浜原支保の場合
「ううん…?なんだこれ…」
自宅の自室、まだ高校生だから親元を離れた訳ではない、部屋はおおよそ綺麗、だが彼女の性格を考えると三日すれば足の踏み場も無くなるだろう、今の綺麗さだって親に言われて綺麗にしただけだし。
自室のノートパソコンと睨めっこしながらいじってる彼女の名前は浜原支保青春真っ盛りの高校二年生、バレー部のマネージャー。
で、彼女は何故睨めっこしているかというと海外のサイトに来てしまったらしい。
ブランドの詳細を調べてる内に英語圏のサイトに、そして変なところをクリックしてしまい真っ白なページにポツンとメールアドレス…
支保はスマートフォンを取り出し調べる、元々覚えでもあったのか結論はすぐだった。
「これが噂の!あ~……なに聞こうかなぁ…相談にも乗ってくれるのかなぁ…」
取りあえずメールを送ってみる、すると返事が来る。
近所の飲食店の場所と飲食店に行く服装を聞かれる、なので歩いて五分ほどの所にある喫茶店とジャージを着ていくと返信する。
すると待ち合わせ日時が書かれた文章が送られてきた。
「なるほど…」
ふむふむとメモを取っていく支保。
「明日楽しみだなぁ」
と支保は筆記用具とメモをその辺にほっぼりだすのであった。
ーーーー
翌日支保は喫茶店で慣れない珈琲をすすっていた、アメリカンだかアフリカンだかの珈琲だか苦い事にかわりないのでは、と
支保の背格好は黒い短髪で上はクリーム色のジャージに下は紺色のスカートとハイソックスという格好、どうせ近所だしと手を抜いた結果だ。
支保が来てから五分もしないうちに次の来客が来たらしくドアチャイムが控えめな音をたてる。
結びダンガリーシャツとプリーツスカートという随分と場違いというか大胆というかな格好だ、人数を聞きにきた店員に対して待たせてる人がいると告げると何の迷いもなく支保の前に座った。
「ええと……浜原支保さん……ですよね?」
「はい、そうですけど…あ、もしかして」
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ああよかった、人違いではなかったとホッと胸を撫で下ろす、合言葉制は馬鹿馬鹿しいので一回の試験運用で中止、事前に服装を聞いておけば済む話だった。
噂には聞いてました!と目をキラキラさせている支保にやや困惑しつつ自分が出来る事と記憶喪失だとという事を伝える。
「……というわけでえと……私は矢吹流深と呼んでください、支保さんの頼み事というのは?」
「はい、その……学校でなんですけど……」
突然俯き話す支保、よくある女の子同士のドロドロとした悩み事なのかと少し身構える流深。
「ーー好きな人がいるので告白手伝ってください!」
……青春してて何より。
「ええと……じゃあ私は学校に行けばいいですか?」
「はい…実はその人とはアドレス交換とかもしてなくて…もしかして無理……でしょうか」
「いえ、やる前から諦めるのは性に合わないのでとりあえず明日は彼の近辺を調べてみたいと思います」
支保が礼を述べようとすると流深が再び考え出す。
「ただ一つ問題点がありまして…学校内だと迂闊に憑依出来ないですね……」
支保が何故かと聞くと流深が続ける。
「例えば私が憑依した相手が支保さんと仲の悪い方だったり他学年の全く接点の無い方だととすると支保さんと話したりするだけで他の生徒から不審に思われかねません、学校内という環境故にちょっとした行動が余計に目立と思うんです」
う~ん……と考え込み項垂れる流深
「周囲の誰か…となるとポツンと一人いる状況を作ればいいんだよね?」
「まあ……そうすればそのポツンと一人いる方に憑依出来るとは思いますが……」
そんな発想が出るとはやはり高校生は頭が柔らかいのだろうか、それとも気付かない自分の頭が堅いのだろうか……
「……ん、分かった、私が何とかしてみる、明日のお昼に学校のグラウンドに来て、あ、希望ヶ丘高校だから私、よしじゃあまた明日ね!」
