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第2章   花と花言葉 手紙の意味(仮)

 

 6



―――5月2日(土)



来週の9日が星桜(せな)の18歳の誕生日だ。



中学を卒業してから2年とちょっと、星桜はのんびりと過ごしていた。特にやりたいこともない。



高校はママに負担がかかるからと行かなかった。だからといってバイトもしていない。



「そうだ星桜。明日からの4連休、フラワーロードでお祭りあるから行かない?」



お祭り……別に屋台が出るわけじゃない。ママは昔から人が集まる=お祭りだと思っている。



断る理由が無いため星桜は行く、と返事をしパジャマから私服に着替えた。





パパが亡くなってからもう10年以上も経つ。長いようで短い。星桜もママと2人の生活に慣れた。



パパがいなくなってから星桜は最初、ママと口を聞いてくれなかった。ママに怒っているとかではなく、ただ喋るということをやめていた。学校も何日か休んだ。



そして1周間くらい経った時、星桜がママに聞いた。パパが何で死んだのか。



久しぶりの会話がそれでママは驚いたが、正直に答えた。



そして星桜はそっと、ママに抱きついた。





私服に着替えた星桜は朝ごはんを食べていた。今日はパンと目玉焼き。



「私今日ちょっと出掛けてくるね」



星桜には今日行きたい場所があった。風の涼しい……静かな場所。そこには考え事をするときよく行っていた。



暗くならないうちに帰ってくるのよ、とママは未だに星桜を子供扱いする。でもそれがまた嬉しかった。ママの愛情、優しさが伝わってくる。



男の子ならうぜぇ!とか言うだろうけど……。



食べ終わると星桜はすぐに家を出た。





空には青空が広がっている。外出するにはとてもいい天気だ。



神社や商店街から離れた、町外れに星桜の行きたい場所はあった。



芝生の地面に日傘代わりの木、公園というよりは散歩コースといったほうがあっているのかもしれない。



そこにはスケッチや読書をする人、散歩の休憩をする人が来る。



星桜はいつもの場所に腰を下ろした。そして青空を見上げ、思い出すように頭の中で整理した。それはパパのことだ。





パパは癌だった。早期発見で手術をし、もう安心できると思い始めた時だった。主治医の先生から転移が見つかったとママは聞いた。



しかも転移した癌の進行はかなり速く、みるみるうちにパパの体を痛めつけた。こんなことは初めてで、先生も打つ手がなかった。



抗癌剤治療はもちろんやった。体調の良い日は星桜と会い、楽しい話しをした。



(そんなことを知らずに私は……)



パパがここまで悪いなんて分からなかった。



(お星様にお願いしたって叶うわけなかったんだよね……)



