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3話

 男はニヤリと笑った。

 視線を落としているのは、手紙の文章。ある箇所を指でなぞり、さらに口角があがる。


「旦那様、如何しました?」

「いやぁ……使いに出ているものが、珍しいものを見つけたみたいでねぇ」


 ──実物を見てから決めるが、内容の通りならここで飼うことにしよう。



 ◇◇◇



 最近、やっと魔法を使っても眠たくならなくなってきた。

 火、風、水。手元に集中し過ぎなくても、サリトが見せてくれた大きさなら出現させることができる。春太は魔法を操る感覚に感動していた。


「じゃあ、次のステップ。この石を見て」


 ズボンのポケットから取り出した石を浮かせ、上下、左右と動かしてみせる。


「これはそこら辺にある石ころじゃなく、魔力のこもった魔石。魔力が無いものより操りづらいよ」


 楕円形にまるく研磨され、つやつやとした青色の石。手渡され、それに意識を集中する。


 びゅんっ!


「にゃう!?」

「飛んだねー。落ちてきたら、それを止めるよう意識してみようか」


 勢いよく飛び上がった石。止める、止める……と何度も心の中で唱えるように呟き、落ちて来たそれは春太の手のひらの上に浮かんで制止した。

 ふよふよと持続し続けている。


「よぅし、右に移動、ひだりー…真ん中ー、うえー、したー……」


 サリトの支持に従い、手をぷるぷる身体もぷるぷるさせながら、宙に浮いた石を動かしていく。


「だいたいコツは掴めてるんじゃない?あとはそんなにガチガチじゃなくて肩の力抜いて出来るようになったら、文字に挑戦してみようか」

「にゃっ!」


 ──あの魔法を使えるようになったら、意思疎通がだいぶ楽になる……!


「火や風を起さないから、宿でもできるね。僕の学生時代にコントロールが苦手で、学校の物を壊しまくってる子がいたなぁ。その心配もなさそうで安心した」


 石に力を最初にこめた瞬間以上の力を発揮しまくっていた人がいたということだろうか。きっと魔力がとてつもなく高いとかに違いない。


「破壊魔って呼ばれてて……モンスター相手に、骨を折って粉砕する……って倒し方してたよ確か」

「に、にぃ……」


 聞いただけで、痛い。



 春太は、宿の部屋以外のひとりでの行動を禁止されている。

 答えは簡単。戦えないからだ。

 もちろんこの世界にも春太と同じく戦えない存在は多い。けれど異世界から来たこの小さな存在は、今いる世界の渡り方を知らない。危険を察知する術も、身を守る方法も会得していない。

 そして稀有な愛らしい容姿。目をつけられやすい、その自覚だって薄い。


 行動の制限に関して、春太は不満や文句を抱いていなかった。

 保護者であるサリトや宿の人達は優しい。けれど、たったひとりで外を歩けば、親切だけが溢れてるなんて流石にありえないと分かっているから。

 元々おとなしい性格で、好奇心より臆病が勝っているというのもある。

 だから、魔法の練習以外で外に出れないのは仕方ないのだ。


「にゃあ……」


 けれど、やることが無くなってしまえば暇なのである。それがちょっぴり、つらい。


「に、にあー……にいー、にうーっ、ねーっのおーっ」


「にゅん、つぁ」


「にゃにの」


(だめだこりゃ……)


 発声練習の成果は現れてくれる気配はない。

 ちなみに、〝しゅんた〟と〝さりと〟と言ってみたのだが酷すぎる。

 ベッドでごろごろ。寝ちゃおうかな……そう思い始めた時、


 ……コツンッ。コツンッ。


 窓のほうから音がした。


「……?」


 コツンッ。

 どうやら石を投げられているようだ。


「にゃ、にゃ……?」


(え、なに……俺の声うるさかった……?)


「ねこちゃあ~ん。開けてくれない?」


 その声にゾッとした。近づいてはいけないと本能が訴えかける。

 初めて聞く声だ。宿屋の人間、宿泊客。その誰でもない。声を変えている可能性もあるが、わざわざそんなことをする理由は無いはず。

 何故、〝猫〟の獣人が〝この部屋〟にいると知っている?声の所為?宿に関わる誰かに聞いた?


「………」


 コツンッ! コツンッ! コツンッ!


