第六十八話 弾薬鞄とひざ当て
見た目より価値のあるものが存在する。見た目に騙されてはいけない
「うみゅ~」
「ミル、そろそろ起きよう」
俺の声にミルの体がビクッと震え、目が恐る恐るこちらを見る。
「お、おはようごじゃいましゅ・・・」
「おはよう。ミル」
ミルがゆっくりと離れたので、ベッドから立ち上がってリュックを開け、採集用、調理用、昨日買った解体用のナイフを各1本ずつ取り出し、弾薬鞄へ入れた。ミルは鞄の深さより長い解体用ナイフが普通に入っていく様子に首をかしげているが、寝ぼけているのかその異常さに突っ込んでくることはなかった。仮に寝ぼけていないとしても、ミルなら何も言わなかったかもしれないが。
「アリシア。そろそろ起きよう」
「ん?」
アリシアはまだ眠たそうにしている。ほっぺたをムニムニしてみると、不機嫌そうな顔で起き上がって来た。
「何よ」
「早く起きてほしいと思ったからな」
「もう・・・」
拗ねたようにそっぽを向いたアリシアを放置し、昨日もらった木箱に近寄る。俺の行動にアリシアとミルも近寄って来た。
「昨日もらったものね。本当に扱えるのかしら?」
「たぶん大丈夫だと思うが、まだ慣れるまでに時間がかかるからな。いつまでもこの箱をあっちこっちへ持ち運ぶわけにもいかないし、とりあえず鞄にしまおうと思ったんだ」
「でも、こんなに大きな箱、あのカバンには入らないわよ?」
アリシアはリュックを見ながら言っているが、俺はベッドに腰かけてこっちを見ているミルの横から、弾薬鞄を引き寄せて、木箱を開け、AVT-40用のクリップにまとめられた弾と予備弾倉を弾薬鞄へ入れていく。
「ああ、その小さなものだけしまうのね」
少し納得したような声が後ろから聞こえるが、俺は構わずにAVT-40も鞄へ入れ始めた。
「ちょ、ちょっと、そんな長いものは入らないんじゃないのかしら?」
「?」
ミルは首を傾げ、アリシアは俺の奇行を戸惑った声を出しながら眺めている。AVT-40が入っていくにつれ、ミルが驚いていくのが面白い。アリシアは逆に無言になり、AVT-40が完全に弾薬鞄へ入った後、不思議そうな目で弾薬鞄を見つめた。
「マジックバックだったの? この鞄」
「なんだそれ?」
「普通のカバンよりたくさんのものが入るカバンよ。とても高価だと思うんだけど、そんなに便利なものがあって、どうしてあんな大きなリュックを背負っていたのよ。あんなに長いものが入るマジックバックなら、あのリュックの中身も入らないの?」
「ああ、なるほどな」
確かにこれは弾薬鞄だが、なにも入るのが弾薬だけとは限らない。燃料として何でも入るし、銃や剣も入っているので、リュックの中身が余裕で入る可能性もあるわけだ。容量は無限なんだから、考えてみれば当たり前か。
「昨日の夜気がついたんだよ。この鞄はもらいものだからな」
「そうなの? とてもいいものをもらったのね」
アリシアは感心した感じで弾薬鞄を触っている。弾薬鞄は紙薬包とAVT-40の幅だけ物が詰まっているように見えるが、押してみると柔らかく、何も入っていない空っぽのカバンのように簡単につぶれる。実に不思議だ。結局、リュックの中身を取り出して入るか確かめたら、木箱の中身はもちろん、リュックの中身全部、リュック本体、木箱、アリシアが母親の形見だと言ったネックレスが入ったカバンなど、持ち物はすべて弾薬鞄に入ることが分かった。何を取り出したいかを思い浮かべれば、それ単体でも、鞄に入った状態でも取り出すのは自由自在だという事も分かり、今まで身体強化アシストまで使って重い荷物を持ったままあの山越えや旅をしたのは何だったのかと思って、しばらく3人でがっかりしてしまった。
「でも、この鞄だけでも非常に高価なのは分かるわね。あなたを買ったのは正解だった事がまた一つ分かったけど、このカバンもあまり見せびらかさない方がいいかもしれないわね」
「やっぱり、珍しいから目立つのか?」
「ええ。マジックバック自体はそんなに珍しいものじゃないわ。容量の少ないものならそんなにお金をかけなくても買えるし、手に入れるのも難しくないの。でも、こんなにたくさんのものが入ってカバンが膨らまないほどのものはあんまりないと思うわ」
「そうなのか」
アリシア曰く、安物のマジックバックは、容量の限界が近づくと普通のカバンのように膨らんでくるらしい。細かくは知らないらしいが、安いものだと普通のカバンの3倍くらい入る物を簡単に買えるとのこと。それでもそれなりに高価で、旅の途中で会った難民や、爺さん達にはとてもじゃないが手が届かない品物なのは、簡単に想像がつく。アリシアはあくまでも貴族令嬢なので、アリシアの安いと俺達庶民の安いは少し違うと言う事を改めて知った瞬間でもあった。
「とりあえず、昨日は夕食も食わなかったから、早めに朝食を取ろうぜ」
「そうね。お腹が空いたわ」
「はい・・・」
宿には食堂がなかったので、食べ物を探しに宿を出る。
「お、お客さんもう出るのかい?」
「いや、今日もまた泊まるつもりだ。部屋開けといてくれよ?」
「ああ、はいはい」
「カギはどうしたらいい?」
「なくされても困るから返してくれよ」
「それもそうか。今夜分の宿代を・・・」
「ああ、それは夜に来た時で」
「そうなのか、じゃぁ」
「まいどあり」
一応解析が終わったらしい剣と、弾薬鞄、カモフラージュで少し物が入ったリュックだけを持って宿を出た。昨日の木箱がない事に気がついたのか、おっさんは怪しむような視線を向けていたが、特に何か言われる事もなく、近くにあった露店でサンドイッチみたいなものを買って食べる。肉は入っているが、あんまりうまくはない。アリシアもあんまりおいしそうには食べていないが、ミルは普通に食べている。ある意味育ちの違いなのだろうか?