パパが大好きだったお星様を嫌いと言ってしまった。



18歳は人生の1つの区切りだ。その日を迎える前に星桜は謝りたかった。



でもいざパパの前に立った時なんて言えばいいのか、どう謝ればいいのか分からなかった。



でも考えれば考えるほどある答えに向かっていく。そしてだんだんバカバカしくなってきた。



だって相手は星桜の大好きなパパなんだから。パパも星桜のことが大好きなんだから。



素直に謝ればいい。言葉に出来なくてもパパの前に立てばいい。それだけでパパには伝わる。それが親子だから。



そして星桜は歩き出した。





「パパ。久し振りだね」



静かで気持ちのいい風が通る場所に、パパのお墓はある。星桜は見様見真似でお墓を掃除した。



「パパ。これで合ってる?……ママがやってるの見てたんだけど、間違ってないよね?」



上から水を垂らし、一生懸命拭く。



「お花は持ってきてないの……。ごめんね。でも明日……綺麗なお花、貰ってくるからね」



星桜の口からは自然と言葉が出ていた。



「それと……ね」



星桜は唇を噛み締めた。



「…………」



赤らめた目を閉じ無言になる。



「ふふっ。声に出すと泣きそうだから……。じゃぁまた明日。今度はママと来るからね」



そう言い、パパのお墓を後にした。





―――次の日



「星桜、早く―」



朝からママは張り切っていた。



今日からの連休、フラワーロードでお祭りがある。フラワーロードっていうのは神社から商店街を突っ切り、町外れまで伸びている道のことをいう。



その道には四季の花が植えられているのだ。5月は春の花。毎年違う花が植えられているので楽しみにしている人はすごく多い。



そこでは花をバックに写真を撮る人や、匂いを嗅ぐ人、デートで来る人もいる。



そして商店街では1人に各種類1本ずつ花を貰うことができる。



「もう……。急がなくても逃げたりしないでしょ?」



「今年は特別なのよ」



何が何だか分からない星桜はママの後を追うので精一杯だった。





フラワーロードに続く道にはたくさんの人がいた。年に4回、毎年行われるこのお祭りはそこまでたくさんの人が集まるものではないが今年は違う。



星桜の驚く顔を見てママは言った。



「ふふふっ。だから今年は特別って言ったでしょ?」



早く行きましょ、とママは星桜の手を引っ張った。



そして星桜はまた驚いた。いつもの倍はあるんじゃないか、というほど花が植えられていたからだ。



それは今までに見たこともない花畑。星桜の足を自然と動かせてしまうほど魅力的だった。



「すごい……。きれー」



「星桜、あれを見て」



そういいママは指を指した。



指した先を見ると、そこには真っ赤な花が咲いていた。それは綺麗と一言で終わらすことの出来ないほど輝きを増して見えた。



そしてその花の近くに行き、ママは教えてくれた。



「この花はポピーっていうの。赤いポピーの花言葉は慰めと感謝。星桜にピッタリだと思わない?」



どういうこと?と星桜の頭にハテナ(?)が浮かんだ。



あとは自分で考えなさい、とママは詳しく教えてくれなかった。



フラワーロードを歩きながらママは昔話をしてくれた。それはもちろんパパとの思い出話だ。初デートはあの場所で星空を見て、次にここに来た。



「ママね、最初は花とかあんまり興味なかったの。でも女の子って、お花好き!っていうと可愛らしく見えるでしょ?パパの気を引くために嘘を着いたの。そしたらここに連れて来てくれたんだ」



