第16話 命令の意味を理解せよ!
ドイツが誇る巨大な戦車、Mausに突っ込む寸前、ラインハルト伍長は脱出した。操縦手は脱出出来ず即死だ。彼も着地の際に片足を折り、思うように動けない。養成所で習った事柄に従い。早めに自殺するべく機銃を探す。突っ込んだMausは移動中で撃ってもらえそうにない。反対を見ると、別の道をふさぐKV1重戦車が目に入った。車体がこちらを向いているので機銃も見えた。拳銃は脱出時にどこかへ行ったので、死ぬには彼らに射殺してもらうしかない。ソ連兵に射殺されるのは癪だが、このままここをうろついて居ると、もっとひどい死に方をするのは目に見えていた。車両が撃破された後、選べるならなるべく体への損傷が少ない死を選ぶように習った。高速で疾走する戦車にひかれるよりも、機銃で頭を撃たれる方が良い。そう判断して近づいているが、なかなか撃ってくれない。1位の戦車が迫ってきた。かろうじて避けたが、このままでは確実にひかれる。あんな物に突撃されたら人間の体はどうなるか、小学校レベルの知能でも分かるはずだ。起きあがれぬまま、必死に手を伸ばしながらKV1に助けを乞う。
「早く俺を撃ってくれ、頼む!」
しかし願いもむなしく、機銃は発射されなかった。ラインハルトを高速で迫ってきた戦車が轢いた。
「なぜです?どうして機銃を?」
「さっきぶつかった奴らはドイツ人だ、敵がこちらに向かってきているのに撃たないアホがどこにいる。早く撃たんか!機銃の前にいるのは貴様だろうが!」
「り、了解…」
若干戸惑いつつも、機銃の安全装置を確認する。相手は見るからにけが人だし、拳銃すら持っていないと思う。疑問は尽きないが、一応敵チームのクルーであると割り切り、引き金に手をかけたとき、1位の戦車が私達の横を通り過ぎ、ドイツ兵があたかも居ないかのようにそこを通った。ドイツ兵はかろうじて避けたが、反動で地面に倒れ、動けないようだ、ドイツ兵がこちらに手を伸ばしている。言葉は距離がありすぎて聞こえないが、助けを求める合図なのは分かった。思わず引き金を引くのを躊躇ったが、これは間違いだった。2位の戦車が私達の横を通り過ぎ、ドイツ兵を石ころのように轢いていった。悲鳴もなく、物が潰れる鈍い音が聞こえた。
ポン
その数秒後、のぞき窓の前に何か降ってきた。人間の手首から先だけがそこにはあった。同時に後頭部に一瞬何があったのか分からなくなるほどの衝撃が来た。車長からの蹴りだと認識するのに10秒、蹴りの原因が命令不服従だけではないことが分かるのに5分を要した。
「お前は本当に人間なのか?人が引かれるのを指をくわえて見ているとはどういうつもりだ!」
「も、申し訳ありません!」
「今度俺の命令に逆らったら地雷を抱いてMausのリタイに突っ込ませるからそのつもりでいろ!」
「はい!」
「全く胸くそ悪いレースだ、おまえのせいで気分最悪だぜ」
「はい、すみませんでした。以後気をつけます!」
「きっと車体前面はドイツ野郎の血と肉まみれだな、整備班に任せないでおまえが処理しろよ?次の戦闘で匂いが残ってたら車外で掃除しながら戦闘しましょうよ。車長殿」
「いいだろう。こいつは榴弾の破片の経験から何も学ばなかったらしいな、シーマ、もう一度死ぬか?」
「いえ、今回のことで骨身にしみました。大丈夫です」
「そう願いたい物だ。帰ったら始末書じゃ住まないから覚悟しておけ」
「はい…」
結局その後は脱落者はなく、最初から1位をキープし続けた戦車が優勝してレースは終わった。ガレージに帰った後始末書を提出後に兵舎に呼び出され、事態を聞いたドイツ人から何をされたか、周りの他の国の乗員たちに何を言われたか、どんな目で見られたかは言いたくない。思い出すのもイヤである。たっぷり3時間かかった事の後、整備が出来ずイライラして待っていた整備班のメンバーに土下座までして謝り、なんとか45分もらって必死に掃除をした。私が見た手は丁寧に祈ってから取り除く。他にもいくつか肉片や血が付いており、乾いていたことや移動によるリタイの稼働によって取れにくく、見つかりにくくなっており、結局外装を全て見て回る羽目になった。一通り見ると匂いを確認し、匂いが残っている場所があればさらにそこを探しまくった。最後の肉片は砲塔を飛び越えて後部の排気管に付いた後排気管の熱でこびりついており、時間の問題もあってそれこそ命懸けでこすり落とした。43分で作業を終え、用具を掃除し、返却し、整備班を呼ぶ頃にはぴったり45分だった。胸をなで下ろし、寝室としてあてがわれている部屋で養成所からいただいた教本を読み返す。
《戦車を撃破された乗員は、流れ弾などによる悲惨な死を避けるため、近くの機銃手が速やかに頭を撃つこと。肉体の損傷が酷い死に方を経験しすぎると精神に異常をきたしやすくなるため、本人はもちろん周りの乗員にとっても悪影響である。乱戦中で混乱がひどい場合や、隠密行動中で発砲出来ない場合をのぞき、他国の乗員でも速やかに狙うことは機銃手の義務である。それを怠り、見殺しにするような乗員は厳しい目を向けられると覚悟しておけ》
養成所で最初の方に習う鉄則だった。習った当初は意味が分からなかったが、今回の一件で文字通り骨身にしみて理解した。
久しぶりの投稿です。体調不良のため更新不定期です。