殺人卿
「もしもし」
携帯電話に出た男は、かすかに眉をしかめた。
「くふふ、うふふ」
男のいささか甲高い気味の悪い笑い声が聞こえてきた。なんだいたずら電話か。こんな電話かかってきたことなかったのに。男が電話を切ろうとした瞬間、いたずら電話の主が声を発した。
「あなたの殺人、ばれちゃってますよー」
能天気な、それでいて神経を逆なでする声だった。
「っ」
息を呑んだ男は、とっさに通話ボタンを切った。すぐにしまったと思った。警察に言うようなら、口封じをしなければ。警察にさえ疑われず、事情聴取さえされなかったのに、どうしてあの男は俺が犯人とわかったのか。ただのいたずら電話と思いたかったが、男が犯行から、3日目というタイミングを考えると、まったくの偶然とは思えなかった。警察とは違うルートで、調査した何者かが、俺に辿り着いたのだ。男は慄然とした。男の混乱した思考を、携帯電話の着信音が止めた。
「…もしもし」
「いきなり切っちゃうなんて、失礼じゃないですかぁ。社会人失格ぅ!」
電話の主はそう言うと、「いひひ」と気味の悪い笑い声を立てた。得体のしれない男だと、殺人を犯した自分を差し置いて、男は思った。
「何が目的だ、金か?」
男は低い声で問うた。
「お金なんて要りませんよーわたくし、お金に不自由したって犯人さんを脅すようなマネしませんよ。ただちょっとお願い事があるんです。殺人犯の清野忠志さん」
ふふと、電話の男はまた笑った。清野は、ふらりと揺れた身体を何とか立て直した。貧血なんて何年振りだろうか。
「わたしのお願い聞いてくれます?」
清野は返事する気力もなかった。電話の男はなぜ殺したのが俺だと分かったのか、いや、あれは事故だ、俺は悪くない、そんなとりとめのない考えが頭の中を交差する。