パパ、優しいでしょ?とママは自慢気に言った。



「もちろん気を引くための嘘は付き合う前の話よ?お花が好きって言ったの覚えててくれたの」



パパについた嘘はそれだけだった。



「でも初めてここに来てから、本当にお花が好きになったの。花言葉だってたくさん覚えたのよ」



「もう、ママ惚気のろけすぎー」



星桜もそういう旦那さん見つけなさいよ、とママにからかわれた。



昔からパパは優しかったんだ。パパとママが結婚してくれて良かった。2人の子供で良かったと心からそう思った。



「どうしたの?星桜」



「なんでもないよー」



2人は仲良く、商店街の方に向かってフラワーロードを歩いた。




歩いている途中いろいろな人とすれ違った。元気にはしゃぐ子供、花に話しかける老夫婦。共通してみんなは満面の笑みだ。



それを見て星桜も笑顔になった。昔から変わらない、幸せのタネ。そのタネはすぐに発芽し、成長する。そして人の口角を上げ、綺麗な歯を出させる。



父方のおばあちゃんが教えてくれたこと。笑顔はいろんな人を笑顔にする。



おばあちゃんの影響でパパも花が好きだったみたいだ。



そしてメインはこの花畑。特別ってこともあり、いつもより花の種類も多い。どの花も力強く咲いていてとても綺麗だ。



商店街に着くと、ある場所に人が集まっていた。それは花をプレゼントしてくれるところ。各種類1本ずつだけれどまとめて花束にしてくれる。



「星桜、お花貰ってきましょ」



そういってママと星桜はそれぞれ花束を貰った。



そしてそこには手作りのマップも置かれている。花の絵と名前、フラワーロードのどこに咲いているかなど詳しく書かれていた。



それを見てここ行こう、あそこ行こうなどの楽しげな会話でワイワイしている。



「そうだママ、帰りに寄りたいところあるんだけど……」



「パパのところでしょ?一緒に行きましょ」



一瞬星桜はびくっとなった。心を読まれたような……そんな気がしたからだ。でもその考えはすぐに変わった。



「パパにもこの特別なお花、見せに行かないとね。それに星桜、昨日パパのところに行った



でしょ?」



「え?なんで知ってるの?」



「お線香の匂いが洋服に付いていたわよ」



そういうことか……星桜は安心した。



星桜とママは一通りフラワーロードを歩いた。花のいい匂いに包まれたこの道。



パパとママと3人で来れなかったのは残念だったが、これは星桜の中でとても大切な思い出になっただろう。



このお祭りはパパのため、星桜のため、明かすのはまたあとの話だ。





2人はパパのお墓に来た。



昨日は頭の中がいっぱいで気づかなかったが、確かにお線香の香りが(ただよ)っていた。



「パパ。お花、持ってきたわよ」



星桜はニコニコしながら花束を大事そうに抱えていた。



「それとパパ。昨日は星桜と何を話していたの?」



「それはいいの!」



2人の笑い声が響いた。そしてママはすぐに気づく。



「パパのお墓、綺麗ね」



昨日星桜が一生懸命掃除した。どっちみちここに来たのを隠すのは不可能だった。



頬を赤らめた星桜を見て、ママはふふっと笑った。



「どうだった?愛しの星桜に背中を流してもらった感想は」



星桜は照れ隠しのためか、無言で花立に挿す花の用意をしていた。ハサミは持ってきていないので、長く伸びた花の茎をちょうどいい長さに折り切った。



「あ、挿すお花は赤いポピーとアヤメね」



数種類の中からなぜその2種類なのか。続けてママは説明してくれた。



「赤いポピーの花言葉は慰めと感謝って話したでしょ?アヤメは良い便りとメッセージなの。2つ合わせて、感謝のメッセージ」



納得した星桜はママと一緒に花立に花を挿した。星桜とママの分。各2本の赤いポピーとアヤメ。



「それとこれもね」



そういってママは黄色い花を取り出した。それはキンセンカだった。花言葉は別れの悲しみ。定番といった花だ。



花立には5本の花が挿された。そして2人は目を閉じた。



パパに何を話したかは内緒。それは星桜にとっても、ママにとっても照れくさいことだったからだ。





  7



―――それから数日、5月8日の夜



今日は17歳最後の日。寝て起きたら18歳だ。



星桜はベッドの上で仰向きになってあるものを見つめていた。



