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時計仕掛けの女神はあざとく青春する。  作者: azakura
1章 だから『神様』は変化を決意する
4/48

1-3

 翌日。


「下校時刻まであと三十分か……。ま、今日中に済ませとくか」


 部室を出たのち、右手でヒラリと摘まむ用紙――部活動解散届に目を通しながら、アマトは職員室を目的に廊下を進んでゆく。


 二年の教室が並ぶ廊下に出たその時、


「……ん、メール?」


 バイブの振動音が、ズボンのポケット内で鈍く鳴る。

 アマトはスマートフォンを取り出し、


(差出人は……アドレス帳にない人から? ただの迷惑メール……って訳じゃあなさそうだ)


 差出人欄は見知らぬメールアドレスが、件名は無記述で、そして文面には『二年五組の教室で待ってます』という記述のみ。


(偶然か、このタイミング? 俺が教室に近いこと、わかってたのかよ)


 指定された場所との距離も近いこのタイミング、メールを無視するわけにもいかず、アマトは自身の属する二年五組の教室へと足を運ぶことにした。


「……あん?」


 放課後をしばらく過ぎた教室、本来ならば人っ子一人いない閑散とした風景。だがしかし少女がただ一人、夕日を背景に窓辺の机へと腰掛けていた。まるで、少年の帰りを待ち構えていたかのように。

 教室に差し込む光にも似た、鎖骨に掛かる程度の、濃いめの色をした橙の髪。女神と呼んでも差し支えないであろう、化粧なしでも十分に整ったその端正な顔立ち。


「こんにちは、篠宮天祷くん」


 クスッと口元を綻ばせ、入室した少年の名を彼女は告げる。

 橙髪の少女は腰を上げ、細身のシルエットを際立たせるように真っすぐ立つ。紺のニーソックスで覆われる、スラリと伸びる綺麗な脚。

 誰に対しても安心をもたらすような美しい穏やかな笑みを、彼女は柔らかな容貌に浮かべ、


「待ってたよ、キミが来るのを」

「ああ、そらサンキュー。もし俺が来なかったら、そろそろメールを打ち直してる頃合いか?」


 前に立つ女子の姿には見覚えがあった。所属クラスこそ違うものの、その美貌、誰とでも分け隔てなく接することのできる人付き合い。おまけに試験の成績は毎回トップレベルとの噂。


「ううん、キミが寄ることはわかってたよ。もちろん、その解散届を持参してくることもね」


 上目使いにパッチリと柔らかな目を向け、少女は人差し指を口元に宛がう。

 才色兼備を体現する彼女の名はたしか――――、


ときながことさん……だよな?」

「存じてくれて光栄です。私は二年の時永琴夜、はじめまして」

「それで時永さん、俺に用でも? わざわざメールで呼び出すくらいだし」


 琴夜はそっと目を瞑り、少々のじれったい間を置いて、


「きっと誰かが傷ついていたはずの、あの文学部を解散してくれたキミに用事があってね」


 表情こそほとんど変化させないものの、アマトはピクリと身じろぎする。


「部を解散してくれたなら、もう大丈夫だよね。校則にもあるけど、一人が所属できる部活は原則一つだし」

「部活……? てことは……、単なる勧誘? マジかよ、期待して損したぜ」


 不意なメール、放課後の教室に佇む一人の美少女というシチュエーション。何かが始まるのではないかと勝手に膨らませていた期待を萎ませ、アマトはガックリと肩を落とした。しかし、


「待って、まだ話してないことがいっぱいあるよ。肩を落とすのはそのあとで。いい?」

「ああ、まだハナシは聞いてないか。ま、どうせ断る気で――……」


 アマトは気の抜けた口調で発したが、琴夜はそれを遮るように、



「私は時間の国からやって来た七人のお嬢様の序列一位、――『神様』です」



「………………、はい?」


 ポカンと半開き状態の、アマトの口。

 時間の国、七人のお嬢様、神様……すべて聞き違いか?

 琴夜はうふふと笑って、


「安心して、順に教えてあげるから。まず時間の国っていうのは、こことは違う世界にある国の別称のことだよ。七人のお嬢様は、時間の国で選ばれた特別な女の子の集まりで――……」

「マテマテ、そういう問題じゃない! 『時間の国』ってあの絵本に出てくる世界の名前だろ? 『神様』は……序列一位に与えられる称号だろ? それは知ってるけど……」


「あっ、知ってた? 絵本を読んだのってずいぶん昔のことじゃない?」

「昨日、たまたま読み返したんだよ。って、そういうことじゃなくて……」


 頬を引きつらせるアマト、変わらず柔らかな笑みを浮かべ続ける琴夜。


「そうだね、信じられるはずがないってことはわかってる。いきなりこんなこと言われても困るだけだろうし」


 ニコニコと、優しい笑みを崩すことのない琴夜は唇を指でなぞり、


「なら、『神様』としての証を見せてあげる」


 そして。

 琴夜はたったの一度のみ、左手の指をパチンと弾いた。

 たったのそれだけで。


「……んな!?」


 少年の目に唐突に収まったのは、何よりも冷たくて単調な世界。

 別段、肌に感じる空気の温もりが変わったわけではない。けれども、彼の脳を根本的な部分から揺るがすには容易い、現実とはかけ離れた視覚的な刺激。


「この世界から色という概念を消してみちゃいました」


 夕焼けという、前方で佇む彼女の髪色にも似た光は色を失せ、周囲に配置された学習机、身に纏うベージュのブレザーには相応の淡い黒みが掛かるのみ。


「……夢、か? 催眠をかけたわけでもあるまいし……」


 琴夜を尻目に、窓ガラスへとおもむろに寄るアマト。だけれども三階から望む景色も室内と同様、単調な色彩(モノクロ)で支配されていた。

 彼の脳裏に心ともなくよぎる、あの絵本のある一文、


「『神様』はなんでも願いを叶える力を持ってる……、まさか」

「七人のお嬢様には象徴の証として、それぞれお嬢様に許される一時(マジカルタイム)っていう魔法が与えられるんだ。『神様(わたし)』が受け取ったのは、世界の因果律を自在に操る『神のみぞ知る物語ロマンチックノベリスト』という魔法です」

「じゃあ、今のコレは……」

「そう、世界を構成する色は白と黒の二色だけ、って因果律を変えてみたの」


 琴夜が再び指を弾くと、教室内や窓から伺えるすべての様相が瞬時に色を取り戻した。


「信じてくれた、私の言ったこと?」


 アマトは返事こそしないものの、琴夜の言葉を否定することもしない。その代わり、彼は琴夜の顔を無言のまま見定め、


(さっきから微笑んではいるけど、……なんだ? 正体わかってから感じる……、この人の表情の……)


「どうしたの、私の顔をジロジロ見ちゃって?」

「いや、結構な美少女だから見入っちゃったんだよ。それ以外に大した理由はねーよ」

「ふふっ、褒めてくれてありがとう。でも、咄嗟の嘘は女の子を傷つけるだけだから言わないほうがいいよ?」


 美少女なのは嘘じゃない、とは心の中だけで呟いたが。


「話を戻すとして、俺を何かの部に勧誘したいらしいけど。それは時間の国とも関係があるのか? じゃなきゃ、俺に正体明かす意味はないだろうし」

「もちろん関係あるよ。そもそもの話、どうして私が今、この世界にいるのかとは疑問に思わない?」

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