 投げる力が強くなったのか、さらに音が響く。春太は無意識に部屋の角に逃げ、膝を抱えた。


「……チッ」


 それから、音はしなくなった。


 あまりの出来事に、サリトが部屋に戻った瞬間半泣きで彼の元に駆け寄っていた。



 ◇◇◇



「にゃうぅ……にゃぃにょにゃぁぁぁっ」

「シュンタっ?」


 いつもだったら、控えめな笑顔で迎えてくれる春太は瞳をうるうるさせて明らかに怖い目にあった、という表情をしていた。

 紙に文字を書く春太の手は少し震え、普段より少し遅い速度で書き進めていく。話を聞き、ずっと泊まっているこの部屋に施していた結界の魔力をサリトは探る。微かに見知らぬ人間の気配が残っていた。

 このちいさな子どもを外に出したことで、こんなことになってしまっただろう事態に複雑な感情が渦巻く。


「春太が窓を開けなくて良かった……。内側から招き入れたら、結界の意味はなくなってしまうからね」

「にゃ……」

「宿の主人にこのことを話してくるよ」


 宿の主人夫婦、その娘レシアにこのことを説明すると、しばらく宿泊客を新たに入れないようにすると言ってくれた。


「私も不審者のこと警戒して見てみるから」

「ありがとう。お願いします」


 他の知り合いにも気にかけてほしいと頼んでおこう。

 そう考えながら部屋に戻る。春太の猫耳は垂れ、表情は暗い。


「シュンタ、宙に文字を書く練習始めてみる?」


 耳がぴょこっと立つ。控えめだけれど、嬉しそうに頷いてくれた。



 火や水を集めた時のように……。色を集めるイメージ。

 そのアドバイスを素直に聞き、春太は右手の人差し指に魔力を集中していく。


「最初は線を描いてみようか。まっすぐでも曲線でも」


 春太は筋がいい。サリトは先生として、嬉しく思う。

 こうして魔法を教えている時考えるのは、自分の学生時代はどうだったか。先生は周りの生徒達は、どんなふうに教わり身につけていったのか。

 魔力を持っていても、行使できるようになるまでかなり時間を必要とする者だっていた記憶がある。


 ──なんでもそつなくできて羨ましい……、とか言われたこともあったっけ。


 恨みがましい目を、していた気がする。もうそれが誰だったか覚えていない。人間関係やその興味に対して希薄だったことを反省した。


「に、にににぃ……っ」


 空中にガタガタな線が引かれる。春太はどうも、気合を入れ過ぎる節がある。また練習を重ねる必要がありそうだ。


「シュンタ、一回深呼吸しよう? というか息止めてる!? 顔真っ赤!!」

「ぷはっ!」

「……、焦らなくていいんだからね?」

「にゃう……」


 このくらいの子どもがいる人もこんな感じなのかなぁ。父親になるのってこんな感じなのかなぁ。

 成長の嬉しさと、見守りたい、なんとかしてあげたいのジレンマ。

 それが、────楽しい。



 ◇◇◇



 急展開とはまさしく、突然とやってくる。


「サリトっ! お願い出てきて!!」

「レシア?」


 翌日のことだ。

 春太とサリトの二人が薬草の調合を進めていると、ドアの向こうからレシアの慌てた声。

 開けると彼女の表情は真っ青だった。


「重傷者がいるのっ、治癒を……っ」

「──分かった。シュンタは留守番お願い」

「っ、にゃ」


 レシアに事情を聞きながら、怪我人がいる場所へ向かう。


「それは上級モンスターに挑戦した冒険者?」

「違うのっ、買い物をしていたら突然周りに何人も切られたみたいに血がっ」

「っ!?」

「近くにいた魔法使いがヒールをかけてるけど、本当に酷くて…」

「いったい何が狙いで」


 商店街には人の集まりができ、騒がしかった。悲鳴と不安の声。野次馬。


「道を開けて!」


「サリトだ!」

「ああ治癒師様っ!」

「助けて! 息子が」

「お願いしますっ私じゃ力不足で」

「分かってる、落ち着いて」


 地面の、血溜まり。なんとか息をしている者や、それさえも止まって動かない者。サリトは広範囲に魔力を満たす。


「他に怪我人は!? いるのならこちらに!」


 ──ひどい。ぎりぎり即死を免れているのが、不幸中の幸いだ……。これなら、助けられる。


 魔力を怪我のひとつ、ひとつに集中させていく。ひとりではなく、数人いるゆえに、容易なことではない。春太に教えたことが蘇る。

 傷が癒え、身体の機能が再生していくことをイメージし、魔力を集めるのだ。


 パリン……!!


「!!?」


 それはサリトの脳内に響いた音だった。


「レシア……っ」

「なにっ?」

「結界が、部屋に施している結界が破られた! シュンタの様子を見てきてくれ!!」

「なっ、分かった!」


 ──治癒が、優先だ。


 だから、結界への魔力が薄まりその護りが弱くなってしまったとしても。

 今、何をすべきか。見誤っては、いけない。 

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