冬の星 待つ者待たれる者
僕と彼女が住む街に冬がやってきた。小さなアパートのベランダには毎朝霜がおり、彼女の大切な観賞用パセリは粉砂糖をかけたみたいになる。
夜は空気が澄み、蒼い空に張り付いた星は氷の粒をちりばめたみたいでなかなか幻想的である。
僕と彼女の住む街は美星という。こんな素敵なことってあるかしら。越して来たばかりの頃、彼女は夜毎にそう言っていた。
星を見るのは彼女の習慣で毎日ベランダに出る。
深夜一時。きっかり深夜一時に彼女は空を見上げる。オリオン座を探しているのだ。
素敵な習慣でしょ。と彼女は言う。
僕が寒いの苦手だって知ってるくせに。
そんなことはお構いなしに彼女は古びた丸い椅子を引っ張り出してきて一緒に見ようと言う。
僕は背中を丸めて五分だけ彼女の星座鑑賞に付き合うことにしている。正確に言うと、星座鑑賞をしている彼女の横顔を見るためである。
青白い顔、きちんと手入れされた茶色い髪、低めの鼻、全てがいつも通りだ。小さな爪には淡いピンク色のマニキュアが塗ってあり、これまた小さな手には濃いピンク色の携帯電話を握っている。
彼女はアイツが来るのを待っているのだ。
僕はアイツが嫌いだ。第一、アイツの目は地上から離れすぎている。石ころにつまずいたって仕方ない。すましたメガネもいけ好かない。
彼女はアイツが来るのを待っている。
「別にここに来るわけじゃないのよ」
と彼女は笑い、胸の辺りで両手を重ねる。
ココ。と短くつぶやき、彼女は大げさに伸びをし、微笑んだ。
夜のにおいがする。
今日はもう来ないみたいね。部屋に戻りましょうか。
彼女は唐突にそう言った。
「うん。そうしよう」
彼女は僕の腕を掴んで離さない。身体の全てから冷たい気と寂しさが伝わってくる。
僕は自分の全てをもって彼女を温めようとした。
部屋の白い明かりよりももっと白く、頼りないその人は今にも消えてしまいそうな気がしてならなかった。
アイツがこの前来たのは秋も終わる頃だった。その時も彼女はこのベランダから星を見ていた。
「僕の街では星はあまり見えないんだ。星を見るには明るすぎる」
オリオン座を探す彼女にそう語りかけていた。
でもアイツが見えていないのは星だけじゃない。
それでも、彼女はアイツを愛している。
僕は冷たくなっていく彼女とは逆に、身体の中が熱くなるのを感じた。
星を見るのは彼女の習慣でその横顔を見るのが僕の習慣でアイツを待つ彼女が日常へ帰ってくるのを待つのが僕だ。
「明日はきっと来るよ」
僕はなるべく優しく言った。
僕にはわかる。左側のヒゲがピリピリするもの。明日は雨だ。アイツは雨の日にやってくる。
「そうね。ココアでも飲みましょうか」
彼女は清潔に微笑んだ。
初めてここに書かせてもらいました。未熟者ですが誰かに読んでもらえたら幸いです。冬・星座・お酒・ピンクこの小説のキーワードです。それぞれが彼女の心を描写しています。