迷宮攻略前日
お久しぶりです。令和もお願いいたします
「じゃあ、スコップで」
何気なく言ったつもりが周りの人が止まった。
「あ〜、小僧、スコップは武器ではないぞ」
なんだって? スコップ最強じゃないか。
「ラル、スコップは作業具ではあるが武器にはならんぞ」
レンさんまでそんなことを言うのか。
「所詮、拳闘奴隷ですね。素手で戦うしか能がないんですよ」
所詮とはなんだ? その俺に負けたパーティーの一員なのに何を言うか。
「小僧、スコップは作業具じゃ。ワシの店には置いとらんし、武器にはならん」
「ガーグ爺、俺の話を聞いてくれないか?」
「何じゃ?」
「スコップは色々と素晴らしいんですよ」
「作業具として優れているのは分かっとる。武器では無いんじゃ」
「いや、武器にもなるんだ。
例えば、土を掘り返す部分に着目しよう。結構薄い鉄板で作られていますよね?
あの部分を相手に向けて高速で振り切ったら刃物と変わらない切れ味が出ると思います。
更に、あの部分を突きで使う場合、剣で突くのと同じように突き刺さります。
いえ、剣以上に突き刺さる可能性が高い。硬い地面を掘り返せる位なんだから!
相手を攻撃するときに土を掘り返す部分の面を使う。
それなりの幅も有るから打撃武器としても優秀だ。
あの部分が身体のどこかに当たれば、最高でも骨折程度に抑えられる。
事故で相手を殺すリスクがかなり減るんですよ。
ガーグ爺の作ってくれたこの小手が有れば何の問題もないと思う。
それぐらい素晴らしい物ということは俺にも分かってます。
ただ、慣れてないと相手の顔面が肉片に変わりそうで恐くて使いにくい。
モンスター相手にはコレで良いかもしれないが、不測の事態で対人戦闘になったら……。
そんな時に頼るのはスコップしか無いんだ!」
スコップ最高! 届け俺の熱い思い!
「スコップにそんな可能性が有るじゃと……」
来た、心が動かされてるぞ! もう一息だ!
「ガーグ爺、さあ、一言でいいんだ。『スコップ万能!』と言うだけです」
「スコッ……何を言わせる気じゃ小僧!」
惜しい! もう少しだったのに。
「ふう、小僧の口車に危うく乗るところじゃった。
まあ、小僧には棒でも持ってればよいじゃろ。
話は終わりじゃ! せいぜい死なんようにな!」
そう言ってガーグ爺は帰っていった。もう少しだったんだけどな。
とりあえず、迷宮前の宿場町で宿を取る。
「え? 部屋割り? 俺とレンさんで一部屋、ローナで一部屋でしょ?」
まあ、これだったら間違い無いよね。
「ふむ、俺が一部屋だぞ? 経費で落ちるからな。何度も言うがローナはラルの持ち物だ」
管理責任を果たせ、と目で言ってくる。
「いや、若い男女が一つの密室にいると間違いが起きちゃうかもしれないでしょ?」
「むしろ間違いを起こしてくれ。ローナに元パーティーの蘇生代金をツケることにした」
それが何で俺と一緒の部屋になることになるんだか。
「まあ、ローナはラルのモノだからな。それにかけられた価値は所有者の物だ。
それが負の価値だとしても、な」
えーと、何が言いたいんだろ?
「そろそろ分かってるだろう? 蘇生代金はラルが払う事になるかもしれないってことだ」
「クーリングオフでお願いいたします」
「くーりん……なんだって?」
「返品をお願いします。負の価値まで俺には持てない」
「それは聞けない。迷宮に連れて行くと言った時点で、契約してるからな」
「ウソでしょ?」
「本当だ」
ウソって言ってよ! はぁ、いきなり借金漬けになってから迷宮探索かよ。
「ちなみに、蘇生代金はいくら?」
「一人につき金貨200枚」
「確か六人だったから、ローナを抜かして5人分、かな」
「合計で1000枚だ。これ以上は1枚たりとも値引きは出来ないからな」
あぁ、俺のツケがかなり溜まっていく。齢13にして借金が金貨で3000枚越えてんのかよ。
俺の借金をチャラにしてくれよ。買った装備と、借りてるお守り返すからさ。
「アミュレットはもっていたほうが良いぞ。
ガーグ翁の奥方の加護が付いているからな。
神官でもあり付与魔法師、本来なら国に抱えられていてもおかしくない人なんだ」
呪いが呪いに代わりかけてるけどね。
「本来なら領主に納められる程の加護が付いてる。
大事にしろよ、それがあれば大抵の困難は乗りきれる」
まあ、頑張りますかね。
「それとな、これを渡しておく」
何だろう? ん~、見た目はただの巻き貝だね。
手にもってみたけど巻き貝にしか見えない。
「これはなんですか?」
「遠話の魔道具だ。
いいか、一日に三度まである程度の時間会話ができる。
使い方は、ココだな、この尖っている部分を回すんだ。
三週回せば対となる魔道具と会話ができるようになる」
すげえ、一対となる相手だけとはいえ、異世界版携帯だ。
「それと、この水筒だ。
永久的に水が補充される魔道具だ。
水魔法が込められていて減った分補充される。
まあ、所有者の魔力を使うらしいが微々たるもんだ」
マジか、魔法ってすごい。科学より便利に思えるよ。
渡されたものを収納袋に入れていく。
この袋も謎だよな。前に鑑定したけどほぼ無限収納だし、いくら入れても重さが変わらない。
これを渡したあいつは自分は悪魔だなんだ言ってても俺の利になる事をやってるしな、あいつはなんなんだ?