7歳の誕生日、パパに貰った大事なプレゼント。小さな弱い光でも反射させ綺麗に輝くペンダント。



それを見つめていた星桜はふと思った。まだ、やり残したことがある。ちゃんと言わないと。悪いことをしたら・・・ちゃんと謝らないと。


星桜はベッドから出るとハンガーに掛けてあるカーディガンを羽織った。そして部屋からベランダに出た。



心地よい風・・・薄暗い街灯。星桜はその静かな世界の中、ボーッとした。そして自然と(よみがえ)ってくる思い出。それは良い思い出とは言えない。



この時間にベランダに出るのはあの日以来だ。



軽くトラウマになっていたのかもしれない。ママは気にすることじゃないと言っていたし、星桜も大きくなって分かっている。



お星様にパパを元気にしてとお願いしたこと。



星桜はゆっくりと目線を上げた。夜空には光輝く無数の星々。



「お星様は私の事……嫌ってますか?」



そういうと、星桜の目から一粒の涙がこぼれた。



お星様はどう思っているのだろう。星桜のことを嫌いになったのだろうか。そもそもお星様にそんな感情なんてないのか。



そんなことはいくら考えても分からないままだった。星空を眺めても、お星様は答えてくれなかったから。



「私は7歳の頃、お星様は嫌いと言いました。でもそれは私の勘違いなんです。お星様に……酷いことを言ってしまいました。ごめんなさい……」



続けて星桜は言った。



「私はお星様のこと、好きでいていいですか?大好きって、言ってもいいですか?」



星桜はお星様に届きますようにと願いを込めて言った。



「私はお星様のことが大好きです……3番目に大好きです!」



すると、お星様が答えてくれたかのように夜空に1つの星が流れた。



それを見て星桜は笑顔になった。そして一言、



「おやすみなさい」



そういって星桜は部屋に戻っていった。





「う……う~~ん……」



星桜は目が覚めると思いっきり伸びをした。



なんか体がダルイ……背中や肩が痛い……。



「寝違えたのかな……」



ベッドで上半身を起こした状態で肩を回す。右肩を3回、左肩を3回。その次に両肩を上げ、少し止めてから落とすように力を抜いた。



「よしっ!」



星桜はパジャマ姿のまま、ママがいるであろうリビングに向かう。



「ママ、おはよー」



ママはおはよう、と返事をすると星桜に一通の手紙を手渡した。



「何?これ」



「星桜宛の手紙みたいよ。でも差出人が書かれていないの」



それは封筒になっており、表には家の住所と篠宮星桜様と名前が書かれているが、裏には何も書かれていない。



開けてみたら?とママに言われ、星桜はその封を切った。中には1枚の手紙と、黄色い宝石が入っていた。



宝石はひし形のような形をしていてキラキラと輝いている。そして手紙にはこう書かれていた。



【その日の終わり、暗闇の中、示す先へ】



点で区切られた意味不明な言葉だった。



クイズやナゾナゾかな?と思って星桜はいろいろ考えた。



全部の文字をひらがなやカタカナにしたり、ローマ字にしたりした。でもどういう意味なのかさっぱりだった。



「これ……どういう意味?」



ママにその意味不明な言葉の書かれた手紙を見せたが、



「分かんない」



と、素っ気ない言葉で返された。



怪しい手紙なんじゃないかとも思ったがママ曰く、それはないらしい。



結局『意味不明』っていうことしか分からなかった。





それからママはすぐ仕事に出掛けた。



星桜は家の手伝いをする。食器を洗ったり、洗濯をしたり、掃除機をかけたりとそれは完全に主婦だった。



星桜はその間もあの手紙のことを考えていた。そして1つ引っかかったのは、怪しい手紙じゃないと言い切ったママの発言。



理由は教えてくれない……根拠のない発言だった。



ママは何かを隠している。



星桜はママを疑った。ママのことだから恐ろしいことを考えている……なんてことはあり得ない。



じゃぁ何を隠しているのだろう。あの意味の分からない3つの言葉もそうだ。



【その日の終り、暗闇の中、示す先へ】



そして一緒に入っていた黄色い宝石。



「全ッ然分かんない!!」



星桜は考えることを諦めた。ママが帰ってきたら聞いてみよう。考えても分からないから、とギブアップをしよう……そう思った。



