だってお姫様とかめんどくさそうじゃん??
「私の妻にならないか?」
そう口にした陛下のお顔は、いつにも増して美しく輝いておられた。
「どういうおつもりですか!!」
臣下の者達、全員が思っているであろうことを叫び、俺はテーブルを叩いた。ガチャンとティーセットが揺れて中身が手にかかるが、それすら気にならない程、俺は怒りに打ち震えていた。
「ご自分が何を言ったのか、わかっておられるのですか!?!?」
「あぁ、もちろんだよ、アルバート」
淡々と答える陛下に、目眩がする。
しかし、眩暈の原因は他にもあった。
ーーーあの女だ。
あろうことかあの女は、陛下の求婚に対して「ちょっとムリ」と言い放ったのだ。
ここアルテカで、絶対不可侵の地位に君臨なさるこの方の求婚に対して「ちょっとムリ」とはどういうことなのか!!!
「そうカッカするな、アルバート」
「これがカッカせずにいられますか!!」
俺が声を上げ怒りを露わにしても、陛下はビクともしない。それどころか楽しむように首を竦めた。
「私は正直、この顔には自信があってね」
それはそうだろう。その甘いマスクに誘われて、一体何百という結婚の申し出があった事か。そしてそれを一体何百と断ったことか。
「私は凛子を気に入っているんだ」
その一言に、また激しい目眩を覚える。
なんだって、あんな小娘を気に入るのか。この方はそれこそ、世界中のありとあらゆる美女を侍らすことだってできるのだ。
それなのに何故、あのような………!!
しかもあの女は、陛下の求婚を断ってすぐに『けえたい』の充電がないと騒ぎ、召喚の間へと『すくば』をとりに行ったのだ。
(顔を赤らめるとか無いのか!!この女!!!)
城内を一人で歩けば迷うだろうと、臣下を供につけてくださった陛下の優しさにすら、あの女は「お供にするならイケメンにしてよ」と不平不満を述べたのだ。
「陛下、お考え直しください。あの女はどう見ても普通の…いえ、普通よりも劣る存在です。見ましたか、あの服装を。足を丸出しにしていながら、恥すら感じていない様子でした」
「あぁ、何とも美しい足をしているしな」
「陛下!!」
「いやいや、すまない。冗談だ」
冗談でも、堪ったものではない。
これ以上、あの女を陛下に近づけさせるべきではない。となれば、どうするべきか。そんなのは決まっている。
「……もうひとり、救世主を召喚することはできないのですか」
俺は、あの女が来てからずっと考えていたことを口にした。たとえ女を異世界に帰すことが出来なくても、もうひとり救世主が召喚できれば、あの女は用無しだ。
淡い期待を抱いて口にした俺に、陛下は首を横に振った。
「召喚できるのは、王家の血筋の者ひとりにつき一度までだ」
「で、では王家の血筋のお方を他に…っ」
そこまで口にして、慌てて口を塞いだ。
ーーーそうだ。そうだった。
「すまないな、アルバートよ」
哀しげに目を伏せる陛下に、俺は唇を強く噛み締めた。
そう、この国にはルカリア陛下以外の王家の血筋の方は存在しない。
皆、既に他界しておられるのだ。
それは、10年前に突如として襲撃してきた魔族によって、全て狩り取られてしまったからだ。
当時、まだ15の見習い剣術士だった俺は、城の地下にある隠し部屋で、10になられたばかりの陛下を護衛していた。否、幼い陛下を護る、という大義名分のもとに、俺は逃がされていたのだ。
美しい王妃も、厳格な国王陛下も、そして幼い陛下の憧れであった兄上、マルティス殿下も皆、この襲撃によって跡形もなく消え去ってしまった。
残された幼い陛下は、右も左もわからないまま新国王としてその座に就き、良いように利用しようと手をこまねく、薄汚いじじい共の群れに放り込まれたのだ。
「……失言、いたしました」
「良いのだ、アルバート」
仕方のないことだ。
そう言って微笑む陛下の御心は、俺などには計り知れないものがある。
ーーー少しでも、役に立てられるならば…!
そう決意した俺は、陛下から『召喚の書』をお借りして、部屋を後にした。
*****
亡き両親と、俺を拾ってくださった国王陛下に誓ったのだ。
必ず、魔族を殲滅するとーーー。
「陛下!!」
異世界からあの女を召喚した、次の日。
暖かい朝日が差し込む廊下をもつれて転びながら、俺は陛下の政務室に飛び込んだ。
「やりましたよ!!へい、か………」
何よりも早く報告せねば、と扉を開けた俺の目に、予想だにしていなかった光景が映った。
「おお、どうした、アルバート」
なんと、陛下と見目麗しい乙女が、一緒に紅茶を楽しんでおられたのだ。
「お、お邪魔しました!!!」
即座に扉を閉めて、うるさく鳴る心臓を落ち着かせようと、深呼吸をした。
(う、美しい乙女だった……)
決して派手な顔立ちではなかったが、どこか品を漂わせる麗しき乙女を思い出して、俺は口元を押さえた。
「どうしたのだ、アルバートよ。入るといい」
扉が開いて顔を覗かせる陛下に、何を言っておられるのです!!と俺は耳打ちした。
「あのような美しき乙女と楽しんでおられるのに、俺が居ては台無しでしょう」
いいから、戻ってください!と陛下を部屋に押し戻そうとした時ーー。
「どうしたの?」
なんと、政務室からあの乙女が声をかけてきたのだ。
慌てふためく俺とは対照的に、陛下は「アルバートが入らないと言って、聞かなくてね」と口を尖らせて答える。
「どうして入らないの?」
入っていいのか!!??!?
