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四話 燃える魔球

「!」


 大地はシャルの纏っている空気が変わるのを感じた。


 ――来るか。


 相手の雰囲気を変わるのを見て、大地はバットを握り直す。

 まだ自分が見たことのない未知の球、魔球。大地はそれがいったいどんなものか見極めようとする。


 二球目。シャルはピッチャープレートを踏みしめ大きく振りかぶり、左足を肩まで高々と上げて全身の筋肉を使って右腕を振り下ろす。



 すると、彼女の手から放たれたボールは熱く真っ赤な炎を纏う。



「燃えた!」


 思わず声に出して驚く。


 ボールはストライクだったが、大地は手を出すことなく燃える魔球を見送った。

 ベースを通過した燃える魔球はキャッチャーがいないのでそのままバックネットに当たると、コロコロと転がって止まる。その時点でボールを纏っていた炎は消えていて、ボールには焦げたりしたところはない。


「これが魔球か」


 大地はチラリとその魔球を投げたピッチャーを見やる。ちょうどシャルと目があった。


「もう貴様には打たせない」


「そうこなくちゃな」


 シャルの強気の挑発にと大地は不敵に笑って返す。


 カウントはツーナッシング。


 追い込まれた大地はさっきの魔球について分析する。


 ――球速はさっきのストレートよりも速くなっていた。ざっと一四五キロ前後ってところか。あの炎がロケットの推進剤みたいな役割になったのかもな。

 ――それでいてあの燃える魔球は投げたボールに焦げ跡すらついていない。つまりボールを燃やしているんじゃなくてボールの周囲を燃やして魔法の力でボールを燃えないようにしているということだ。だからボールを傷つけているわけじゃないしボールに異物をつけているわけじゃないから反則投球にはならない。

 ――まあだからといって打てないわけじゃない。炎を纏っているからといってもマンガのようにバットが燃えるなんてことはありえない。ライターの炎に素早く指を動かせば熱くないようにスイングスピードが早ければ問題ないし、そもそもバットがそう簡単に燃えるもんじゃない。

 ――そう考えるとあの魔球はただの速い球ってことだ。


 大地がそう結論付けると同時にシャルが振りかぶって三球目を投げる。


 ボールは再び炎を纏う燃える魔球。燃える魔球は当たれば長打になりやすいインコース低めへと放られる。


 大地はそれを待っていたといわんばかりにフルスイングする。タイミングはドンピシャ。大地は完璧に捉えたと思った。


 しかし、大地のバットは空を切った。


「……っ!」


「よし!」


 さっきとは立場が逆転した二人。


 これで勝負はホームランと三振で一対一の五分五分となる。


 だが大地にとって三振したことより驚いていることがあった。


 ――どういうことだ? 球が浮いたぞ。

 ――今まで速い球が手元で伸びてくることはあったけどそれとは球筋が違う。

 ――伸びる球ってのは投げ始めた時の速さの初速とベースを通過するときの速さの終速との差が小さいから打者にとって手元で浮かんだと目が錯覚するけど、あれはまるでフォークが上に曲がるような軌道で浮いたみたいだった。

 ――いや、球が浮くなんてことはありえない。球が浮くには最低一六〇キロ以上で毎秒六〇回転以上が必要だと聞いたことがある。あの燃える魔球にそこまでの球威と回転数はない。

 ――となると俺の見間違いか? それともあの燃える魔球にはまだ秘密があるのか……。







 勝敗を分ける三打席目。


「ふー」


 額の汗を拭うシャル。


 ――さすがに魔球の連投はキツイな。あと何球投げれるだろうか。

 ――しかしあの男に他の球は通じない。こんな時、姉さんがいたらなんて声をかけてくれただろう。

 ――……何を考えているんだ私は!

 首を横に振って弱気になってしまった気持ちを振り払う。

 ――姉さんはもういない。今は私がチームのキャプテンでエースなのだから弱気になってどうする!


 シャルは自分自身にそう言い聞かせ、大きく深呼吸をして荒れてきた呼吸を整えてから勝負に挑む。


「いくぞ!」







「うわっ、すげぇ気迫だな」


 シャルの気迫が大地にまでビリビリと伝わってきた。


 そしてシャルは一球目を投げる。


 ボールはまたしても燃える魔球。魔球はストライゾーンど真ん中に投げ込まれる。


 ――ど真ん中!?