それから星桜はテレビを見ていた。15時になったらおやつも食べた。



そしてソファーで横になっていると、いつのまにか眠ってしまっていた。





どれくらい寝たかは分からない。ガタガタッという音で星桜は起こされた。付いていたはずのテレビも消えていて、部屋は真っ暗だった。



「あ……あれ?……」



暗い部屋の中、星桜はあることに気づいた。台所の方に薄暗い明かりが灯っているのが分かる。そしてそれは星桜の方に向かってきた。



ゆらゆらと揺れる明かり。寝起きでピントの合わない目をこすり、その明かりをもう一度見る。



それはロウソクの火だった。



「あれ?起きちゃった?」



星桜が起きているのに気づいたママは、手に持っているそれをテーブルの上に置いた。ロウソクの火で微かに照らされたテーブルには何かが並べられている。



「星桜、消して!」



そう言われ星桜はふぅ~、とロウソクの火を吹き消した。



「星桜。18歳の誕生日、おめでとう!!」



そう言ってママは部屋の電気を付けた。



「どうしたの?これ……」



「奮発しました!」



テーブルの上にはロウソクの刺さったケーキ、骨付きチキン、それとお寿司。星桜の大好きなものが並べられていた。



「こんなに食べたら……太っちゃうよ……」



嬉しさのあまり、星桜の目はうるうるしていた。



「ママ……ありがとう……」



ママは星桜の頭を撫でた。





ホール状のケーキは星桜が切り分ける。まず半分に切り、半円になったケーキを3等分にする。3等分とは1つのものを3つに均等に分けること。これがなかなか難しい。



1つが大きく、もう2つが小さくなってしまった。



「星桜は大きいのをどうぞ」



ママは星桜の前に置かれている皿に大きいケーキを乗せた。そして自分の皿に小さいケーキを乗せた。



「3等分って難しい……」



それを聞いたママは声を出して笑った。笑わないで!と言われたがそれは無理な話しだ。



いじけた星桜はケーキを1口食べる。



口の中に広がる甘さ、いちごの酸味、それは星桜の大好きなケーキに違いなかった。



星桜の顔は自然と笑顔になる。美味しそうにケーキを食べる星桜の顔を見てママは嬉しくなった。そして愛おしい。



「大好きよ、星桜」



びっくりした星桜の顔がみるみるうちに赤くなっていった。



熱くなった顔を手で扇いでる中、星桜はあることを思い出す。そしてその謎はすぐに解けた。



「あ……そういうことか」



どうしたの?と聞くママに星桜は説明した。



「今朝届いたやつ。あれってママが書いたんでしょ?」



【その日の終わり、暗闇の中、示す先へ】



この手紙のことだ。



その日の終わりとは、今日の夜のこと。



暗闇の中とは、真っ暗になった部屋のこと。



示す先へとは、ロウソクの火が照らすもの。



「つまり、誕生日のことをさしてるんでしょ?」



星桜は自信満々に答えた。こう考えれば辻褄(つじつま)が合うからだ。



でもそれはすぐ否定される。



「え?ママはあんな手紙、書いてないわよ。それに誕生日だって毎年祝ってるし、今年に限ってそんなことしないわよ」



ママのいうことはもっともだ。それに星桜がたまたま寝ていたから、部屋を暗くして驚かせただけだった。



じゃぁ誰がなんのために星桜宛にあの手紙を書いたのだろう。



「でもママはあの手紙のこと知ってる感じだった。怪しくないってすぐ否定したし……」



ママはふふっ、と笑った。そして、



「鋭いわね。確かにあの手紙のことは知ってた。今日届くことも、誰が書いたかもね」



それを聞き、星桜はママに問い詰めた。



「じゃぁあの手紙の本当の意味も知ってるんでしょ?教えてよ……」



ママは困ったような顔をした。



「ごめんね、星桜。手紙の意味はママも知らないの」



ママもあの手紙を書いた本人に聞いたらしい。でもその意味は教えてくれなかった。



「手紙を書いた人って誰なの?」



「それは秘密。……約束だから……。でも星桜なら手紙の意味が分かるはずって言ってたわよ」



なによそれ。私には全然分からない……。



「考えすぎるのも良くないし、先にお肉とお寿司食べよ?」



ママは知らなくて、私だけが知ってることが関係してるのかな……。でもそれって何?



