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0話

 真っ白な、小さいあたま。

 同じ色の猫の耳。

 幼い人間のからだに、お尻から生えるしっぽはゆらゆらと二本に分かれている。


「シュンタ、悪いな。アイテム整理させちゃって」

「にゃう、う」


 見下ろす青年に向けて、気にしていないと言うように男の子はにゃあ、と声を出して首を振った。


(サリトさんほんと整理整頓下手だな……)


 青年、サリトがダンジョンから持ち帰ったアイテムは最初、ごちゃ……と適当に置いてあった。猫耳の幼子は暇つぶしに似通った物をまとめ、綺麗に見えるように並べただけである。


「じゃあこれと、これ。うん、これも。売りに行ってくるよ。留守番お願い」

「にゃっ」


 彼がいなくなり、しばらくの静寂のあと、幼子はにゃ、にゃと声を出す。


「な、にぃ、にぅ、ね、ねにょ、にゃの……っ。………………」


(この、にゃーにゃー口調どうにかなんないかなー!?)


 本当はちゃんと人間の言葉で話したい。



 ◇◇◇



 古野ふるの春太しゅんた。高校一年生。

 通学路、授業にも慣れ。中学からの友達とクラスに馴染んできた頃。放課後の帰り道に猫を見かけた。

 別に珍しいことじゃない。ただいる場所は横断歩道で、箱座りして休んでいるように見えた。

 春太は近づけば、逃げて移動するかなと思ったのだが、猫はうとうとしているではないか。


「にゃんこ、危ないぞ」


 しょうがない、と抱き抱える。

 その時だ。急カーブしてこっちに向かう車を見たのは。

 春太に、それ以降の〝日本〟での記憶は無い。



 気がつくと、見知らぬ天井。ふかふかの布団の中だった。

 寒い。頭がぼーっとする。


「起きたみたいだね?」


 何か言おうとしたが声が出ない。

 〝春太〟を見ているのは穏やかな表情をした、ブラウンの髪と瞳の男の人。


「君、熱があるんだ。今は無理に話さなくていいよ」


 言いながら彼は、額に置いてあったらしいタオルを取り替える。


「僕はサリト。ギシュラの魔窟で君を拾ったんだ。しばらくは僕が保護者として、面倒を見るから安心してほしい」


 まくつ?

 脳内にハテナを浮かべながら、春太は睡魔に襲われ身をゆだねていった。


 また目が覚めた時、熱が下がったのか意識はしっかりしているように感じた。


「つらくない?」


 気にかけてくれるサリトの声。


「にゃあ。…………?」


 大丈夫です。春太はそう答えようしたつもりだったのに。

 起き上がったのは無意識で。視界に入ったみずからの小さな手に驚愕する。

 ふにふにころころした、小さい小さい幼児の手。


「にゃっ!?」

「ど、どうしたっ?」


 こんなの俺じゃない。

 言いたくても、言えない。どうしたら、意思を気持ちを伝えられるんだ。

 落ち着かせられるように頭を撫でられる。どうやら怖い目にあいパニックを起こしていると思われているらしい。確かにパニックになっているが。春太はなんとか考えて、手を動かしジェスチャーした。

 書くものが欲しい、と。


「なにか書きたいの?」


 ぶんぶん首を縦に振る。サリトは下敷きのような板と紙、そしてペンを持ってきてくれた。

 ありがとうと言うも、やっぱりにゃあしか春太の口は発してくれない。恥ずかしいやら哀しいやら。


 ──あれ?


 さっそく文字を書こうとして、視界が不思議な現象を起こしていることに気づく。

 日本語の上に見たこともない、文字。思い浮かべた言葉が二行、並ぶのだ。

 心臓をバクバクさせながら、春太は思い出す。交通事故に遭ったことを。そして本来なら、病院で目を覚ますことが普通であることを。

 記憶に、痛みは無い。でも車のことははっきりと覚えている。


 ここは、いったいドコなんだ?


 知らない場所、身体の変異、謎の文字。

 脳内でそれを噛み砕き、ゆっくりと〝知らない文字のほうを〟使って書き進めた。


 書き終え、紙をサリトに渡す。表情や目の動きの様子からして、読みづらそうだったり訝しがるようには伝わってこないので、ほっとする。

 あの紙には、自分に起きたこと、考え、それを正直に書いた。自分でも信じられないようなことを、彼はどこまで理解してくれるだろうか。


「君の名前は……シュンタ、っていうのか」

「!」

「車……。ずいぶんと機械文明が発達した国の生まれなんだ。この内容を読んだ限りでは、シュンタが出逢った猫は神様の御使いか化身かもしれない」


 神様。その言葉に目がぱちくりする。


「シュンタ。僕のいる世界では神の導きや神官の召喚によって、マレビトが来訪することがある。あんな危険だけど、魔力の集まる場所にいたし……君はそういうものなんじゃないかな」

「にゃにゃ?」

「視界に文字が現れるのは、その猫が君を危険な事故に巻き込んだことに対する謝罪の加護かもしれない。意思を伝えられないのは大変だし……」

「みゃ……」


 ちょっと追いつけなくなってきました。

 マレビトやら召還やら魔力やら。そういう言葉の意味は分かるし、そこからの可能性も浮かんではくるのだけども。

 受け入れる、体制ができていない。


「そうだ。鏡を見てみるかい?今の姿がどうなっているか気になるだろう?」


 頷くと、手鏡を渡される。

 春太は硬直した。ただ、幼くなっているわけではなかった。

 自分の視覚が正常であるならば、白髪に白い猫耳。右眼は空色、左眼は金色。背後にしっぽらしきものが揺れているのも見える。


「っ、」


 手鏡を持つ手が震える。


 ──これが俺……!?


 まるでコスプレみたいだ。

 完全にパニックになっていて気づかないが、鏡に写る女の子のように愛らしい目鼻立ち。実は元々の春太の容姿そのものである。ただ、どちらかというとおとなしい見た目だったのが髪色と瞳の色で、ぐんと目立つ姿になってしまったのだ。

 地の色だなんて信じられない。


「……だいじょうぶっ?」


 春太は気絶した。



 ◇◇◇



 今、思い返すと、学校の帰り道に出会った猫は金眼銀眼の白猫だった。


「にゃ……にゃあ~」


 数日経ち、春太は自身の容姿や今いる世界のこと、なんとなくではあるが慣れてきた、と感じている。運良く色々と教えてくれる優しい人に拾われたからこそ、なのかもしれない。

 おそらく自分は……〝向こう〟で死んでしまった。この身体、姿は転移であり転生故のものなのだろう。

 そう、納得している。


(ネットの小説みたいに、世界を救ったり変えたりする力を持ってなくて良かったぁ……)


 ヒーローに憧れこそすれ、春太は目立つとか苦手なのだ。ロム専で充分。

 こうして異世界に来てしまったけれど、派手なことはせずに生きていこうと決めている。あと、普通にしゃべりたい。

 保護者になってくれるというサリトにも、なるべく迷惑をかけず少なからず力にもなりたいと思っている。


「にゃっ。ふにゃあ……」


 サリトが置いていったアイテムを、見た目よりも多く入る彼の鞄に入れ終えるとあくびが出た。

 この猫人間の姿になってから、よく眠くなる。

 サリトはまだ戻って来ないだろう。だから欲求に素直になることにする。




「暇つぶしの、本を持ってきたんだけどな」


 鞄を枕にして眠っている、白く幼い獣人を見てサリトは思わず笑みが零れた。


「〝よかったら、読んでね〟」


 本に、置き手紙を添える。

 音をたてぬようドアを閉じ、仕事へ向うことにした。

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