 絶好球に驚くも、大地は絶好球を見逃すことなく振りにかかる。

 今度こそ打ったと思うが、バットは再び空を切った。


「……っ!」


 ――やっぱりだ。球が浮いた。


 ――今度は見間違いじゃない。ベースの手前でボール一個分浮いてきた。


 二度の空振りで確信する大地。


 けど大地はなぜボールが浮かぶのか理解できなかった。


 ――魔球だから燃えることも球を浮かすことも自由自在なのか。原理原則があるんじゃないのか?

 そこで大地はふとシェリルが大地に見せた魔法のことを思い出す。


 ――……そういえば水の塊を作った時にあいつは『魔法はこうやって体内にあるマナを変換することで使うことができるんです』って言ってたな。


 ――それって逆に考えればマナを何かに変換しなきゃ魔法が使えないってことだ。マナを水だったり炎だったり運動ベクトルに変換できるかもしれないが、必ず何かに変換しなくちゃいけない。その何かがわかれば今後魔球攻略の糸口がつかめるのかもしれないな。


 二球目。


 また燃える魔球。しかし今回は今までと違ってアウトコース高めに外れたボール球。大地はそれを見逃す。


 ――また浮いたな。どういう原理かわからないけどあの燃える魔球はボール一個分浮くみたいだな。

 ――厄介な球だ。


 ボールが浮く。言葉にすれば何でもないことのようだがそれを打つとなるとかなり難しい。

 人間は予測する生き物だ。バッティングは本来目で見て打ってるのではなく目で見た情報を元にどのタイミングでどこのコースに来るのか予測して打っている。ナックルが打ちづらいのは他の変化球と違って不規則に動くため軌道が予測できないためだ。


 そしてボールが重力に逆らって浮いてくる球なんてバッターにとって未知の球。経験のない球を予測することはできない。予測のできない球は打とうとしても身体が反応できず打てない。だから大地も浮く球をいつも通り振って空振りをしてしまったのだ。


 ――にしても。


 大地はピッチャーを見る。


 二球目を投げ終えたシャルは肩で息をするほど疲労していた。


 まだ勝負を始めてたった七球。疲れるにしては異常なほど早すぎる。シャルはまるで試合で一〇〇球以上投げたあとみたいな疲れっぷりだった。


 ――どうやらあの魔球は相当体力を使うみたいだな。


 そして三球目、四球目と続けて投げる燃える魔球を投げるがボールでカウントはワンスリー。あと一球はずせばフォアボールで大地の勝ちになる。


「さて、こっからがピッチャーとしての本質がわかるところだな」







「はぁはぁはぁ」


 すでにシャルの体力は限界で汗を拭ったり呼吸を整えたりする余裕すらなくなっていた。


 ――苦しい。

 ――身体が鉛のように重いしコントロールが定まらない。これが、私の限界。


「……くっ」


 シャルは不甲斐ない自分に嫌気がさす。


 ――たかが魔球を数球投げただけでこのざまか。世の中には一試合まるごと魔球を投げ続けるようなやつだっているのに。

 ――そもそも何で私はこの男と戦っているのだ? これだけの実力のあるやつならうちとしても欲しい。わざわざこんな苦労しないで潔く負けてしまえばいいじゃないか。

 ――……負ける? イヤだ。私は負けたくない! どんなに情けなかろうとみっともなかろうと負けたくない! 負けてあんな想いをするのは嫌だ!

 ――私は倒れてでもあの男を倒す!


 朦朧(もうろう)とする意識の中でシャルは相手バッターをジッと見据える。







「まだ目が死んじゃいないか」


 もうとっくに体力の限界だというのにシャルの瞳がまだ光を失っていないのを見て大地は感心するように呟く。


「バッターにとっては嫌なタイプだな。だからって容赦はしないけどな。熱く燃える球なんて打ち返して……?」


 熱く燃える球。


 そのフレーズが大地の中で閃かせる。


 ――そうか。あれが浮くのは魔法の力じゃない科学だ。熱いから球が浮くんだ。

 ――熱い空気は冷たい空気より軽いから冷たい空気に押し上げられて上に行く。熱気球もその原理で浮くことができる。だから燃える魔球の熱によって空気が暖められるから暖められた空気とボールが一緒に押し上げられて微妙に浮くのか。

 ――タネはわかった。あとは打つだけだ。


 自分なら打てる、大地はそう言い聞かせてバットを構える。


「いくぞ!」


 シャルが気合いを振り絞って五球目を投げる。


 これでストライクを外せばシャルの負け。シャルはボールをストライクゾーンに置くようなことはせず、燃える魔球を投げる。


 疲労困憊だというのに炎を纏ったボールは今までで最高の球威で真ん中低めへと放られる。


 ――ここからボール一個分浮く!


 カンッ!


 バットとボールがぶつかる金属音がグラウンドに響き渡る。


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