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誰もが一度は思ったことがあるのではないか。
主人公になりたいと。
晃ー佐久間晃もその1人である。
年は、14歳で中学三年生、体格は小柄で線が細い。
あとは、そうだな。
変わり者が大好きである。
9月の下旬、教室には雨の音が騒ぐように響いていて、教室の隙間からは風が不気味な音を立て、窓をガタガタと揺らしている。ちょうど今年17回目の台風が僕たちの住む有楽町を通過しているところで明日には関東を通り過ぎて東北の方に向かうのだと、今朝のニュースで耳にした。来週には18号が来るのだとかで当分は晴れが来ることはないだろう。そんな気持ち的にも気分が下がる日だったと記憶している。
台風が運んできたのだろうか、それとも運命だったのか、それは僕には分からない。ただこれだけは言える。僕がー木之本いのりのことを結婚したいほど好きで、愛しているということだ。毎日いのりと一緒にいたいと思うし、彼女の好きな人が僕でありたい。彼女は、しっかりとした自分の考えを持っていて、目標を持っていて、人に流されない意思があって、何か僕と似ているものを持っていて、物静かで、口を開けば下ネタで、優しくて、面白くて、ノリが良くて、笑顔が最高に可愛くて、全部言っていたらきりがないな。
まぁとにかく、そんな彼女に僕は心を奪われてしまったということだ。つまり一目惚れだった。その日からというもの僕は、いのりのことをよく見かけるようになった、今まで僕の視界にいなかったものが、今は視界に入れておきたくて仕方がない。いのりのことを意識しているということは明らかである。
まさかそれが好きという感情だとは思いもしなくて、気づいたのは最近のことであって、ここまで人のことを好きになったのは生まれてから初めてのことである。初恋
そんな単語が頭を過る。
今は同じクラスで最近は話をするまで進歩した、一目惚れしてから半年は喋らないでいたせいか、このときは本当に夢のようだった。
話をする中でいのりのことを色々知ることができた。割とオタクであること、絵を描くことが好きなこと、ベースを弾けたりすること
共通の趣味が僕にあること。やっぱり似ている。そう思う。
いのりは目が合うと笑ってくれる、「おはよう」の一言が嬉しい。それだけのことで僕は幸せになれる。いのりの笑顔を見れば僕は笑顔になれる、いのりにもそうなって欲しいと本気で思う、別に付き合いたいわけじゃない、ただ一緒にいたいと、馬鹿みたいに喋っていたいと僕は願う。だがそれは叶わないのだろう。いのりにはいのりの主人公がいて、彼女のストーリーを生きる、僕は彼女の物語の脇役に過ぎない。彼女は僕のヒロインだが、彼女の主人公は僕ではない、
あぁまったく
「主人公になりたい」
そんな誰もが一度は思うことを当たり前のように口にする。叶わないと分かっていても願ってしまうのである。それが人間という生き物なのだと僕は思う。そんなことを考えている僕に彼女は言った、よく考えるとこれも運命だったのかもしれない、いや必然だった。
「じゃあ、私があなたのヒロインになってあげましょうか?」
机に突っ伏していた僕は慌てて立ち上がり後ろを振り向いた。そこには、少し顔を赤らめた、かなめの姿があった。刹那。彼女と目が合う。僕の瞳には彼女が映り、彼女の瞳には僕が映る。時間でいうとほんの数瞬だったと思うが、僕にはその時間がとても長く感じた。まるで時が止まったかのようである。
事実、時が止まっていた。
つまり世界を流れる時間という軸が動きを止めた。さっきまでざわざわしていた教室からは音が消え、窓の外に見える景色には鳥が空中で静止している。クラスのみんなも同様で身体をマネキンのように動かさない。
今、この世界で動けるのは僕と彼女二人だけである。と。
非現実的なことを考えてみたりもするのだがそれも叶わない。
彼女を見れば一目で分かる、彼女の名前はー月剛かなめ、年は14歳、晃と同じ学年で2年生の時に転校してきた美少女で、体格は小柄で細身、腰の高さまである黒髪は彼女の物静かで冷徹な性格を連想させる、成績優秀で運動神経抜群、現実離れしたその顔付きに今まで落とされてきた男子の数は何人といるだろう、それだけ彼女には魅力がある。そんな高嶺の花のような存在の彼女が僕に「あなたのヒロインになりましょうか?」と言ってきたのだ。彼女が何を考えているのか、この言葉の意味は何なのか、このときはまだ分かっていなかった。
「よろしく、私の主人公」
これが僕と月剛かなめのファーストコンタクトであり、この物語を迎えるチャイムでもある。僕たちがこれからどうなるか、それは僕には分からない、わかることがあるとしたら
それは......
ー月剛かなめは、この世界に存在しない空想のヒロインだ。