言うだけ言って飲みかけの珈琲を飲み干し会計を済ませてどこかへ行ってしまった。
「それにしてもどこかで見たような……」
どこか見覚えのある顔に引っ掛かるものを感じながら身体を持ち主に返すのだった。
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お昼時間希望ヶ丘高校のグラウンドには二つの人影があった。
「ちょ、ちょっとあの幽霊の奴って都市伝説じゃないの?そんな相談だなんて」
「本当に居るのっ、昨日協力するって言ったよね?」
言ったけどさぁ……と力なく反論しているのは支保の友人だろうか、支保にぐいぐいと背中を押されている。
「よし、じゃあそこから動かないで」
グラウンド中央まで来ると支保は友人を置いてその場から離れる、走りながら幽霊さーんと叫んでいる。
「ちょ、いや、支保あんたなにかんが…………えと……これ……良かったんでしょうか……?」
2秒ほど硬直して急に大人しくなる。
「あ、入れた?良かったぁ」
と駆け寄ってる支保、まったく息を切らしていない。
ふと水溜まりに目を見ると見て茶色い髪の毛に正面から見て左側のサイドテールといった容姿、勿論制服姿。
「えと……彼女……嫌がってたような……」
「いいのいいの、協力してくれるって言ってたから、それより彼女の名前は船津悠よ、私と同じクラスの親友、じゃあ彼はクラスメイトだから教室に戻ろう」
はぁ、緩い返事をして校舎に戻る、返事と同じく緩く吹く追い風が彼女の背中を抜けていった。
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教室に戻り弁当を広げる、彼女の弁当を勝手に食べるのは申し訳なかったが食べない方が失礼と支保に言われた。
「で、その方はどちらに?」
「あの子よ、あの眼鏡」
と少し声を潜めて小さく指差す。
だし巻き卵を食べながら言われた方に目をやると痩せがたの男子が机の傍に立って話していた。
身長はおおよそ170センチぐらいイケ……メン……?うーん……まあ不細工では無いけど……
名前は箕浦翼、部活は帰宅部でいつも休み時間は翼ともう二人の人間と喋っているらしい。
「彼女はいないらしいけどさ、翼くんどうやら帰り道に女の子に話しかけられてるらしいからどうも気になっちゃってね……だから調べてくれないかな……?」
ストーカー紛いなので断ろうとしたのだが結局悠本人も同意してたから大丈夫と半ば強引に押しきられた。
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「じゃあ……お願いね」
そう言って彼女はやたらゴツい顔をした列車に乗っていった。
結局午後の授業をそのまま受け真っ先に学校を飛び出し最寄り駅である希望ヶ丘駅で翼を待つことにした。
20分ほど待っていると翼がやって来た、お昼休みに喋っていた友人と二人で帰ってるらしい。
希望ヶ丘駅はそこまで大きな駅でも無いし利用客も学生がほとんどなので見落とすことはまずなかった。
改札を抜けて跨線橋を通ってホームに並び列車に乗る、支保が乗った列車とは真逆の方向へ向かう列車だった。
向かい合わせに座るロングシート車両の一番端に座る二人、席は空いてないので悠は乗車口付近に陣取った。
ただし翼も悠の事を知ってるだろうからと少し遠くに位置したのが不味かった、会話の内容が聞こえない。
他愛もない話に花を咲かせているらしく時折片方が笑ってみたりスマホの画面を見て二人で笑ったりととても仲が良さそうだ。
悠の方もあまりじろじろ見ていると怪しまれるのでスマホで悠の定期券の範囲でも調べようかとしたが暗証番号が分からないので黒い画面をそれっぽく擦るに留まっている。
すると翼と一緒に帰っていた友人が駅で列車から降りていった、翼はいつも友人と一緒なので話を直接聞けるチャンスなのではと思い切って隣に座って話かけてみた。
