魔族が現れたら?取り敢えず写メる。
筋肉隆々で、健康的に焼けた肌。
それとは対照的な白い歯。
どこをどう取っても、救世主の理想像そのものだ。
ーーー見た目は。
俺は、隣でクネクネと独特な動きをしながら腕を絡めてくる男に視線を向けた。
女曰く、この人物は『おねぇ』という人種らしく、身体は男であるが心は乙女なので、扱いを間違えたらいけないらしい。
がーーーー。
「やだ〜〜〜あたし、救世主なんかじゃないわよぉ〜〜〜??」
(濃い………!!!)
あまりにも濃い話し方と、見た目のギャップに、俺は目眩を覚えて倒れそうになるが、それを何とか堪える。
「いえ、本当です。どうか我々に協力してくださらないか、レディ」
陛下が手を差し伸べると、隣からドギュンッッという激しい音がした。
(胸の高鳴りすら、濃い……!!)
「あたしで良ければ協力するけどぉ〜〜〜」
もじもじと赤面しながら動く男(中身は乙女)に、これが陛下に対する、真っ当な態度だよなぁ、としみじみ感じる(ただし、性別上は男)。
「あ、じゃあ、あたしは用済み?」
そこの女、嬉々として話すな。
嬉しそうに言う女に心の中でツッコミながら、俺は隣の乙女(男)にチラリと視線を向けた。
『権田原 武蔵』という、名前からして厳ついこの人物は、どうやら女と同じ世界からやってきたらしい。『ぼでぃーびるだー』という身体を魅せるのが本業だと言っていたが、もしやコイツらの世界の人類は、露出狂か何かが大半を占めているのか?
「ゴンちゃんがいるなら、あたしいらなくない?」
ねぇ?と首をかしげながら言うが、自分を下げたように言って、救世主の任から逃げようとするな。
「え〜!?凛子もやりましょうよぉ、救世主」
お前はいちいちクネクネするな!!
(あぁ、何故こんな奴らばかり、やってくるんだ……)
神は俺が嫌いなのか?と天を仰ぎ見る。
と、その時ーーー。
「陛下!!魔族が攻めてきました!!」
勢い良く部屋に入ってきた兵と、途端に城内に鳴り響く警報。
「魔族が!?何故だ!!」
「わかりません!!とにかく早く避難して…うわあぁぁ!?!?」
叫び声をあげたかと思うと、兵の身体が突如として吹っ飛んだ。
(こ、この気配は…!)
俺は素早く剣を抜くと、陛下の前に一歩出た。
俺の勘が正しければ、相手は相当の魔力を持った魔族だ。
「キュウセイシュ ハ ドコダ…」
まるで、地から這い出てくるような低い声音に、全身から汗が吹き出る。ズシン、と音がして部屋の壁に大きくヒビが入った。
(来た…………っ!!!)
部屋の扉がビシビシと割れ、崩れる。そして、崩れた扉があったところには、小さな黒い塊が浮かんでいた。
ソレは、黒く淀んだ気を圧縮した、埃のような姿形をした魔族だ。
(小さい。が、とんでもない魔力だ…)
ビリビリと肌に突き刺さる威圧感に、一歩後ずさる。
何よりも優先すべきは陛下の御身。隙をついて陛下を逃がすかーー。どうするべきか思考を巡らせていた、ーーーその時。
「魔族って、埃の塊なの?」
パシャッ!と女が魔族に近づき、持っていた『けえたい』を光らせた。
「あ、写った」
馬鹿野郎!何してるんだ!!
一瞬、コイツ何してんだ?と本気で考えてしまったため、反応が遅れる。
このままでは、あの女が殺される!!
そう思ったがーー。
「ギャアァァァァァァ!!!!」
突然、魔族は叫び声をあげて、床にポテン、と落下した。
「クルシイ!クルシイ!!ナンダ ソレハ!」
「え、何って携帯だけど?」
床をコロコロ転がる魔族と、それを覗き込む女。
(な、何がどうなっているんだ?)
状況についていけず、口を開けたままその様子を見ていると、女の隣に権田原がしゃがみ込んだ。
「何コレ!かわいいじゃなぁ〜い!」
「コレが魔族だって」
「え〜!見えな〜い!でも、魔族って倒さないとなのよね?」
そう言って、権田原は魔族に向かって、腕を振り上げた。
バシイィィィィィンッ!!!と振り下ろされる丸太のような腕。
ミシ…っ、と床が嫌な音を立てる。
そこで、ようやくハッと意識を戻した。
「お、おい!やめろ!!不用意に触るんじゃない!!」
下手すりゃ死ぬぞ!!
そう叫んだが、時すでに遅し。
権田原の手には、パラパラと床の破片とともに、潰れた魔族が液体となってこびりついていた。
「く、くそぉぉぉぉ!!!早く医務室に!!!」
あんなクネクネした奴でも、救世主になりうる存在なのだ。こんなところで微かな(本当に微かな)希望の光を失ってはいけない。
急いで救護班を呼ぼうとした。
しかしーー。
「液体になってんじゃん!気持ち悪っ!!」
……………………は?
「やだぁ〜〜〜、そんなに強く叩いてないわよぉ〜〜〜??」
権田原の手にこびりついた魔族を触りながら騒ぐ女に、目が点になる。
(…こ、こいつら、魔族を素手で触って生きてる……!?)
まさか、そんな事が!?
普通ならば、聖水によって清められた武器を使って、魔族と戦う。素手で触ろうとすれば魔族の気に当てられ、身体が溶けてなくなってしまうからだ。
(しかも、あの魔族の威圧感にまったく動じていないとは…)
俺でさえ動けなくなったというのに、普通に動き、あまつさえ潰してしまうとは、一体何者なのだ、こいつらは。
あまりのことに呆然と立ち尽くしていると、後ろにいた陛下が口を開いた。
「……なあ、アルバートよ」
「……はい、陛下」
二人で目を合わせて、強く頷く。
最強の救世主、来たりーーー。