二話 赤い髪の少女
森の中を移動していると大地が見たこともない生き物を見て大地は改めて自分が異世界に来たこと実感させられた。
しばらく森の中を進むと森から抜けてグラウンドまでやってきた。
大地はグラウンドを見て本当に自分が異世界にやってきたのか疑問に思ってしまった。
なぜならそのグラウンドは自分のいた世界で見慣れた野球のグラウンド。マウンドには土がしっかり盛ってありピッチャープレートまでちゃんと敷いてある。外野には芝生が生えておりフェンスまである。
――これは思ってたより本格的な練習場だな。うちの学校よりも設備がいい。
異世界なのに異世界らしさを感じさせないグラウンド。そのせいで大地はここが異世界ではなく元の世界なんじゃないかと錯覚しそうになる。
だが大地はグラウンドの練習風景を見て自分がいた世界とは違うことを実感した。
「なんでグラウンドに女しかいないんだ?」
グラウンドで練習しているのは女性だけで男性は一人もいなかった。それに全体的に年齢が低く大地には中学生ぐらいのようにも見えた。
そこに、大地が口にした疑問をシェリルが説明する。
「この世界で魔法を使えるのは女性だけですからね。魔法を使えば男女での身体能力の差はあまり変わらないですし」
「魔法ってのは身体能力を上げることができるのか」
「正確には身体能力が上がるわけではなく、マナを力のベクトルに変換しているだけですけど」
「じゃあ実際に筋肉がアップするわけじゃないのか」
大地の考えにシェリルは「そうですね」と肯定する。
「でもそれだけなら男の選手がいてもいいんじゃないのか?」
「それがこの世界には変化球だけでなく女性だけが投げれる魔法の球、魔球がありますからね。そうなると魔法に精通している女性が有利という考えがあるんですよ」
「……魔球? そんなのもあるのかよ」
――これだからファンタジーは。
やれやれと大地は嘆息する。
「まあ今のは建前で本当は華があるからでしょうね」
「どういうことだ?」
「この世界にとって野球は一つの産業です。だから試合となると大きなお金が動きます。そして男性選手より女性選手の方が集客力もありグッズが売れやすい」
「つまり客寄せパンダか」
「かといって女性選手が男性選手より劣っているわけじゃないですけどね。もちろん男性選手が試合に出ることだってありますよ」
「ふーん」
大地はシェリルと話しながらグラウンドで練習している様子を見ていると、一人の少女に声をかけられた。
「誰だ貴様は」
まるで不審者を見るような目で大地を睨み付ける。
その少女は燃えるような真っ赤な髪で歳は大地と同じくらい。背は一五五センチと小柄で女子ソフトボールの選手が着るようなシャツとショートパンツを穿いている。その恰好はグランドで練習している女の子達と同じ格好だ。
――この子も選手なのか。しかしこの状況はまずいな。
このままでは不審者に思われると思った大地はシェリルに事情を説明してもらおうとシェリルがさっきまでいた場所に視線を向けるがシェリルの姿がない。
――あいつ、どこに行きやがった!
「さっきから私たちをじっくりと観察していたな。もしかして貴様は変態というやつなのか」
「違う!」
仕方なく大地は自己紹介をする。
「俺は久瀬大地だ。野球の助っ人としてここに呼ばれたんだ」
「助っ人だと? そんな話は聞いていない」
――あの女、伝えてないのかよ……。
「だいたい魔法も使えない男など戦力にならん。そんなやつに助けてもらう必要はない」
強い拒絶の態度を取る赤い髪の少女。
――その上こいつは男を毛嫌いしてるみたいだし。こんなんで大丈夫かよ。
――仕方ない。
「待て、俺は女だ」
「……なん……だと。本当か?」
「ウソだ」
真面目な顔で言う大地。
「お、おのれ! 騙したな」
「まあ落ち着け。今のは冗談だ」
「なにっ! どういうつもりだ!」
大地はわざと相手を怒らせて自分のペースに持っていこうとする。
「俺が言いたいのは相手が女だろうが男だろうが見た目じゃ判断できないだろ。相手の実力なんて実際に見てみないとわからないもんだからな」
「ほう、なら私と勝負して証明してみるがいい」
「ああ、いいぜ」
大地は相手をうまい具合に自分のペースに持っていくことができてニヤリと笑う。それと同時にこんな簡単に乗せられて大丈夫なのかと赤い髪の少女のことを心配する。
「それで、どうやって勝負をするんだ?」
「三打席勝負だ。三打席で貴様が私から一本でもヒットが打てれば貴様の勝ちだ」
「なるほど」
――三回に一回。つまり打率三割。魔法のあるファンタジー世界でも三割打てればいい方ってことなのか。
――だけど。
大地は人差し指と中指でピースを作る。
「二本だ」
「なに?」
「三打席中二本打てたら俺の勝ちでいい」
その大地の言葉を聞いて赤い髪の少女は大地を鋭く睨み付ける。
「この私から二本だと。ふざけるのも大概にしろよ」
「それはこっちのセリフだ。あんまり男を甘く見るなよ」
「いいだろう。ならばとっとと打席に立て!」
「その前にスパイクぐらい履かせてくれ。そっちだって投球練習が必要だろ」
「ふんっ!」
と赤い髪の少女は大地を一瞥するとマウンドに向かってキャッチャーを呼んで投球練習を始める。
その間に大地はこの世界と一緒に持ってきていた野球カバンからスパイクを取り出して投球練習を眺めながら履き始める。
そこに、さっきまで姿をくらましていたシェリルが満足げに大地に話しかけに来た。
「やはりあなたを呼んで正解でした」
「おい、お前は今までどこにいってやがった」
シェリルの姿を見て大地は忌々しげに言う。
「おや? 大地さんはそんなにわたしと一緒にいたいのですか? さすがのわたしもちょっと照れます」
ポッと赤く染まった頬を恥ずかしそうに両手で押さえるシェリル。
その行動に大地は軽くイラッときた。
「ちげーよ。お前がしっかり説明していればこんな勝負しなくて済んだだろーが」
「えー、でもこっちの方が面白いじゃないですか」
「……っ!」
大地はグッと拳を握りこんで怒りを我慢する。
そんな大地の気持ちを無視するようにシェリルはマウンドで投球練習をしている赤い髪の少女を見詰めている。
「それに、あんなに闘志をむき出しにしているシャルは久しぶりです」
「シャル?」
「あの子の名前です。あの子はあれでもこの国のエースです」
「ふうん、やっぱあいつがエースか」
スパイクを履き終えた大地も赤い髪の少女シャルを見る。
――投球練習で投げたのはストレートとスライダーか。たまもそこそこ走ってるし速球タイプのピッチャーか。
「エース相手に二本もヒットが打てるんですか?」
「まあ見てな」
シェリルの質問に素っ気なく答えると、自分が持ってきたバットケースから金属バットを取り出して右のバッターボックスへ向かう。
ちょうどシャルも投球練習を終えてこっちにやってくる大地を睨み付ける。
「貴様など三振にしてくれる」
自信たっぷりのシャル。
「それはどうかな」
と大地は余裕ありげに言ってバッターボックスに入ってバットを構える。