「星桜、聞いてる?」



「あ、ごめん……」



ママが星桜のために用意してくれた。毎年欠かさず祝ってくれた。誕生日の今日は考えることをやめよう。明日になれば何か新しい考えが浮かぶかもしれない。





骨付きチキンを手に取ると、ほんのりと温かさが残っていた。



星桜にとっての骨付きチキンは豪華な食べ物だ。よく食べられるものではないからっていうのもあるが、骨を持って食べることに豪華さを感じる。



お寿司はマグロが一番好き。サーモンやイカ、いくらの軍艦も好きだが最終的にマグロにたどり着く。



そしてやっぱり……量が多い。なま物のお寿司は絶対今日中に食べないと駄目だ。2人で食べたがそれだけで満腹になった。



「苦しい……」



「奮発しすぎたわね……」





それから2人はソファでテレビを見た。2人用だがママがやけに密着してくる……。



「ママくっつき過ぎ……」



「今日だけはいいでしょ?」



ママは星桜の肩を抱くように密着する。そして頭を撫でてくる。



星桜には嫌という気持ちはない。ただただ照れくさい……。ママのせいでテレビの内容が入ってこない。



「私もう18だよ?子供じゃないもん」



星桜は強がった。本当はすごく嬉しい。ママの温かさ、ぬくもりを感じる。そして安心する。



「ママにとって、星桜はいくつになっても子供のままなのよ」



子供はいずれ巣立っていく。親元を離れ、独立する。女の子なら尚更だ。そして親には迷惑をかけないようにと甘える事もやめてしまう。



子供に幸せになってほしいと思わない親なんていない。子供の幸せのためなら身を引く親も少なくない。



だから星桜が好きな人を見つけて嫁ぐまでは、ママは思いっきり愛情を注ぐ。



星桜の側にいたい、それがママの本音だから。



親にとって子供はいくつになっても子供。子供が年を取り親になったとしても、ママにとって星桜は子供のままだ。



「子供は親に甘えていいの」



星桜はママの温かさに包まれた。





ぬくもりを感じているのもつかの間、ママは大事なことを思い出す。そして星桜に「ついてきて!」と言い、2階に向かった。



2人は薄手のものを羽織り、ママの部屋からベランダに出る。



「こういう時っていつも晴れてるわね」



今夜も雲1つない。星がよく見える。



星桜が不思議そうにママの顔を見つめる。それに気づき、ママは話し始めた。



「今週の日曜日のこと、覚えてる?フラワーロードのお祭り」



星桜はうん、と答えた。



「人も多い。花の量も種類も多かった。……あれは星桜への誕生日プレゼントなの」



なぜ18歳の誕生日を選んだのかは分からない。心に残るようなプレゼントをしたかった。そして星桜にメッセージも残したかった。



「頭を下げてお願いしたの。この花を植えてほしい、たくさん植えて花畑にして欲しいって」



ママは絶対無理だと思っていた。これは個人的なワガママと言われてもおかしくないことだったから。だけど事情を話したら協力してくれると言ってくれた。



そして11年後の今年、実現した。



「あの時は夢や希望を失っていてもおかしくない時だったの。だけど前向きだった。星桜がいたから。そこに星桜の笑顔があったから。自分の人生を星桜のためにって」



自分の余命を聞いてあそこまで明るくなれないよ、と先生も言っていた。



「私にメッセージって……何?……パパは私になんて?」



「ちゃんと思い浮かべてよ?フラワーロードで綺麗に咲いていたお花のこと」



赤いポピー・・・パパが亡くなったら絶対星桜は泣くって。だからそれは『慰め』。それと同時に星桜には『感謝』していた。



カキツバタ・・・『幸せはかならず来る』。星桜の幸せはパパの幸せ。パパの幸せを星桜に、それは『贈り物』



ルピナス・・・星桜がいると明るくなる、元気になる。星桜のおかげでパパは『いつも幸せ』だった。パパにとって『あなたは私の安らぎ』。



アヤメ・・・これはパパから星桜への『メッセージ』。



「それを・・あの時に・・話してくれたら・・・私・・私は・・・」



星桜の泣き虫。パパが見ていたらそう言ったかもしれない。



「純粋にお祭りを楽しんでほしい。パパはそう思っていたの」



泣きながらフラワーロードを歩いたって、綺麗なお花は見えないよ。



「どうだった?あのお花畑を見た感想は」



「すごい……綺麗だった」



紛れも無く星桜の心に残る誕生日プレゼントになった。パパからのメッセージも一緒に。だけどそれはこれで終わりではなかった。





―――次の日。



星桜の大好きな卵焼き。ママが朝ごはんの支度をしていた時だった。



ドタドタと足音をたてて星桜がリビングに駆け込んできた。



「騒がしいわね。どうしたの?」



「出てきたの!夢に……パパが。……そしてこれも」



星桜の手にはあの意味不明だった手紙と、それと一緒に入っていた黄色い宝石が握られていた。




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