志木。お前がリザードマンの何を知っているというのだ。
こいつもまたなかなか恥ずかしいことを言っているが、その歴戦の傭兵みたいな凶悪な面と成人女性くらいのサイズがあるゴツい盾のおかげでそれなりにかっこよくも見える。
……ような気もしたが、その他身につけているものが安価そうな私服なのでやはりダサいし恥ずかしい。
ゴンッ、と鈍い音がしてリザードマンのバックラーと志木のメイスがかち合う。
かなり体重の乗った打撃に見えたので盾を粉砕してしまえないのは意外だった。敵もそれだけ強いということか。
しばらく打ち合っていたが、お互いの能力が防御に偏っているのか、迫力がある割には何か決定的な攻撃が入るような気配はない。
「龍脈よ、我にその流れを傾けたまえ──火炎柱」
栞ちゃんが掲げた杖の先端が赤く光り、唱えると同時、志木に意識を向けているリザードマン二体が轟音と共に火炎の柱に飲み込まれた。
少し火柱に巻き込まれた志木が慌てて逃げようとして転んでしまっている。とても格好悪い。
火柱は尚も轟々と燃え続けている。
遠目に見ていても相当な火力であることが窺えるため、決着がついたかのように思えたのだが、リザードマンの鳴き声が聞こえると火柱が綺麗さっぱり消滅してしまった。
魔法に抵抗するための魔法でも唱えたのだろうか。
中から出てきた蜥蜴どもはほぼ無傷である。
「なんだとッ!?あれでまだ生きているというのか!化け物めッ」
こいつは戦闘が終わるまでこのテンションでいく気なのだろうか。
「火炎耐性でも持ってるんじゃない?」
適当に思ったことを口に出しておく。
なんだかんだゲーム的な要素が濃い世界なのでそのあたりが妥当だろう。
まあどんな耐性を持っていようと僕が殴ったら一瞬で粉々になりそうではある。
「なるほど、そういうことねー……」
「俺が前に出る!別の呪文を唱えてくれ!うおおおおおお!」
うるせえ。
結構声量があるなこいつ。
あまり気にしていなかった部分だが、STRは声量にも影響してくるのだろうか?
この戦闘が終わったら試しに全力で千紗ちゃんを呼んでみようかな。
ガチンガチンという金属音を立てながらリザードマンの前衛とパワフルに打ち合う志木。
栞ちゃんが魔法を連発出来ない理由はその異能を使用するためのリソースにある。
千紗ちゃんの錬金術はコストとして体力を消耗していたようだったが、魔法の行使に用いるのは体力でなければエーテルとも違う、また別の何からしい。仮に魔力と呼ぶ。
最初に一定量持っており、使っても何もせずにいればある程度まで自然回復する他、意識を集中させればすぐに回復するようなのだが、貯蔵上限が低いのか魔法を使う度にいちいちこれを挟む必要があり、魔法から次の魔法までのインターバルが長い。
栞ちゃんが正面切って一対一で戦闘を行うことは困難だろう。
「ギギィギイイギギィッ!」
蜥蜴なりの詠唱だろうか。
何を言っているのかは分からないがやはり言葉自体が重要なわけではないのか魔法はきっちり発動し、しっかりとした質量のある土塊が尋常ならざる勢いで志木に襲いかかった。
助けに入るべきだろうか。
「ふんッ!」
僕の思案は杞憂だったようで、志木はタワーシールドを力強く振るうと土塊を受け流した。
どことなく、見えない力に無理矢理動かされた感じのある不自然な動きだ。
メイスの一撃で前衛の蜥蜴をよろめかせていたタイミングだったので追撃も飛んでこない。
まさかとは思うが志木には戦闘のセンスがあるのだろうか?見た目からしてそんな雰囲気はある。
そうだったとして現代日本では限りなく無駄に近い才能だ。
「今ここに生けるもの全ての時間を凍結せよ──絶対零度」
すごい名前の魔法を唱える栞ちゃん。
それ僕まで巻き込んだりしないだろうな?
栞ちゃんが呪文を唱え終わると杖の先が強力な青い光を放ち、ピタリ、と蜥蜴二匹の動きが止まった。
森を流れる空気は彼らに触れるとその体に霜を作っていく。
どうやら対象の温度を下げる呪文らしい、非常にえげつない攻撃手段だ。
この感じだと体内のあらゆる水分がガチガチに凍結していそうである。
栞ちゃんが取得しているスキルは詠唱1という名前で表示されているらしいが、その1とはどういう意味なんだろう。仮に第一段階であることを示す数字だとすると、更に強力な魔法を行使できる余地があるということになる。
この手の魔法は仮に僕が使われたとして先程取得した神秘耐性でどうにかなるものなのだろうか?
検証したくもないしそのあたりはなんとも言えないが、魔術師タイプの相手と敵対することがあれば決して詠唱する暇を与えないように気をつけることにしよう。
既に帰らぬ者となって蒸発していく蜥蜴を放って、栞ちゃんが笑顔で駆け寄ってきた。
「どう、どう!?結構やるよね、私ぃ!」
楽しそうに、興奮しながら話しかけてくる。
頬を僅かに赤く染めて無邪気に笑うその姿に、ややもすれば勘違いしてしまいそうだ。
「ああ、驚いたよ。なかなか頼りになりそうだ」
こちらも笑顔で返す。
志木ももし子供が見たら泣いて逃げ出しそうなほどのいい笑顔でこちらに駆け寄ってくる。
お前は別に来なくていい。
「ぜェッ、どうっ、どうだお前、見たか!っ、はぁ、俺もなかなか、はあッ、強かっただろう!ふうっ」
「ノーコメントで」
よかったな、凍らなくて。