【第一話】何これドッキリ?ウケるんですけど。
「あ、もしもし?ユリコ?あたしあたし。あのさぁ〜、なんかよく分かんないんだけど、仕事の紹介みたいなのされてて〜。そうそう、勧誘みたいな。悪いんだけど、コバセンに遅刻するって伝えといてくんない?あたし、出席日数ヤバめでぇ〜〜〜。そ、マジで頼んだ〜〜じゃね〜〜〜」
「はい、もういいよ。何だっけ?」
………何だ、この女は。
「キューセーシュ?だっけ」
………何なんだ、この女は。
「それ、何の仕事?時給いくら?」
「な、何なんだ、貴様はあぁぁぁぁ!?!?」
俺は、魔法陣の真ん中にだらしなく胡座をかく女に指を突きつけた。
「え?凛子だけど?」
不思議そうに首を傾げる女に、俺の頭の中は絶望感でいっぱいになった。
俺たちが求めていた救世主は、強靭な肉体に強い心を持った、正義感溢れる者だ。
だが、この女はどうだ。
細く白い足に、それを惜しげもなく晒す着衣。とても正義感溢れる者には見えないし、ましてや強靭な肉体を持ち合わせているとは、到底思えない。
しかもーー。
「はー、マジでダルいんですけどー」
やる気がなさ過ぎる!!!
何がダルいのだ!!
こんな、こんな者が救世主だなんて……っ!!
「我々は……もう、終わりだ………」
ロイ・アルバート、それが俺の名前だ。
幼い頃に両親が魔族に殺されてから、今は亡き前国王陛下に拾われ、王国の剣術士として国に仕えてきた。
亡き国王陛下と両親に魔族殲滅を誓い、今まで必死に修行を続けてきた。
何度も死にそうな思いをした。
何度も憎き魔族に殺されそうになった。
だが、ついに先日、その功績が認められ、俺は『魔族殲滅部隊 第一部隊長』という輝かしいこの役職に任命されたのだ。
それが、それが………!!!
「何故、貴様のような者が召喚されたのだ!!!」
このままでは、俺たちは………!!!
「落ち着くのだ!ロイ・アルバート!」
突如、凛とした声が部屋に響く。
「落ち着け、ロイ第一部隊長」
「国王陛下……」
俺を手で制す陛下に目を向けると、強い意志を感じさせる瞳で頷いた。
現国王陛下であるルカリア様は、亡き王妃様の美貌と、前国王陛下の強い意志を受け継いだ聡明なお方だ。
まだ成人して間もないというのに、早くに亡くなられたお父上の代わりを、立派に務めていらっしゃる。
シャランと光り輝く飾りと、それに負けないくらい美しい、絹のような金色の髪を揺らして一歩前に出た国王陛下は、凛子と名乗る不埒な者の前に、片膝をついた。
「こ、国王陛下!!このような者の前に膝をつくなど、おやめください!!」
周りの臣下たちが止める中、国王陛下は凛子の手を取ると、恭しく頭を垂れた。
「凛子、そなたは我らアルテカの救世主として、ここに召喚された。どうか、我らのために力を貸してはくれまいか?」
国王陛下がこの女に膝をつき、頭までお下げになられたのだ。
俺たちが立っていていいわけがない。
他の臣下たちもそう思ったのか、顔を見合わせ片膝をつくと、頭を垂れた。
「凛子、どうか頼む」
国王陛下の声が部屋に、そして俺の耳に響く。陛下は信じておられるのだ。この者が救世主であると。否、信じなければならないのだ。それほどまでに我らは今、窮地に立たされているのだからーーー。
国王陛下が頭を垂れ、ここまでしているのだ。誰もがこの女から肯定の意を示されると、信じて疑わなかった。
だがーーーーー。
「申し訳ないんだけど、パスで」
「………………は?」
「いや、だって何かダルそうだし。あたし、無理だわそういう系。何つーか、重いし」
「き、貴様あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
俺は即座に立ち上がると剣を抜き出し、女へと切っ先を向けた。
「国王陛下の真摯な願いに肯定の意を示さぬとは!!!!万死に値するぞ!!!」
「よくわかんないんだけど、おっさんさっきから怒りすぎじゃない?」
「お、おっさん!?!?」
突然の言葉の暴力に絶句する。
「た、確かにお前よりは年上だろうが、俺はおっさんではない!!」
「はぁ?基本的に、文句ばっかの煩い男はおっさんだから」
「んな!?」
茶色い巻き髪をくるくる弄りながら、唇を尖らせる女に圧倒される。
いや、ここで負けてしまっては魔族殲滅第一部隊長の名が廃れてしまう!!
