1話
春太、そしてサリトが今いる国はテスリントという。
サリトはひとつの場所にとどまるということはなく、様々な国や街を渡り歩き旅をしながらギルドの依頼をこなして生計を立てているそうだ。なので、春太が目覚めた場所は彼の家ではなく宿屋の一室だった。
テスリントはギシュラの魔窟で有名な国だ。そう、春太を拾った場所でもある。
大昔に人工的に作られた魔獣が制御不能で大暴れし、なんとか倒したものの膨大な魔力によってその場所は出現した。濃度の高い魔力により、純度の高い魔石を採ることができるそうな。ただし、魔力を餌とするモンスターが寄ってくる危険地帯でもある。まさに魔窟。
「みゃ……」
サリトが見つけてくれなかったら、いったいどうなっていたことやら。
その話を聞きながら、春太の猫耳はぺしょん……と垂れ下がる。
「危険な場所だからこそ、定期的にモンスター討伐に行く人達がいるからね。シュンタが発見される可能性のほうが高かったと思うよ。不思議とその日は遭遇しなかったし」
「にぃ」
〝ほんとうに、見つけてくれてありがとう〟
紙に書いて礼を述べる。
「どういたしまして。自己紹介がてら、僕のことも教えようか」
こくり、と頷いた。
サリトはそこそこ裕福な家の生まれで、基礎的な勉強は家庭教師を雇って習い、十二歳になると魔法学校に通わせてもらえた。
どうやら、回復や治癒の魔法に対する才があるらしく、治癒師の資格を取り卒業すると故郷の国軍専門の治癒師として就職したが一年も経たず辞めてしまった。
「戦争とか無いし、ぶっちゃけ暇だったんだよねぇ……。学生時代に、ギルドの依頼やってパーティの回復役やってる時のほうが僕は有意義だった」
辞めてから、その学生の時のように冒険者のパーティに回復役として入る。しかし、サリトが知らぬうちに人間関係が拗れ始めた。
「メンバーにいた女の子が僕のこと、好きだったみたいでさ。男面子達に嫉妬されて居心地悪くて……。抜けてからは、こうして一人旅」
サリト、なかなかに自由人かもしれない。
「治癒師の資格持ちだし、臨時でパーティとかに入る時はあるよ。でも基本は一人が気楽でいいかなって思ってる。ああ、旅の仲間が増えることは嫌じゃないから安心してね」
「にゃ」
「でも……。君の安全を考えたら、ここで暮らせるように取り計らったほうがいいのかな? テスリントには何回か来てて、信頼における人もいるし……」
てしてし、春太は小さな手で紙を軽く叩き、新たに書いた文字を見るようにうながす。
〝俺も魔法 使えるようになりたいです〟
つまりはサリトの元で習い、傍にいさせてほしいということだ。
初対面でここまで他人のことを考えてくれる人はそういない。かなりの幸運だと思う。なら共にいるほうが、安全な気がする。
(サリトさんは、俺にとって相性のいい人だと思うしね。せっかくこうして偶然でもめぐり会えたんだし)
「そうか。改めてよろしく、シュンタ。……ん?」
春太はさらに文字を書く。〝ちゃんと話せるようになりますか?〟と。
見た目は、三歳くらいの子ども。本来なら種族は関係なく年相応の言葉を話すことができるはずなのだ。
「呪いがかけられてるような気配は無いしなぁ。ごめん、こればっかりは」
「にゃ……」
「シュンタからちゃんと魔力を感じるし、魔法を覚えて空中に文字を書けるようになろうか」
「みっ?」
〝サリト〟
彼の人差し指の先から光が帯び、白い文字が浮かび上がる。
魔法の存在が、春太にとって実感をもたらしていく。
「にゃっ! にゃあ!!」
「基礎を覚えたら、すぐ使えるようになるよ」
魔法が当たり前の人達にとっては、なんでもないことなのかもしれない。でも、春太にとっては、魔法が現実として存在することはとても大きい。ゲームの世界の派手な攻撃魔法じゃなくたって、使える可能性がある。それだけですごい。
「そういえば僕、弟子ができる……ってことでいいのかな? 向いてないなりに、頑張るね」