「そうだな、ラルには一つ話をしておこう」
真剣な顔で話しかけてきた。
「明日入る迷宮だがな、入口に罠がある。
魔方陣があるんだが、発動した事がない。
おそらく転移罠だろう、と言われてる。
迷宮にふさわしくない奴は飛ばされる。
そういう謂れのあるもんだ」
へぇ、そんなもんあるんだ……って?
「ちょっと良い、レンさん?」
「何だ?」
「何で今その話したの?」
「本来初めて入る奴には説明されるからな。
俺がいるから説明は省かれるだろう」
「さようですか」
「何を遠い目をしている?」
「フラグがたったなぁ……って思ってさ」
「旗などどこにもないぞ?」
「ああ、こっちの話。
明日は何が起きても動揺しないで下さいね。
何かあったら、ローナを連れて迷宮から脱出して下さい」
「はははっ、転移罠で飛ばされるつもりか?
眉唾物の噂だぞ?
まあ、ラルが飛ばされたらそうしてやるよ」
レンさんは笑ってるけど絶対見てるよな、あいつ。
「本当に頼みます。一応、さっきの魔道具で連絡できたらしますので」
多分飛ばされるしな。保険だ保険。
「よし、一通り話したな。さあ、この部屋から出ていけ」
おう、覚えていたか。というより、ローナいたの? なんも話さないから空気になってたけど?
「さあ、早く出ていくんだな。この後綺麗所が来る予定だ。
子供には見せられないことするからな。
ローナが混ざりたいなら居てもいいが、ラルは出ていけよ?」
ああ、この後お楽しみなのか? 朝には『昨晩はお楽しみでしたね?』的なことを言わなきゃいけないのか?
うん、辛い。ココにいるのは辛い。
よし、出ていこう。ん? ローナが顔真っ赤だけど、どした?
つうか、レンさんに抱かれれば俺が蘇生代払わなくてすむんじゃないか? そうしてもらえないか?
そんな感じでレンさんを見てみる。
言葉を発してないのに目で分かっちゃった。
うん、絶対に手は出さねぇ。意地でも俺に押し付ける気だ。
はぁ、分かったよ。さて、ローナを連れて出ていきますか。
「おい、出ていこう。多分、俺にもお前にも刺激が強すぎる」
「ふぇ?」
「だから、出ていくぞ」
そう言って手をつかむ。そのまま持ち上げて、いや、立てよ?
仕方ねぇな、よし、抱き上げてしまおう。
ローナの足の下に片手をいれて、片手は背中に添えて、持ち上げる。うん、横抱きの状態だな。
そのまま扉の前に行く。ん? 両手がふさがってて扉が開けらんねぇや。レンさんが無言で俺の横に来て扉を開ける。
ああ、ドアボーイみたいなことさせてしまった。
すれ違う時にローナになんか渡してる。
「あしたな? ちゃんと寝るか、間違い起こせよ?」
「おこすか!」
「ははっ、冗談だ。眠りやすくなる薬をローナに渡したから、寝れなかったら飲めよ?」
すげえ良い笑顔で言ってくる。
「まあ、ココはそれなりに良い宿だからな。防音は完璧だ。
楽しんでる声は隣には聞こえないからな」
「間違い起こす前提で話さないで下さいよ」
「お姫様抱っこして部屋に連れて行こうとしてるんだ、そう考えられても可笑しくないだろ?」
お姫様、抱っこ、だと?