そんなこと、あっていいわけがない!!
「ふん!偉そうな口をきくものではないぞ、女!俺は魔族殲滅部隊長のロイ・アルバートなのだからな!!貴様など、その気になれば一瞬で殺せるのだ!」
これでどうだ!と生意気な女を睨みつける。が、女は一切動じず、それどころか睨み返してきた。
(ーーな、何だ。この目は…!!)
戦地を駆け抜けてきた、この俺が圧倒されてしまうほどの目力。
この者は、ただの娘ではないのか!?
嫌な汗が流れ出て、背中を伝う。
それはまるで、三年前に経験した魔王との対峙によく似た緊張だった。
ゴクリ、唾を飲み込むと女が口を開いた。
「よくいるんだよね〜、そういうおっさん。ウチの店長とか、マジでそんな感じ。威張ってばっかで、実際なんも役にたたねぇの」
そう吐き捨てるように言うと、女は俺の剣など物ともせずに立ち上がって、ビシッと指を突きつけてきた。
「そーいうの、名ばかりっていうんだよ。世界で一番使えないヤツだから、気をつけなよ?」
「……っ!!」
い、言い返せない!
確かに俺はこの地位に就いてから、戦前で戦う機会が激減した。しかし、この名を言えば、基本的にどこであろうとも、俺を快く受け入れてくれた。それに甘えていたのだ。
このような娘に諭されるとは、なんたることかと震えていると、肩に温かなぬくもりを感じた。
「双方とも、そこまでにするのだ」
振り向くと、そこには穏やかな顔をした陛下がいた。俺は情けない顔を隠すように俯いて、一歩下がった。
「申し訳なかったな、凛子よ。そなたに無理強いをさせるつもりはないのだ」
「マジ?じゃあ、さっさと元いた所に帰してくんね?」
「貴様、陛下に何という口の利き方…っ!!」
今すぐにでも切り倒してやりたい気持ちを抑え、怒りに震える手で俺は剣をしまった。
「そのことだが、この『召喚の書』には、召喚の仕方は書かれているのだが、召喚した者の帰し方は、書かれていないのだ」
「……………え」
「いやぁ、申し訳ないな、凛子よ!」
あっけらかんと言う国王陛下に、臣下の者たちはもちろん、俺も唖然とした。
そうだった…。この国王陛下は王妃のお茶目な所も受け継いでいたのだ……。
しかし、唖然としているのは俺たちだけだった。帰れないと言われた張本人は、何食わぬ顔でその言葉を聞いているではないか。
(ーーも、もしやこの者は、屈強な折れない精神の持ち主だったのか!?先程の口車に、只者ではないとは思ったが……やはり俺の目が間違っていたのか!?!?)
一筋の希望を与えられた心臓が、早鐘を打つ。額からは幾筋もの汗が流れ落ちた。
そして、女が口を開いたーーー。
「あのさぁ、もうドッキリってバレてっから」
………ドッキリ?
「何の番組か知らないけど、バレてるからね?あたしも、流石にそこまで馬鹿じゃないし、キューセーシュ?とか異世界?とかあり得ねぇし」
「ドッキリとは何だ?」
俺たち全員の疑問を口にした陛下に、女はあろうことか指を突きつけた。
「何だじゃないっしょ。アンタは何?売れない俳優か何か?幾らで雇われてんの?」
「いや、私はこの国の国王で……」
「あー、はいはい。マジでいいから、そういうの!スタッフさーん、出てきていいよー」
何だ、この女は。細く軟弱なだけではなく、頭もイカれていたのか?
「凛子、これは…」
「まだ続けるわけ?めんどいんですけど!!」
陛下の言葉に耳すら傾けないで、女は扉を指差した。
ま、まさか指先から魔力を放出し、扉を破壊するのか!?
そう思い、俺はまた期待に胸を躍らせた。
しかしーーー。
「んじゃ、取り敢えずここから出してよ」
そう言うと普通に扉を押して、部屋から出て行った。
その後を慌てて追いかける陛下と臣下たち。
俺は既に心が疲労して、追いかける気力すら失い、その場に立ち尽くしていた。