Silvy~シルヴィ~
ナメクジのように進みます。
僕はプレイヤーの強みを生かし、少ない所持金を使いホウナンに狭い部屋を借りた。『リベスト』の最大所持品は30個。回復薬や装備品、得るであろう戦利品を考えると余った装備品を持ち歩くことはできないからだ。現実世界にいたときはお金をケチって余りの装備は全て売っていたが、プレイしていなかった者たちに装備を譲るなり売るなりしなければならないと考えると倉庫は必要であった。というのは建前でプライベートな空間、風呂、台所、ふかふかのベッドが欲しいという理由である。
未プレイヤーたちは当然泊まる金もなく、一部は借り部屋の広さに余裕のある者の家に泊めてもらったようだが、ほとんどがホームレスである。この格差是正が当面の僕たちの問題と言っていい。
数日もすればパーティーがいくつもできあがっていた。
目立つのは賢者をリーダーにおくアッー♂組。プレイヤーの中でもかなりの実力者揃いである。もちろん構成メンバーは男ばかりだ。アッー♂が改名イベントの手がかりをこっそり僕に聞いてきたのは内緒だ。
次に有力視されているのが拳闘士コロッケ率いる一団。彼らのパーティーはバランスがとても優れている。
未プレイヤー、プレイヤー混合チームとして名高いのがエルフの精霊使いフレイヤが率いるパーティーだ。女性同士で気があったらしい。ただし、前衛が弱い。剣士イムヤが一人で盾となって後衛が敵を魔術で叩くという陣形だが、何度も全滅の危機にあっているようだ。
主に未プレイヤーを中心としてタウン内で職業を持つ者も出始めている。プレイヤーが存在する中でわざわざ危険を冒してフィールド探索をする必要はないと踏んだのだろう。タウン内の仕事では食いつなぐのが精一杯だと思うがそれも一つの選択だ。
そして僕は、ソロで動いていた。別にぼっちだからではない。憧れのキャラクターの真似をしているだけである。
プレイヤーたちはもともとソロで活動している者も多い。僕もその一人というだけだ。
この世界に来て三日目にして初めて僕はギルドに向かった。ゲームでおなじみギルドは仕事の斡旋をしてくれる。ギルドは酒場も兼ねていて飲食も可能だ。マスターに酒を注文するとアドバイスをもらえたり、実入りのよい仕事を回してもらえたりする。店の一番奥には掲示板があり、様々な依頼票が貼られている。仕事の難易度や内容によって報酬がもらえる。
ちなみに我々が依頼を出すことも可能なようだ。掲示板の片隅に改名イベントの調査願が貼られている。そっとしておこう……。
まずは自分の懐具合を確かめておきたい。
念じるとステータスカードが中に表れた。ほぼ無意識で行動したことに驚く。もともとこの世界の住人であったかのように自然に体がこの世界のシステムを使いこなしてるのだ。
ヘルド
Lv.57
槍使い
所持金10980G
パーティーメンバー0
フレンドリスト0
ここでの友達とはフレンドリストに登録されている人の数という意味だ。ゲームだけあってフレンドリストに登録しておけばステータスカードを通してすぐに通話できる優れものだ。
だがソロにフレンドリストなどという甘えは必要ない。縛りを追加するのもゲームの楽しみ方の一つなのだから問題はない。別に友達が作れないわけではない。
そうさ、誰かが解決してくれるまで適当に生きのびればよいのである。部屋代は一か月3000Gだ。プラス食費と医療費くらいだったら十分ソロでも稼げる。
節約しよう、とステータスカードを握りしめ、決意するヘルドであった。
シルヴィアは困っていた。真面目一辺倒な彼女はゲームなんてしたことがない。ゲームの世界に飛ばされたなどと言われても誰が信じられるのであろうか。周りが誰なのかさっぱり分からない中、誰にも頼るべき相手が分からず途方にくれていた。まさか自分がホームレスをすることになるとは思わなかった。食事は何とか一部の高レベルプレイヤーによる炊き出しで賄えている。が、それに頼り続けることはできない。夢の中でキャラクターメイキングを行ったのは確かだ。白肌に水銀色のポニーテール。銀色の瞳。幼いころに好きだったアニメのキャラクターを思い出していた。彼女は“シルヴィア”が好きでよく真似をして遊んでいた。
(弓で戦う凛々しいエルフ……)
ご満悦のようだがこの時点で彼女は重要なことに気づいていない。彼女と同じくシルヴィアが貧乳であると。
ヘルドがソロで生活費を稼ぎに行こうと家を出、ギルドからタウンの門に向かう途中、滅多に見かけない弓使いのエルフがいた。弓使いは攻撃の命中率、威力、速度のどれを見ても最弱である。何も知らないで弓使いを選択してしまったプレイヤーはアカウントのデータをリセットして、キャラクターメイキングからやり直すか、ゲームそのものをやめてしまうほど使えないらしい。槍使いも人のことは言えない人気の無さだが、弓使いほど使いにくいわけではない。ただ単に知名度が低く、剣士や大剣士など花形の職業が存在し、それらの性能が良すぎるだけだ。決して槍使いが能力的にひどく劣っているわけではない。
見たところ彼女は未プレイヤーのようだ。未プレイヤーの中でも弓使いは少ない。後衛職業の花形といえば魔術師や僧侶だ。プレイヤーに比べると弓使いは若干多いようだが、相変わらず不人気職業で弓使いと槍使いは一二を争っていた。
彼女とふと目が合った。彼女は少し逡巡したのち、こちらに駆け寄ってきた。
「あの、初めまして。私、シルヴィアと言います。プレイヤーさんですよね? ソロなんですか?」
「うん、そうだけど」
プレイヤーでソロなのは見れば分かる。それなりに良い装備で一人、門から出ていこうとしていたのだから。
「お願いします! 私にここでの生活の仕方についてご指導願えませんか?」
必死の口調だった。だがしかし断る。
「ごめんね、僕、メンバー募集はしていないんだよ。ソロだからこそ余裕ないんだ。他のパーティーを当たってほしい」
「なら他のパーティーを紹介していただけるだけでいいんです。どうかお願いします」
無理を言わないでほしい。僕のフレンドリストは0だ。
「心当たりはないなぁ。ここで待ってなよ。すぐ他のパーティーが拾ってくれるよ、たぶん」
「それが、前のパーティーの方には断られてしまったんです。未プレイヤーの弓使いなんて足手まといにしかならないって」
「ひどい断り方をする。確かにレベルが低いから未プレイヤーはすぐにへばるし、弓使いなんて高レベルプレイヤーでもお断りしたいけれども、貧乳とはいえこんな綺麗に引き締まったヒップラインをした美少女が頼んでいるのだ。断り方くらい考えてもいいはずだ」
「言いたいことはそれで全部かしら?」
おっと? 目の前には青筋をたててもなお美しい少女がいる。どういうことだ?
「心の声のつもりかもしれないけど、全部漏れてるわよ」
「……ゴミンニ☆」
細めの撫でまわしたくなるような素足でのケリは見事に俺の鳩尾にクリーンヒットし、危うくさっきの昼飯をリバースしかけた。