「あれ?箕浦君ってこっちの方に住んでたんだ」
「ぇぅ……そうだよ、船津さんも珍しいね、まだ列車に乗ってるなんて」
まあ用事があるからね~なんて誤魔化したりしてとりとめのない話の中で思いきって切り出してみた。
「……箕浦君って好きな人いるの?」
翼は少しぎょっとしたのか少し目を見開きほんの少しだけのけ反った。
「えっ、えぇーと……まあい、いるけど」
「えー!!まじで!?同じクラス?」
一応それっぽく驚いてみたがどうだろうか……女子高生の驚き方ってよくわからないし悠自身こんな子ではないのかもしれない。
「いや……うん……同じクラスだけど……」
目を上下左右に泳がせながらいくつかの質問に翼がぽつぽつと答える。
次の質問を、と思ったところで翼がここで降りるから……と言ったので悠も慌てて下車、
「最後に質問!その子の部活は!?」
それはーー
ーーーー
「……答えてくれてありがと、ごめんね色々と」
翼は「大丈夫だよ」とぎこちない苦笑いを浮かべて帰って行った。
現在悠がいるのは大止場駅、行き止まりの駅ではないがこの先は無人の小さな駅が増えて列車の数も少なくなる所謂町外れの駅だ。
ここまで遠いと希望ヶ丘高校の生徒も少なく悠と翼を除くと家路を急いでるのか走ってる女子生徒が一人いるぐらい、そして悠本人が所有する定期券の思い切り範囲外である。
悠の鞄を少し物色してメモ帳とペンを取り出しノートを下敷き替わりに文字を書く、内容はこうだ。
『すみません、お体を借りていました。現在大止場駅です、運賃の方は支保さんに請求してください……』
メモ帳を見つめながら身体を持ち主に返す。
悠は激怒した。
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翌日昼休みに学校へ向かうと支保がグラウンドで呼び掛けていた。
「ごめーん!やっぱ悠からもうやだって言われたから誰か別の人で来てー!ここで待ってるからー!」
支保が待つこと数分一人こちらに駆け寄ってくる。
随分と変な走り方だ、運動は苦手らしい。
「はぁ……はぁ……はぁ……ちょっと……待って……」
校舎から支保のいるあたりまで100mも無いのに大層な息切れようだ。
「と、取り敢えず息整えて、ね?他人の身体なんだし」
「ふう……よく私だと分かりましたね……名前は桑名川亜寿歌です」
支保が目をやると毎日大変そうだなぁと思うぐらい美しく整えられた髪、濃いめの紅色といえば良いのだろうか……言葉を選ばないと餡子みたいな色をしている。
頭のやや後頭部に大きな黄色いリボンをつけて髪を纏めているようだで背はやや小さめ……ん?
「え!?まさかその娘に憑いたの!?」
「え?えぇとこの方支保さんの隣のクラスの方ですが何か問題でも……?」
「違う違う……その桑名川亜寿歌って子よ……翼くんに帰り道話しかけてるって言うのは……」
「えっ」
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一旦亜寿歌の教室に戻り弁当を拝借して支保達三人と机を囲む、支保、亜寿歌、そして悠だ。
何せ今まで憑いていた本人と会う機会なんてなかったので気まずい。
悠はジト目でこっちを凝視してくる。
「え……と……さ、昨日は失礼しました」
「いや、別にそれはいいんだけど……本当にいるんだなぁって……」
支保曰く彼女は現在進行形で超常現象目の当たりにしてることと憑かれてたという事を受けてあまり脳みその処理が追い付いてないらしい。
「で、早速本題に入るけど昨日悠を使った威力偵察はどうだった?」
弁当の小さいハンバーグを口に放り込みながら支保
気だるそうに頬杖をつきながら焼そばパンをかじる悠
亜寿歌が少し声を潜めて言う
「多分……告白しても大丈夫ですよ」
