【JULEMAND】《三語即興文》
詩をうたおう。
どこまでも世界が溶けていく詩を。
「♪〜♪〜〜♪♪〜」
少女の、軽やかな羽のような歌声が街に響く。
朝焼けとともに、高層ビルのガラスに輝きがともる。
少女は歌う。世界を歌う。
高層ビルの屋上で、朝日を出迎えながら高らかに。
見て、朝日が照らす世界の姿。
電信柱にぶつかってボンネットがひしゃげた車。
公園に落っこちたセスナ機。今もエンジンが燃えている。
配水管から水柱があがってる。止める人なんてだーれもいない。
ショーウィンドウは粉々に割れていて、マネキンに着せてある服は風にパタパタ揺られてる。
ほら、道路にたくさん転がってるよ。
死体が。
歩道に死体。
横断歩道に死体。
窓枠に死体。
車に死体。
倒れてるはみ出てる揺れている壊れてる。
なんて楽しい。なんて素敵。
死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体。
それは街を飾るオブジェ。素晴らしい芸術。
朝日に照らされた街が、姿を表していく。
見てよ。こんなに世界は美しい。
少女は嬉しくて、喜んで、楽しくて、酔ったように、あるいは壊れたように歌う。高らかな声で。
歌う。謡う。詠う。唄う。謳う。
ああ、私はこの世界が大好きよ。
「そんなに、この世界が憎いのかよ……」
突然の声に、少女は驚いて振り向く。
正体を知ったときには、驚きの表情は親しみのこもったそれに変わる。
「あら、クラウス。ひさしぶりね」
そこにいたのは、少年だった。
昔からの時間を共有したお友達。クラウスと呼ばれた少年は昔と変わらぬその顔で、昔馴染みの少女を見つめていた。
軍用武装ベストに突撃銃で武装した、親しみと無縁な格好になっていたけれど。
「そんなものでどうする気なの?」
少女はからからと笑う。
全てが死んだ世界の頂点で。
場所は高層ビル、街の中でもっとも高い塔。
それはもっとも天国に近い場所ともいえた。
「悪いけど、それじゃ天使は殺せないわ」
「きどるなよ。馬鹿野郎」
押し殺した声とともに、クラウスは銃口をむける。
「もうお前は悪魔なんだよ。……悪魔になっちまったんだ。天国にいると思いこんでる――夢を見てるだけなんだよ」
最後に、少年はつぶやいた。今にも押し潰されそうな声で。
目を覚ませよ、ルチア……、と。
「…………」
返事は、微笑だった。
「この浮世こそが夢よ。死という現実から覚めるまでの、長くて短い摩訶不思議な夢」
ルチアと呼ばれた少女は笑う。おぞましいほど純粋な笑みで。
「お前はそれを奪ったんだぞ! 何万人もの人々の夢を!」
クラウスは銃を構えなおす。意地と決意をこめて。
「5.56ミリNATO弾じゃ私は殺せない。あなただって知ってるでしょ」
「やってみなけりゃわからないさ。ユーレマン」
「あら、私をコードネームで呼ばないでよ」
「そうだな。お前はサンタクロースなんかじゃねぇ。カミサマとは程遠い」
「ねえ、パンドラの箱って知ってる?」
「女を欲望の対象にしか見ねぇ男性主義なんざ好きじゃねぇよ」
「パンドラの箱にはね、たくさんの絶望があって、その底に一個の希望が入っていたの」
「…………」
「ねえ、こうは思わない? 夢 い っ ぱ い の サ ン タ ク ロ ー ス の 袋 の 底 に は 何 が 入 っ て い た の か っ て ?」
返事は、銃声。
「……え?」
驚いたように、ルチアは自分の胸に手をあてる。
べっとりと濡れた感触。色は――赤。
「答えはひとつ」
クラウスはつぶやく。まるで呪文のように。
「とびっきりの希望だよ」
「……幻想だわ。安物の映画みたい」
胸に穴が開いていながら、何も感じていないふうに少女はつぶやいた。その声には、憎しみがこめられているかのよう。
失意と敵意と殺意が渦巻き、今にも万物を切り裂かんと膨れ上がっていく。
その中心にいながら、少年の貌にあせりはない。そんな人間臭い感情は、今さっき捨ててしまったのだから。捨てるしかなかったのだから。
「俺はハッピーエンドしか見ねぇ主義でね」
想いも感傷もない、相手を挑発するだけの悲しい言葉。
クラウスは、歯を剥いて獰猛に凶暴に笑う。
それが、ある機関から逃げ出した実験生物同士の死闘のはじまりだった……。
ユーレマン
【JULEMAND】――デンマーク語でサンタクロース。