三話 神主打法
大地の構えはバットを身体の正面でゆったりと構える神主打法。リラックスした状態から全身の筋肉を動かすことで長打力が生まれる打法がだが、その反面スイングの芯がブレやすくバットコントロールが難しい。
大地の構えを見てシャルは眉をひそめる。
「奇妙な構えをするやつだな。そんなふざけた構えで打てるのか?」
「ごちゃごちゃ言ってないでさっさと投げたらどうだ? それとも怖気づいたか?」
「減らず口を!」
シャルはキッと大地を睨み付けると投球プレートを踏みしめて第一球目を投げる。
放られたボールは大地の顔面すれすれの危険球。
大地はそれを大きくのけぞってかわす。
「ボールです」
と言ってキャッチャーはシャルにボールを返球する。シャルは危険球に対して謝る素振りはない。
――わざとか。まあここまでは予想通りだな。
――にしても球速は一三五キロそこそことそれなりに速いな。それに危険球を投げる度胸とそれをさせるだけのコントロールもある。
――連敗するようなエースだからどんなもんかと思ったけど、それなりに実力はあるんだな。
大地は初球の球筋と投球練習から冷静にピッチャーを分析する。
――魔球ってのがどんな球がわからないが、男を格下に見ているからまだ投げてはこないだろう。となると次の球種は投球練習で投げていたスライダーかストレートのどっちかか。
――カウントからしてピッチャーの心理的に次はストライクが欲しい。初球危険球を狙って投げたのなら次の球種は大体三つに絞れる。一つはアウトコースいっぱいのストレート。二つ目はアウトコース甘めに入ったスライダーで打ち取る。三つ目は胸元をえぐるインコースのスライダー。
――今の彼女の心理的にあれが来るだろうな。
狙いを絞った大地はバットを構える。
シャルは自信満々に振りかぶって二球目を投げる。
ボールは大地の読み通りの球種だった。
大地はバットを思い切り振り抜き、ジャストミート。快音がグラウンドに響き渡る。
「なにっ!」
自分の球を打たれたことに驚きを隠せないシャル。
打球はグングン伸びてレフトのフェンスを越えてホームランになる。
☆
「くっ!」
シャルは悔しそうに歯を噛み締める。
――私の球があの男に打たれるなんて……。
――しかも球種を完璧に読まれていた。やつは私が胸元をえぐるスライダーを投げるとわかっていたのだ。
「なんだ、この国のエースってのはこの程度か?」
バッターボックスに立つ大地はシャルを挑発する。
「……っ!」
――私はあんな男に負けない。負けるわけがない!
大地の挑発でシャルも本気になる。
「いいだろう。私の本気を見せてやる。キャッチャー、勝負の邪魔だ。外れてろ」
「は、はい」
シャルに言われてキャッチャーをやっていた少女が外れる。
☆
「どうやらあの子もやっと本気になったみたいですね。まあ今のチームに彼女の本気の球を捕れる子が
いないから仕方ないんですけどね」
大地とシャルの戦いをベンチに座って楽しそうに眺めるシェリル。
「しかしさすが大地さんですね。あえて挑発してあの子に危険球を投げさせるなんて。もうあの子の性格を把握してるみたいですね」
と感心する。
「それにあの危険球を大袈裟にかわすことで自分が危険球に怯えたとピッチャーに思わせ、あの子の勝気な性格から二球目をどこに投げさせるか誘導するなんてやっぱり大地さんは腹黒い人ですね」
どうやらシェリルは大地に腹黒いと言われたことを少し根に持っていたようだ。
「でも、大地さんに彼女の魔球は打てるでしょうか? それどころか当てられるかどうか……。はてはて、二人の戦いはどうなるんでしょうね」
シェリルは二人の勝負の行く末を想像して胸を躍らせる。
☆
二打席目。
シャルは気持ちを落ち着けるために大きく深呼吸する。
――大丈夫。私の本気のストレートならあの男を打ち取れる。
「……よし!」
気合いを入れたシャルは大きく振りかぶって一球目を投げる。
球速は一四〇キロ。さっきよりも五キロも速くなったストレート。
シャルの渾身の一球はアウコトース低めの厳しいところを突く。
大地はそのボールを振りにかかる。
カンッ!
大地の打った打球は強烈なライナーで飛んでいくが、レフト方向に切れてファールになった。
「……」
――あ、あのアウトコース低めの厳しいところを引っ張ってファールにするだと。もしあれがファールになっていなかったら負けていた。
ほっと一安心するシャルだったが、バッターボックスにいる大地が全く悔しがる様子がないことを見て自分の考えを否定する。
――違う! わざわざ初球からあんな際どいコースを打ってくる必要はない。あの男はあえてファールにしたんだ。
――そう、あの男は待っている。私が魔球を投げるのを。
シャルは自然と笑みがこぼれる。
――おかしな男だ。あのままヒットにすれば勝負には勝てたというのに……。
――だが認めよう。あの男は名前すら聞いたこともないやつだが強打者だ。それも私が相手してきた中で一番の。
――いいだろう。私の魔球を受けてみるがいい。