「何だ? 気がついてなかったのか?」
おや? ローナの顔がさらに赤く……
「ぉ……して」
何言ってるんだ? こんな近いのに聞こえん。
確か隣だったな。さて、行くか。
「レンさん、お休み。明日はお願いします」
「おう、明日な」
そのまま部屋を出る。ん? 宿の人が前でまってる?
すっと歩き出して隣の部屋の扉を開けてくれる。
「ありがとう」
「いえ、お休みなさいませ」
優雅に一礼して扉を閉める。良い宿なんだな。
そのままベッドにローナを下ろして、離れる。
うん、ソファーはあるし、そこで寝るか。
確か毛布は買ったよな。袋のなかに、お、あった。
「何であんたと同じ部屋なのよ」
ポツリとつぶやく声で恨み言を言われた。
流石にイライラする。言い返しても良いだろうな。
「じゃあ、出ていけば?
俺は困らないよ?
金貨千枚を俺が払わなくてもよくなるからね。
ガーグ爺に払う分だけでも大変なんだ」
ああ、この言い方はダメだ。でも、止まらない。
「はっきり言ってお前に利しか無い話なのに文句を言われる筋合いがない。それとも、お前には金貨千枚分の価値があるのか?」
言葉が返ってこない。うつむいてなんか堪えてる?
はぁ、面倒だ。すげえ面倒だ。
ベッドに腰かけたままのローナの前まで行く。
顔を両手ではさんで無理矢理俺の方にむけさせる。
畜生、見た目はかなりの美人なんだよな
「嫌なら、自分一人で稼げば良い。何をしてでも払う覚悟があるなら何でも出来るだろう? 今んところ俺の後に付いてくるのが手っ取り早いか? ダンジョン攻略を考えてる奴に付いてればおこぼれ貰えるかもってか? お前、立場わかってないだろ?」
捲し立てる。止めらんない。全部言うまでとまらない。
泣きそうな顔してるけど構わない。
世間知らずすぎる、善意だけで人は動かないんだよ。
「大金を俺から払わせようってんなら、それに見会う事をやらないとな。俺一人に潰されるパーティーの魔術師程度が戦闘の役に立つとも思えないんだよなぁ? 言ってる意味わかってる? それ以外で役に立つところ無いんだったら捨てるよ? 俺のものらしいからね、お前。持ってるのも捨てるのも自由だよな? ほら、お前は俺から離れられるし、俺もお前の分の金貨払わなくても良くなるし、何だ、双方にとって良い方向にしか行かないじゃねえか? それとも俺の物のままで一回いくらで売り込み掛けてみる? 何ヵ月かで俺に金貨千枚払えるかもよ?」
冒険者なんだろ? 依頼を受ければ稼げんだろ?
死ぬ気で働けよ。自分一人が悲劇の主人公に成ってるなんて思い上がりも甚だしい。
どうせ、俺が一人で最下層まで行かされるだろうけど。
アイツが見てるならそうするだろう。フラグはたってる。
「敵意を俺に向けたい気持ちもわかるけどさ、お互いガキじゃないだろ? 心の底から服従しろなんて言わねぇよ、これは仕事なんだ。合同パーティーの相手には愛想笑い位するよな? 愛想笑いの裏で舌出して笑ってやりゃ良いだけだろ?」
なんで、俺が処世術をこいつに教えてるんだ?
おい、そんな方法あったのか? みたいな顔してんじゃない。
「意外そうな顔してるぞ? まあ、良い。
ほら、明日もあるんだから早く寝よう。お前がベッド使って良いから。俺はソファで寝る。毛布は買ったの使うから気にするな。じゃあお休み」
「あ、さっき渡された良く眠れる薬あるけど、飲む?」
そう言って俺に一つ小瓶を差し出してくる。
よし、鑑定。
『媚薬 朝まで元気』
効果:朝まで元気。どこが? わかるでしょ?
男も女も獣並みに成ります。
睡眠薬じゃない、間違いを起こさせる為の薬です。
「おい! 飲むなよ、それ飲むなよ。媚薬だぞ?」
「鑑定持ちでもあるまいし、そんな冗談通じないわよ」
飲もうとするんじゃない!
慌ててローナから瓶をひったくる。
鑑定してみよう。
『媚薬 朝まで元気』
同じもんだよ。こんちくしょう。
前世じゃ眉唾物な媚薬もこっちじゃどんな効果があるか。
二つともちゃんと栓をして収納袋に入れる。
危なかった。よし、何もなかったことにして、寝る。
「さっきの薬は俺が預かる。もう寝よう」
明日は迷宮攻略だし、気にせずいこう。