マジで異世界に来ちゃった系??
「…………なに、これ」
眼前に広がる世界に、凛子は呆然と立ち尽くした。
それもそうだ。想像していたのは、ここはどこかのビルの中で、外に出たら幾つものビルが立ち並んでいる、いつもの日常だったからだ。
しかし、いま凛子の目の前に広がる世界は、その想像とは大きく違っていた。眼下に広がるのは、おとぎ話の中のような風景だった。
荷台を引く馬車に、レンガの建物。賑やかな町は活気に溢れ、自然豊かな緑に囲まれているではないか。
そしてーーー。
「なに、あれ…」
凛子は、空を飛ぶ黒い巨大な影に釘付けになっていた。
ーーードラゴン。
黒い大きな翼を持ち、うねりながら広く壮大な空を横断する様は、まさしくドラゴンと呼ぶに相応しい姿をしている。
「おや、あれは空飛ぶ蛇の子ではないか」
重そうな飾りを馬鹿みたいにつけた「陛下」と呼ばれる男が、眩しそうに空を見上げる。
「凛子は運がいい。あれが見られるとは、やはりそなたは我らに幸運をもたらす救世主で間違いないようだ」
陛下はニッコリと笑った。
(この人、本物の王様なの…?)
金色の髪に、青色の瞳。
そしてこと顔立ちーーー。
下手なモデルや俳優なんかより、ずっとかっこいい。しかも権力者。
「ふふ、凛子よ。そんなに見つめるでない」
そう言って凛子の髪に優しく触れる陛下。
あ、、胸がキュン…って……。
こんなイケメンに、微笑まれながらこんな事されたら、誰だって、そう、誰だってーー
「ちょ、触らないでもらえます?」
誰だって胸キュンしなかった。
陛下の手を叩き落とした凛子は、盛大に溜息をついた。
「顔が良いからって、中身まで良いとは限んないよね〜」
そう呟く凛子に、陛下はまたニッコリと微笑んだ。
「凛子はこの顔が嫌いか?」
「いや、どっちかっていうと好き」
そう答えると、凛子はグーンと背伸びをして、陛下に向き直った。
「ここが本当の異世界だってことはわかったから、色々教えてくれない?」
「もちろんだ。部屋で茶を飲みながら、ゆっくりと話そう」
嬉しそうに頷いて、手を差し出す陛下をスルーして、凛子はスタスタと歩いて行った。
昔々、まだ魔族というものが存在していなかった、大昔ーーー。
その昔、この国を治めていたのはとても美しい姫であった。金色に輝く髪を持ち、深い青色の瞳で国を見つめ、豊かな国を治めていた。
そんな美しい姫には、幼い頃からずっと想い続けていた者がいた。その者は勇敢な国の第一騎士であり、姫の幼馴染であった。
幼い頃から互いに互いを想い合い、共に生きてきた二人は、同じ淡い感情を内に秘めていた。
しかし、一国の姫と騎士という身分の差から、二人はその想いを口にすることはなかった。
そうして月日は経ち、姫はとうとう隣国の王子と結ばれることが決められた。
想い人と結ばれぬことに涙を流す姫と、その涙を拭うことさえ許されない騎士ーー。
姫は、然るべき相手と結ばれ、幸せに生きるべきなのだ。
そう考えた騎士は、涙を流す姫に背を向けると、より一層修行に励むようになっていった。
この国を、姫がいるこの国を護れる力をーーー。
そうしていく内に、騎士の胸の中には、ポツンと黒い塊が生まれた。
ドウシテ オレジャ ナインダ。
それは、騎士の秘めたる想いが溶けて、黒く凝り固まったモノであった。
どんどん膨れ上がっていく想いを、騎士はその強き精神力で抑えることができなくなり、とうとう飲み込まれてしまった。
そうして生まれたのが、魔。
豊かな国を荒らし、人間を襲い生気を吸い殺す魔族が生まれてしまったのだ。
幼い頃から共に歩んできた騎士の変貌に、姫は深く悲しみ、そしてある決意をする。
ーー必ず、あなたを殺しましょう。
清純たる姫の胸の中にも、また色の違った想いの塊が生まれた。
それは大切な想い人を必ず葬り、悪しき心から解放するという決意ーー。
こうして、我々人間と魔族の長きに渡る争いは幕を開けたのであったーーー。
「ーーこれが、我ら人間と魔族の戦いの始まりだ」
陛下の口から語られる古の因果に、周りの臣下達は涙を流して聞き入っていた。
かくいう俺、ロイ・アルバートも、溢れ出る涙を抑えきれずにいた。
それなのに、それなのに…っ!!!
「貴様ァ!!!国王陛下の有難き語り中に居眠りとは、何事だあぁぁ!!!」
この女はあろうことか、話の始まりから終わりまでキッチリ眠り通していた。
このような者が我らの救世主なわけがない。
わけがない、と信じたい。
「だって長ったらしいし〜。まとめるとヘタレだったんでしょ?そのふぁーすとないと?って男が」
「き、貴様ァ〜〜〜!!」
国王陛下の有難いお言葉に対して、その感想は何だ!!!陛下が止めるからやらぬが、貴様など我が剣のサビにしてやる価値もない!!!
「凛子は面白いな」
そう言って紅茶を啜る陛下は、なんと広く寛大な御心をお持ちなのか。
「で、結局何であたしはここに呼ばれたの?」
王室御用達の茶菓子をつまみながら、女は一番気になっていたであろうことを口にした。
「そなたには、我らの救世主として、魔族の長である魔王と戦ってほしいのだ」
そう言って再び陛下は女の足元に跪くと、頭を垂れた。
「どうか、力をーーー」
「いや、だからパスだって」
「ふむ、やはりダメか」
再び断られたにも関わらず、アッケラカンと立ち上がると、陛下はそうだ!と手を打った。
「もしも救世主をやってくれるなら、褒美を出すぞ?」
「え、マジ?」
身を乗り出し、真剣な顔をした女に、ご褒美で釣られるのか!?と内心ツッコミながら、俺は頭を抱えた。
「あぁ、そうだな。例えば…」
暫く考えてから、何か閃いた顔をしてグッと身を乗り出す陛下に、我々は悪い予感がして、顔を引きつらせた。
こういういたずら小僧のようなお顔をされるときは、大抵とんでもないことを考え出した時なのだ。
今までも、急に「魔王と会ってくる」と言って、止める臣下を片っ端から倒して居なくなったり(ただし、途中で迷子になっていたところを保護)、私が指揮をとろう!と戦の前日にいきなり言いだしたり(そのため戦は延期になった)といった事をやらかしてきた陛下だ。
それに何より、陛下は亡き王妃のお茶目さを、キッチリカッチリ受け継いでおられるのだから。
その予想は的中し、陛下は形の良い唇を開いた。
「私の妻になる、というのはどうだ?」
「いいわけあるかあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
何を言ってんだ!!と二人の間に滑り込むと、陛下は声を出して笑う。
「何を慌てておる」
「慌てるに決まってるでしょうが!!」
「えー、それ何も褒美じゃなくない?」
貴様は黙っとれ!!と女を睨みつけるが、陛下の言葉も俺の睨みも、どこ吹く風といった様子に安堵のような苛立ちを覚える。
「まったく!そのような冗談はよしてください!」
「何を言うか。冗談などではないぞ?」
私は本気だ。そう言うと陛下は立ち上がり、女の巻き髪を一房、掬い上げる。
そしてーーー。
「凛子、私の妻にならないか?」
褒美などではなく、今すぐでも構わん。
そう言って陛下は、女の巻き髪に唇を落とした。