ただでさえら色恋沙汰の全くない陛下の部屋に乙女がいて混乱しているというのに、まさかその御相手と陛下の時間を邪魔するとは!!
(………いや、しかしここで押し問答をしていても埒があかない)
それならば、さっさとら用を済ませてしまおう。
そう判断した俺は背筋を伸ばし、渾身の敬礼をして陛下の部屋に入った。
「私、魔族殲滅第一部隊長のロイ・アルバートと申します!!お二人の時間を邪魔してしまい、まことに申し訳ございません!!」
キッと顔を上げると、キョトンと目を開く乙女と目が合った。
(う、美しい……!!)
長い睫毛に、シッカリとした意志を秘めた瞳。赤い紅を引いた唇は艶やかで、幼い顔立ちの中に、どこか色気を漂わせている。
(そう、こういうお方こそ、陛下には相応しいのだ…!!)
やはり、昨日の求婚はただの冗談だったのだな。
内心ホッとしていると、陛下が深く席に腰掛けた。
「それで、何用で参ったのだ?」
そうだった。朝早くから政務室を訪れた理由を思い出して、俺は一歩前に出た。
「もうひとり、救世主の召喚に成功するかもしれません!!」
声高にそう伝える。
そうなのだ。昨日、陛下よりお借りした『召喚の書』を熟読していて、ふと気になった点があったのだ。
た。
【王家の者ひとりにつき、一度きりの召喚が可能であり、また、王家の者に近しい者も稀に召喚の力を得たり】
『召喚の書』の冒頭部分に書かれている言葉に、俺は一筋の希望を見出した。
「おごまかしいとは思いますが、私は前国王陛下に拾われて20年、陛下とともに生きて参りました」
そう言うと陛下は、顎に手を添えて暫く考えてから、頷いた。
「ふむ。確かにお前は私の家族のようなものだからな。力を得ていても、何ら不思議な事ではない」
「ありがとうございます!」
再び敬礼をして、胸を張る。
もしかしたら、陛下のお役に立てるかもしれないのだ。
昨日、あの女に言われた『名ばかり』を思い出して、俺は心の中で舌打ちをした。
「そうと決まれば、召喚の間に行こう」
そう言って立ち上がる陛下の後に続こうとして、俺は慌てて耳打ちをした。
「いや!何を言っておるのですか陛下!!あの乙女との茶会を優先してください!!」
「何故だ?」
首を傾げる陛下に、俺は頭を抱えた。
(この方は乙女心をわかっていない…)
よくある話だ。仕事を優先しすぎた夫に対して妻が「あたしと仕事、どっちが好きなの!?」と詰め寄る、名付けて『男に乙女心はわからぬ現象』である。
「とにかく!この件は後回しにしてくだされ!」
「いや、しかし今なら丁度、彼女もいることだし」
いやいや、何故その乙女に召喚の儀を見せる必要があるのですか。
「それに彼女も、仲間になる相手が召喚できるのなら、見たいだろう」
そう微笑んで隣に座る乙女に「なあ?」と同意を求める陛下に、その乙女はあの女ではないでしょう陛下!!『あなた、寝言で言ってたミカって誰よ、もしかして浮気!?現象』が起きてしまうではないですか!!!と言いそうになる。
しかしーーー。
「あたし、協力するとか言ってないんだけど」
………………は?
「てか、キューセーシュが他にいるなら、あたしいらなくなーい?」
………………な、
「そこのおっさんも、あたしの事嫌いみたいだし?」
…………な、な、
「だったらその、新しいキューセーシュに頼んじゃってよ、世界救うの」
「んなあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?」
俺は震える手で、目の前の見目麗しい乙女に、指を突きつけた。
こ、この乙女、いや、この女は…っ!!!
先程まで気品に満ち溢れていた乙女が面倒くさそうに髪を弄り、俺に視線を投げる。
「は?何?」
「き、貴様かあぁぁぁぁぁ!!!!」
あまりの衝撃に耐えられず、その場に膝をつく。
あの、見目麗しき睡蓮の如き乙女の正体が、あの不埒な女だったとは!!!!
「我一生の不覚なり………」
「どうしたのだ、アルバートよ」
にんまりと笑う陛下に王妃の面影を感じて、俺は深く深く、溜息をついた。
か、確信犯だ…。
陛下は、俺が乙女をあの女だと気付いていないとわかっていたのだ。
まさかこのような失態を侵すとは…!!!
「どったの?」
「何、凛子が美しくて驚いたらしい」
首を傾げる女にそう答えると、陛下はさっさと女の手を取り、部屋を出て行った。
「お待ちください!!陛下!!」
つーか何、手ェ繋いでんですか!!
と、内心ツッコミながら俺は二人の後を追い掛けた。