4話
治癒を終えて、サリトはとにかく走る。
宿に戻ると、部屋の窓が割られガラスが散乱し、春太はどこにもいなかった。
攫われた、というのが明白な光景が広がる。
春太の元に行くことを頼んだレシアとは別に、サリトの声を聞きジェスも駆けつけていたが二人とも間に合わなかった。かろうじて、馬で逃げ去る姿を見たとジェスが悔しそうに話した。
レシアは今、春太や事件に関して情報はないかと聞きに回って行ってくれている。
「やられた……っ!」
──こんな事になるならっ、もう一段階上の結界を張っておけば……!
「サリト、次にどうすべきか考えろ。オレもめっちゃムカついてるけど」
「ジェス……」
「魔法の裏をかくとはな。やってくれるぜ」
魔法は、術者の魔力や技量にもよるが複数同時に行使することが可能だ。ただし、ふたつ行使しているうち、ひとつの魔法に魔力が集中すると他は弱くなってしまう。
効果の力の強さを保つ為に、術者から切り離されても持続する魔法も存在するが、大量の魔力を消費する。よほど大掛かりな準備をしていない限り、大抵が前者の魔法を行使する。しかし今回はそれが裏目に出てしまう。
前者の結界を張っていたサリトは重傷者を治癒する為に、結界に使っている分の魔力まで消費するほかなかった。
「サリトの声が聞こえて、俺も宿に向かった時には馬が走る姿が見えただけだった。……くそっ」
情報を聞きに行っていたレシアが宿に戻ってくる。
「サリト、さっき西側の門番が襲われたって!」
「西、か。モゼルがあるな」
「やっぱり……、シュンタは連れて行かれたと思う?」
ふたりは、頷いた。
最悪の事態を想定すると、そこしか考えられない。
「シュンタ可愛いもんよ。金に目が眩んで、あんなイカれた方法とったんだろうぜ」
「ひどい……。サリトがいなかったら、死人が出てたっ! シュンタだってきっと怖い目に……っ」
「馬を借りてくる。急がないと」
「待て。オレも行く」
「えっ?」
ジェスはにっ、と笑う。
「せっかくだから、シュンタ助けてそのままジャッダまで行っちゃえよ。近道できるチャンス。あと、頼まれてたの作り終わったし丁度いいわ」
「ジェス……」
「そんで事が済んだら俺がテスリントに戻って、ふたりの無事を伝える。あー、手紙とかあったほうがレシアは安心する?」
「へっ? ……そうね」
「じゃっ、そういうことでどうよ。はぁ……ラブじゃなくても手紙貰えるとか今から羨ましい……」
「書く? ジェスにも」
「いいの!?」
「うん。ありがとう、落ち着いたよ。久々のパーティよろしくね、ジェス」
◇◇◇
呼ばれてサリトがいなくなった部屋に、ひとり。春太の中で漠然とした不安が広がる。
旅に出たら、こんなことを目の当たりにする機会は確実に増える。心無い人に傷つけられたり、生きるためにモンスターを倒し──殺したり。
はたして自分にできるようになるのだろうか。
「にゃう、ぅ」
ぶんぶん、首を振る。考え過ぎてネガティブになるのはよくない。
薬草や道具を片付けよう。そう思い立った瞬間、だった。
パリンッ!!
大きな音に、身体が固まる。春太の視覚が、割れた窓から見知らぬ男が入って来るのを捉える。
「ねぇ〜こちゃ〜ん。迎えに来たよ〜」
目の前が暗くなるのは一瞬だった。大きな袋に入れられたと分かってすぐに感じる、浮遊感。
聞こえる馬のひひんと鳴く声。大きな揺れ。
──連れていかれる……ッ!