言って照れつつ微笑むサリトは、少女漫画のごとくきらきらしていた。
◇◇◇
昼になり、春太の腹の虫が元気に鳴いたのでご飯の時間だ。
宿屋の一階は食堂がある。そこまで行くと経営している夫婦の実の娘、レシアはサリトと春太を見てにっこり笑ってくれた。
空いてるを案内され、サリトが日替わりセットを二人分頼む。春太は小さいので、イスに分厚い座布団三枚置いて高さ調整しなくてはならない。
「シュンタ……だった? すっかり元気ね。サリトがあなたを連れてきた時はびっくりしたんだから」
綺麗なお姉さんに頭を撫でられるのは恥ずかしい。猫耳は敏感なのかくすぐったい。
「サリト。今回は長くいるほうだけど、ここにはあとどのくらいいるの?」
「んー。シュンタに基本的な魔法を教えて、ちゃんと身についたら出発しようと思ってる」
「いっそテスリント……うちの宿を拠点にしちゃって、本格的に教えてあげたら? そのほうが身につきやすいんじゃない?」
春太ははっとする。
レシアのサリトを見つめる瞳が、なんだか熱っぽいことに気づいた。
(さすがイケメン……)
スレンダーな体格に、爽やかで甘いマスク。治癒師の資格というのもきっと、ポイントが高いだろう。そして滲み出る心根の優しさ。昔のパーティの話のこともある、かなりモテるはずだ。
「僕は旅をしながらなら、その日その日で臨機応変に対処することも自然と覚えるんじゃないかなって思ってるんだ」
「……なるほどねぇ」
鈍感なのが、玉に瑕といったところか。実は気づいていて顔に出していないだけかもしれない。春太に解るはずもなかった。
日替わりセットは、大きめな肉と野菜がゴロゴロと入ったトマト風味のスープ。まんまるのパン。凍らしてあるブドウみたいなフルーツ。
初めてここの世界のものを食べる時、獣人は動物のように食べ物によって毒になるものはあるのか、とサリトに聞いた。すると獣人は鼻が利くはずだから、自分にとって危ないもの嫌いなものには敏感になると言っていた。
『前組んだ臨時パーティにいた獣人はなんでも食べたし、むしろお酒なんてもっと飲んでた。だいじょうぶ』
それを聞くと体質は動物と人間のいいとこ取り、と考えていいのかもしれない。
ブドウは猫にとってよくないはず。春太の嗅覚的には大丈夫そうだ。
「んっ」
思い切ってひとつ、口の中へ。冷たくて美味しい。
大丈夫ってことにしておこう。
「おいしいねー」
「にぃ」
春太の精神年齢は16歳だと、サリトは知っているはずなのだが。
この幼い見た目につられちゃうのだろうか……。複雑だ。
◇◇◇
サリトに連れられ、商店街を歩く。恥ずかしいが、春太は子ども同然なのではぐれないように手を繋いでいる。見慣れない街並みや服装。沢山の人々に圧倒されて、その手は無意識に力がこもっていた。
回れる範囲で知人を紹介してくれるらしい。それからおもに春太に必要なものを買ってくれるそうだ。
ギルドや薬屋に武器屋、魔道具屋。臨時でパーティを組んだ冒険者達に顔をあわせていく。
「サリト、いつの間に子持ちに!?」
「違います。弟子ができたんです」
なんてやり取りを何回も見た。
「シュンタは体質で、上手く言葉を話せないけど、読み書きはできるんです。しっかりしてる子なんですよ」
この紹介を聞くたびに、なんとも言えない気持ちになった。
(ぱ……パパじゃないけどっ、パパー!!)
「やっとオレの店に来てくれたと思ったら……子ども服ぅ?」
次に会ったのは、とってもパンクな格好をした赤い髪のお兄さん。そういう格好、この世界にもあるのかと驚いた。
サリト曰く、元々は冒険者でお金を貯めて今の店を建てたらしい。つまり元パーティ仲間のひとりというわけだ。
「ジェスなら、普通に見える服も色々な効果を付けれるでしょ?シュンタに動きやすいの着せてあげたいんだ。お金もその技術の分ちゃんと払うし」
サリトのも一緒に作るよ?
