ハインライン
千住智明は、無言になった携帯電話をつかむと、受話器に向かって、「もしもしー」とやたらめったら大きな声をあげた。
「千住さん、うるさいよ」
所長の席の黒革の椅子に背を預けている謂神黒羽は、ファッション誌から眼だけ上げて、冷たい声で事実を述べる。
「あーぁ、清野さんまたいきなり切っちゃった。まったくマナーのなってない人だなぁ」
千住は舌打ちをする。
「自分が犯人だってバレて、バレた相手から人を殺してくれなんて言われたら、普通動揺して電話くらい切るでしょ。千住さんは人の心が分かってないね」
黒羽は軽く笑う。
「ひよっこの君には言われたくないね。まだ仮採用のくせに」
「じゃあ、本採用してくださいよ、所長様」
黒羽は伸びをしながら、あくび交じりに言う。そうは言ったものの、大して関心がないようだ。
「椅子椅子」
突然、千住が叫びだした。
「椅子が何です?」
「そこボクの椅子だよー」
「千住さんって、感情が高ぶる時一人称 ボクになりますよね」
黒羽は人の悪い笑みを浮かべる。
「すぐにどきますよ」
黒羽は、ファッション誌を机に置き、立ち上がった。そう、ここハインライン商会の所長は、千住智明その人だ。弱小とはいえ一組織のトップに相応しい人物かは神のみぞ知る。