数秒間時間が止まった錯覚に陥った、悠が固まる支保に視線をやって焼そばパンを咀嚼しながらおお、とでも言いたいのか「んー」とやや高めの声を出した。
美術室の石膏像の如く固まって動かないが石膏像が赤面することは無いだろう。
「……それマジ系ですか」
声を潜めながら支保
「ええ、彼名前こそ挙げてはいませんでしたが色々聞いているとどうも支保さんしか該当しないんですよ」
そう話すと彼女はみるみると顔を紅潮させてゆく
「い、いやいや……何かのま、ま、違いかもしれないし」
顔からフレアでも出しそうな顔で目は元気に泳ぎ回っている。
ここまでの会話で結構騒いでいるが当の翼達はゲームに夢中だ。
「まず彼は好きな人は髪が短いといいました」
なるほどーと気怠げな相槌をうつ悠。
「さらに聞いてみるとその好きな人は部活でマネージャーをしているそうなんです」
「あっ」
短く声をだして少し目を見開く悠、支保は両手で顔を覆っているが耳は真っ赤である。
まず髪が短い、つまりショートヘアーの事だがクラスに支保を含めて4人いる、内二人が文化系の部活でもう一人がテニス部だ、となるとマネージャーこのクラス支保だけになる。
「えぇと……どうします?」
と亜寿歌。
「やばくねこの状況、両想いとかマジうらやまなんですけど」
超常現象に理解が追い付いていないというか元から気だるげらしい悠が続く。
「や……そのまだ心の準備……てか今日の私全然可愛くないし……明日……明日するから……」
途切れ途切れに呟いた後支保はお弁当をそそくさと片付け机に突っ伏して動かなくなった。
「じゃあ私はこれで」
とやることも無さそうなので身体を返して帰ろうとしたとき支保に待ってと言われた。
「ごめん……明日も来てくれるかな……なんか……その……一人じゃ怖くて……」
支保突っ伏したまま言葉を紡ぐ、一人じゃ怖いということだろう、亜寿歌は分かりましたと返事をして本人に身体を返すのであった。
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翌日お昼休みに他クラスの二年生の身体を借りて支保達の教室に入ると明らかに挙動不審なのが二人いた、言わずもがな。
「……どうしたんですかお二人……」
と悠に尋ねる。
「ん?あー、まあお察しの通りで支保が放課後体育館の裏に来てって言ってからこの調子」
一瞬誰だお前と言う顔をしてから悠が答える。
「その……途中までつい来てくれたらいいからさ……うん……」
その顔は真っ赤で手足も声も震えていた、悠も言っていたがまともに話せる状態では無さそうだ。
「ま、こればっかりはどうしようもないね」
の悠は達観した様子だった。
ーーーー
放課後の夕暮れ悠たち二人は体育館脇にある倉庫の影から見守っていた、支保を背中から見る形になっているが深呼吸を繰り返しているのがよくわかる。
するとそこにギクシャクと腕と足が一緒に前に出しながら歩いてくる男の子がいた、翼だ。
両想いとはいえ緊張する、見守る二人は知らず知らず握り拳を作っていた。
だが支保は極度の緊張からか翼来るや否や頭を下げ告白した。
「も、もう好きでしたっ!」
おかしいことになった、明らかに日本語としておかしい告白になってしまった。
誰もがやらかしたと思った直後翼は泣き崩れた。
泣きながら何か喚いている、文字にも起こしづらい
ぐらいにわんわん言ってるが「僕も好きでしたと」辛うじて聞き取れた。
支保もつられて泣く。
ーーそっと背中に左手を持っていってグッと親指を立てた。
「さ、邪魔なのは消えますか」
と心底安心した様子の悠
「依頼無事達成出来たようで良かったです、さて私もそろそろ」
と悠が遮るようにこう言い放った。
「その身体生徒会の会長だからさっさと戻った方がいいよ、もう会議の時間だろうし」
その後慌てて校舎に戻り生徒会のメンバーから冷たい視線を浴びせられた辺りで逃げるように身体を返したのは言うまでもない。
地名は自動車用品店から捩りました。