「シュンタッ!」
遠くで、ジェスらしき声が聞こえた。
──これで俺が攫われちゃったことは伝わる……。けど逃げ切れる力があったら……っ。
火を出して袋に穴を開けようかとも考えたが、その後逃げられる自信はない。誘拐犯を下手に刺激してひどい目に遭うかもしれないと考えると怖かった。
どれくらい袋の中で揺られていただろう。途中で嫌な音と男性らしき叫ぶ声が聞こえた。
ぎゅ、と目をつむり、耳を塞いでも、わずかに外の状況はなんとなく分かる。
「つ〜いた」
「!」
袋から出された。目の前が明るくなる。
「想像以上の上玉じゃないかッ!!」
「っ!?」
向けられる歓喜と好奇の眼差し。
身なりの良い、どの種類かわからないが紳士服を身にまとった初老らしき男は、春太に釘付けだった。
「本当にしっぽが二本……。獣人の長生きした魔術師が稀に尾が二本に分かれることがあるそうだが、この幼さでとは」
(ね、猫又的な……?)
「オッドアイも珍しいし、なによりこの愛らしさだ。話を手紙で聞いた時は少々疑ったが、お前は報酬を払えばどんな容姿の者にも目が眩まず引き渡してくれるからな」
「し〜んよう第一ですからぁ〜」
「さ、金貨五十枚だ」
「! まいどぉ」
「ふふふ……、君のことは売ったりしないよ。私のもとで飼ってあげようね……」
(ひいぃぃぃぃぃっ)
ひたすらに表情、視線、声、何もかもが気色悪い。
もしかして……性的なことをされてしまうんだろうか。そんな最悪な思考が頭をよぎる。
(ま、まままさか、モブおじの餌食とか勘弁して!!)
「自分の状況が判っているようだね。逃げないなら無理強いを働いたりしない。まずはここの環境に慣れてもらおう」
(猶予ある感じ!?)
わずかに安堵するも、緊張と警戒は解けない。解けるわけがない。
身体を震わせていると、使用人らしき人間が男に声をかける。何かの予定の時間が迫っているらしい。
「お前はこの子に上等な服を着せて、私の部屋に通してあげなさい」
「承知しました」
ここの主人がいなくなり春太を攫った男もいなくなった。
冷たい目をした男の使用人に、部屋を案内してもらう。一度出て、着替える服を渡された。一応男物だが、シャツの袖やらがヒラヒラしていて貴族の坊っちゃまが着てそうという感じだ。
「自分で着られる?」
こくんと頷く。
「君を拾った人、テスリントで自慢して回っていたらしいね? そんなことしなければあの男に目をつけられなかったのに」
「っ!」
違う!
叫びたかった。
サリトが信頼できる相手に紹介し、彼に何かあっても春太を守れるという意図をちゃんと分かっている。
思わず睨んだ。馬鹿にしたような笑みが向けられる。
「話せないけど、声はでるんでしょ? 痛い思いしたくなかったら旦那様の下で可愛くにゃあにゃあ鳴いてなよ」
言い捨てて、部屋から出ていった。
むきーっ!
春太はまさに今そんな気分だった。部屋に置かれている高級だろう家具を壊してやりたい。
(犯罪者の手下だけあって性格悪いなくそぉ!!)
本当はこの服だって着たくない。けれど、どうなるか分からないから従うしかない。
弱い自分が惨めだった。
せっかく魔法を習っている最中だったのに。ゆくゆくはモンスターを倒せるくらい強くなってサリトのサポート程度ならできるようになりたいと思っていたのだ。
そのくらい強ければ、あの誘拐犯に抵抗し宿にいる段階で逃げられたのに。
(仕方ないけどさ。悔しいなぁ……)
着替えて、姿見で確認する。さっそく脱ぎたいという気持ちが湧き出てきたが、我慢である。
(サリトさん、助けに……来てくれるよね?)
彼は薄情な人じゃない。むしろお人好し過ぎるくらい。それが分かっているから、春太はどうにか気持ちを落ち着かせることができている。
今、すべきことは変な抵抗をせず、ここの人間を油断させることだ。
春太は鏡を睨み、自分に言い聞かせた。
(俺はめっちゃ運が良い! 拾ってくれたのが変態じゃなくて、信頼できるイケメンなんだから!)
だから、絶対に、助かる。
これがもし物語の世界で主人公が女の子だったら、ラブストーリーが始まりそうな展開だなぁ。と。
つい他人事な考えが浮かんでしまい、俺も大概オタク文化に影響されているなと春太は苦笑した。