ジェスは腕を絡ませ密着しながら言う。サリトは慣れっこなのか、表情を崩す素振りはまったくない。
(やっぱり鈍いのか?鈍いのか!?)
妖しげな空気にどぎまぎしながら二人を見る。
サリトよりも低い身長故に上目遣いになる眼差しは潤み、じわりと赤い頬は綺麗な面立ちを乙女にしている。そして分かりやすい好意を向けられながら、のほほんと話す色んな意味で悪い男……。
「じゃあ、数枚シャツ僕の分も頼もうかな。古くなってきたのもあるし」
「やった。防御に色んな耐性ばっちり付けるからね!」
言った後、服屋の店主は春太を見て、歩み寄ってくる。
「よ。羨ましいぜ、ラッキーガール?」
「シュンタは男だよ」
「マジ? ますます羨ましいんだけど。採寸すっぞ」
身長、肩幅、ウェスト。頭のサイズなんかも。ジェスは、手際良く測っていく。メモをしないあたり、ちゃんと記憶しているのだろう。
「シュンタ、可愛くて真っ白いし目立つよなー。どっかの国でヘンタイに誘拐されないように帽子とフード付きの服も作っとくわ」
「にゃっ!?」
「チビ。ひとりで上級モンスター狩れるまでは、オレの服に守られてな」
「ありがとうジェス」
「サリトも。弟子にするからには最強に育ててやれよ」
「うん」
さすがのサリトも苦笑している。
さっきまでのオトメンはどこへやら。なかなかに男前な性格らしい。
服は一ヶ月以内には仕上げると言っていた。
ジェスの店を出て、また手を繋ぎ向かったのは商店街から離れた草花の景色が綺麗な草原が見える道。
「ここで、魔法の勉強と練習をしようか」
「!」
「魔法は知識も必要だけど、実践がなにより大事だからね」
繋いでいた手を離し、その手のひらを春太にサリトは見せた。
「火。熱が、集まるイメージ」
ぼう、と。火の玉が浮かんだ。
「風」
手の周りを旋回するように風の軌道を感じた。
「水」
さっき浮かんでいた火の玉と、同じくらいの大きさの水の塊が現れる。
「まずはこれを練習してみよう。シュンタも手を出して。火の熱を集めるみたいなイメージ……かな?」
「ん」
言われた通りにし、春太は自身の手のひらを見つめる。
熱……。前世の記憶を使い応用するならば、酸素が集まり発火するイメージだろうか。
チリチリと手に指の先に、感じる何かは勘違いじゃないと信じたい。
「ん……っ。んんっ。にゃっ!」
「お」
火が、出た。
かなり、小さいけど。百円ライターの火くらい。すぐに消えてしまう。
「よし。大きさは……今のところ、それが精一杯って感じだね」
「にゃあ……」
「今日はここまでにして、明日から僕の出した大きさができるのを目指そう。初めて魔力を出力するのってすごい疲れるんだ」
サリトが春太の額や頬をハンカチで拭う。汗をかいていたようだ。
「小さくても、使っていけば慣れていくから。さ、帰ろう。抱っこしてあげるから寝てていいよ」
「にゃうぅ……」
大丈夫だ、と言いたかった。けれど、まぶたが重い。
「魔法だけじゃなくて、今日はいっぱい歩かせちゃったしね。お疲れ様、シュンタ」
◇◇◇
起きると、見なれた宿屋の部屋は散らかっていた。
サリトは色々調合しているのに夢中のようだ。
──一種の弱点だよなぁ。
この数日で、必要なものそうじゃないもの。一緒にしていいものがなんとなく分かる。
散らばったもの達を、綺麗に並べていく。
「あっ、ごめんシュンタ……」
「みゃあ~」
このくらい、気にしてないしお易い御用だよ。
そんな気持ちを込めて、しょうがないなぁと春太は笑ってみせた。