「昨日買い損ねたから防具を買おうか」
「そうね」
「はい・・・」
冒険者ギルドを目印に昨日防具屋や武器屋があった通りへ向かうと、朝方だからなのかあまり人がおらず、ところどころの店に客がまばらにいるだけだった。これなら落ち着いて防具を選べるだろう。
「いらっしゃい。護衛の兄ちゃん、この剣どうだい? 昨日出来上がったばかりの新品だぞ?」
「いや、剣はもうあるからいいんだ。彼女達用のちょうどいい防具を探しているんだが、おすすめは?」
「防具か。うちにあるのはこれだけだな。これは内側に皮、外側に軽めの金属を使っているから、軽くて丈夫だぞ? 兄ちゃんの使っているその皮鎧よりずっと防御力が高いと思うが、どうだ?」
「いくらだ?」
「お、いいねぇ。3ヘイルだ」
「王国通貨は使えないか?」
「ありゃ? 兄ちゃん旅人なのか?」
「いや、冒険者になったばかりでね」
「ああ、別にいいぜ。うちの防具を使ってくれるってだけでもありがてぇからな。王国通貨なら交換に手間がかかるから、少し割増しになって5フルかな。どうだ?」
「それでたのむ」
「毎度あり」
5フル支払って皮と金属の混合鎧を買う。1つしかないようで、とりあえずアリシアへ買った鎧を渡してみた。
「私が着るの?」
「アリシアかミルの為に買ったんだ。着るならまずアリシアだろ」
「うーん、鎧なんて着た事無いのだけれど」
買った鎧は前と後ろで別れており、腕の下、わき腹のところに金具があってそこでつなげるようになっているようだ。アリシアに万歳をさせて上から鎧を着せると、ミルに反対側を留めてもらいつつ、俺も片側の金具を留める。皮のベルトのようなもので留める仕組みのようだ。ベースは俺の皮鎧そっくりで、胸とお腹、背中、肩に金属のカバーがついている。お腹と背中側の金属板は長く、腰のあたりまで覆う構造のようだ。腕も足もむき出しなので、そこは別の防具が必要かもしれない。
「どうだ?」
「少し重いわね」
「重いのは仕方ないな。膝とかを守る防具はどこにあるか知らないか?」
「そういう細かい防具はもっと奥だな。この道を進みな」
「ありがとう」
防具屋の店員に聞いた通りに奥へと進むと、単純な剣などではない特殊な武器や防具が売られる店が目立ってきた。全身を覆うキラキラ輝く鎧とか、指に付ける針みたいな細い剣とか、変な物がたくさん売ってある。武器屋を素通りし、防具が売ってある店に入ってみるが、特殊な物ばかりで普通の防具が全くなかった。丸い盾なのに真ん中から太いトゲが突き出ている物や、四角い盾で四方を水晶玉みたいなものが覆っているものなど、何に使うのかよくわからないものが多い。
「おお、いらっしゃい。何を探しているんだ?」
「彼女達でも使える膝あてとか、肘とかを守る防具を探している」
「膝当てか。ならこの辺だな。好きなのを選びな」
店の奥から出てきたいかついおっさんが指さす棚を見ると、確かに膝当てなどが置いてある。皮製の物、金属でできた物、何かわからない素材のものなど、様々だ。膝当てなのに表面がごつごつしているものや、太ももやふくらはぎまで覆う大きいもの、ズボンのようになっていて下半身全体を隙間なく金属が覆うものなど、たくさんの種類がある中から、良さそうなものをアリシアにいくつか取り出してやる。ミルは近くにある小さなナイフを見ているようだ。装飾がついており、持ち手の部分に宝石がついている。
「これは何でできているのかしらね?」
「わからないな。あのおっさんも奥へ引っ込んじゃったし。これなんかどうだ? 皮だから付け心地よさそうだぞ?」
「そうね。金属だと重くなるから嫌だわ」
「膝と、こっちはひじ用かな。腕とかは覆わなくていいのか?」
「あんまりたくさんつけてもしょうがないわよ。重くても疲れるだけだし、本当ならこの膝当ても必要ないわ」
「いや、攻撃は俺が防ぐから良いんだけど、こけた時に膝とかを怪我したらいやだろ? それに草とかでも簡単に皮膚は切れるからな。こういう部分防御の防具だけでもつけといた方がいいぞ?」
「でも、やっぱりこれは重いわ。あなたの方が前に出るのだから、あなたがつけなさいよ。私はその皮鎧でいいから」
「いや、アリシアを守れなきゃ意味ないじゃないか」
「ぐぬぅ・・・」
もっともな事を言われてアリシアが黙る。重いのは問題なので後で考えるが、膝当てとかは買った方がいいだろう。結局皮製で裏地に布が張られたちょっと高いやつを3人分買う。王国通貨が使えなかったので10ヘイルも減ってしまった。3人分と考えると安いと考えるべきか、膝当てやひじ当てでこれほどの値段は高いと考えるべきか。貨幣価値がいまだによくわからない。
第68話です。コロナが終息したと思ったらまた再び広がり始めている昨今、8月が今日で最後ですね。
この間ハンドソープを買ったのですが、実はアルコールジェルと間違えて買ったことに使用してから気が付きました。容器は全く一緒だったので買う時しっかり見なかったのが原因です。皆さんは見た目に騙されないようにお気をつけて。次回もお楽しみに