旅歩き
ある晴れた日、どこまでも続くような道を二人の旅人が歩いていた。特に急ぐ事も無く、ゆっくりと、その一歩一歩を楽しむかのように進んでいく一人をもう一人が疲れ切った顔で見上げていた。
どこまでも、どこまでも続くのではないかと思うほどの遠い遠い道のり。前に見えるのは一点先も何も無いタダの荒れ狂う激しい道だけ。けれども楽しそうに口笛までもやってのける一人に、もう一人がとうとうグゥの音を上げた。
「いいかげん、休みませんかイエスさん。」
その言葉を待っていたのか、イエスと呼ばれた30代前後の男性は微笑みながら言葉を返した。
「随分と疲れているようだね?ぺト。君はこの道のりを少しも楽しまなかったじゃないか。どうしてだい?」
「どうしてと言われましても。辛くて、痛くて苦しい道なんて楽しめるはず無いじゃないですか。」
しかめっ面をして語るぺトにさらに笑みを深くしてイエスは静かに言い始める。
「まさに人の人生そのものだよね。辛くて、痛くて苦しい道なんて楽しめるはず無い。でも、そんな中でも少しながらも良いこと、幸せな事が必ずある。ただ単にそれを見ようとしないだけなんだよ。私はこの道のり、けっこう楽しんでるよ。見る物、触れるもの、歩く事、息を吸う素晴らしさ。全てにおいて楽しいんだ。」
「すみません。俺には解りません。」
「いいかい?ぺト」
イエスは困ったような苦笑いをしながらぺトに優しく説明した。
「普通に感じるものが無い者もいるんだよ。足が無かったり、動けずにベットの上にいる者もいる。手が無かったり、喋れなかったり。目が見えなかったり。その点では私達は贅沢をしていて、そのことが当たり前だと思っていて、感謝の気持ちをないがしろにしている人達って多いよね。全知全能の神から頂いた命と人の人生。だから私は君に付いて来てもらったんだ。毎日の小さいようで大きい幸せ。少しは解ったかな?」
「...はい。」
この人は優しい。地球上すべてのものに。慈しみ、愛を注ぎ、そして多くのものに恨まれ、憎まれ、命さえも狙われながらもその者たちを愛すのを止めない。
「イエスさん。」
「うん?何かな?」
そこにはもう疲れた顔で訴える者はいない。強い眼差しと決意に溢れた短髪の男がいるだけ。
「貴方のお側で学ぶ事をお許しください。貴方の様に色んな方向から見たり感じたり、人を愛しむ心を学ぶ事をお許し願いますか。」
「うん。いいよ。」
もし私がいなくなっても、きっと君が多くの人を導いてくれる。
「え?」
でも、忘れないで欲しい。私が地上からいなくなっても、君たちと一緒にいるから。心の中でいつまでも。
「イエスさん?」
口が閉まっているのに頭の中まではっきり聞こえてくるイエス師匠の声に驚くぺト。
「じゃ、行こうか。少ししたら気の良い家族がいるからそこに泊めてもらおう。」
「え?来た事あるんですか?」
「まあ、そんなものかな。」
そう言いながら俺の師匠はまた楽しそうに歌いながら歩いていく。俺も続けて歌いながら歩く事にした。
鳥が行く。人が行く。
空へ、彼方へ続く道♪
終わりはないけれど
この目蓋閉じるまで
碧い空にある夢を♪
追い求め歩いていく
うーん、なるほど。たしかにこりゃ楽しいな。
続く
どうでしたか?
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気になった方々は是非読んでみてください。