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9.恥ずかしいです

9.恥ずかしいです


「いやいやいや」

 あきらは窓から見える男に向かって、何度も首を横に振ってみせた。

 いくらハロウィンの本場だとは言え、イベント行事が全身を隠した不審な男が大学のキャンバスにいていい理由にはならない。時期も少し外している。

 彼女の意図に気付かなかったのか、窓から見えるその男はタオルを帽子の中にねじ込んで木の陰から出ていった。無警戒な軽い足取りで、グラウンド沿いの細い道を歩いて大学校舎に近づく。

 そんな彼に、たまたま外に出ていたらしい男の教授が近づいた。

「ちょっとアンタ、誰なんですか?業者や勧誘はお断りしてるんです」

 厳しい口調で年配のその教授は黒ずくめの男に詰め寄って言う。窓を開け、様子を見ていたあきらにもその声は聞こえた。一方、男は彼を見て首を傾げた。

「業者?別に何にも売らないぞ。ああ、暇なら売る程あるか」

「何を言ってるんだ、全く。仮装にしても、時と場所を選びたまえ」

 男の台詞は、教授にとっては面白くないジョークにしか聞こえなかったらしい。堀の深い顔にさらに皺を寄せ、不機嫌になったのを露骨に顔に表した。それを見て、男が目を瞬かせる。相手がなぜ怒っているか、まるで分かっていない。

ここまで聞いて、あきらは目を教室の出口に向け、その場を後にした。

 彼女の視線の有無にも気付かず、二人はまだ言い合っていた。

「必要があってしてるんだがなぁ。何、自由の国の住民でも風習文化にゃ縛りがあるの?」

「TPOなら山ほどな。これだから最近の若いのは……」

 面白くもなさそうに呟く老人に、男がいきなり頬を膨らませた。プッ、という息の漏れる音が、閉じた口から漏れる。手で口を押さえ、男は背筋を曲げた。堪え切れない、といった具合に裏返った笑い声が手の下から上がった。

「ふふ、くくっ。あ、アンタの方が年下だって……」

「はあ?一体何を」

 言ってるんだ、と言いかけた教授の下に、ようやく校舎の玄関を出られたあきらが駆けつけた。二人の間に立ち、教授に向かって弁解する。

「す、すいません教授。この人私の知り合いなんです。ご迷惑をおかけしました」

 そう言われて、年配の教授は最初胡乱げな顔をした。こいつの知り合いか、と言いたげな目を彼女に向け、そして嫌味っぽく言う。

「……友達は選ぶんだな」

 それだけ言うと、彼は二人から離れていった。任せた、と言わんばかりに突き離した態度だった。

「何だい、愛想のない。私の師は全員常にニコニコしていたぞ」

「それは……、多分、強く出られなかったからじゃないですか?」

 彼女の推測は当たっていた。

 彼の言う講師は全員親が作ったゾンビなので、粗相のないようにそうせざるを得なかったのだった。

「何だ、君もロジオンみたいな事を言うな」

「……ん、あれ?お一人なんですか」

「ああ、アイツはね、今は……」


「マミー、変な人が冷蔵庫にいるよー」

「見ちゃダメよ。行きましょう」

 ロジオンの目の前で、たくさんの親子連れがお決まりのようにそんなやり取りが繰り返された。身動きが取れないまま、彼はリズが帰ってくるのを待つほかなかった。

 今彼がいるのは、大手スーパーの冷凍食品コーナーにあるガラス戸の裏側だ。店舗自体の規模が、日本のデパートの五倍はある広い敷地と、むき出しの鉄骨が望める高い天井とが広がる空間の一角。車でも入れられそうな販売店用の冷蔵庫の中には、ピザやケーキなどといった冷凍食品のパックやケースが所狭しと詰め込まれている。鏡のようなパッケージの光沢が、霜の降りる冷蔵庫内で控えめに光っていた。ショーケースの役目も兼ねたガラス戸越しに、訪れた客達はその様子を見る事ができた。

 そんな中に誰か入っていれば、嫌でも目立つ。子供がいたずらで入るのはもちろん、大人が入っていれば嫌が応でも道行く人の目に入る。

 好奇と嫌悪の目に晒されながら、ロジオンは無心になろうと身じろぎせず、じっと天井から下がっている蛍光灯を睨み続けていた。元いた城の中よりも温暖なこの地域で、人一人が入れる低温な場所というのがここしか見つからなかったからである。肉が凍るのはロジオンとしても望む所ではなかったが、蠅にたかられるよりはマシと自分に言い聞かせて入っていた。

 しばらく経った頃、冷蔵庫の扉が開かれた。やっと来たか、とロジオンが視線を自分の前に戻す。

胸を撫で下ろすのも束の間、彼の前に現れたのはリズではなかった。不機嫌そうな顔をした中年の女性店員が、間近で彼を見上げていた。制服から、店の店員である事はロジオンにも容易に知れた。

「お客様、出てもらえませんか?」

「はい、失礼しました」

 全身の肉の表面が固く凍ってきているのが分かっていたので、ロジオンは素直に退去に応じた。血や健まで凍れば、流石に彼でも動けなくなる。これ以上の長居は逆に身体に支障が出てしまうのだ。

 ロジオンは靴の底を冷蔵庫の網から、朱色に塗られたリノリウムの床に降ろす。店内の視線が集まっているのを全身に感じながら、彼はその場を後にした。敷地をまたぐように設けられた通路を、早足で通り過ぎる。全身からほんのりと白い冷気を漂わせる彼を、数人の人々がぎょっとした顔で見送っていた。

 その途中、彼は自分が待っていた相手が棚の商品を物色しているのを見つけた。無骨な鉄製の棚に挟まれた細い道に入り、彼女に近づく。

「リズ様、何をされてるんですか?」

「……んん?あ、ロジオン、どれがいい?」

 そう言って彼女が指差したのは、クーラーボックスの山だった。奥行きのある空間に、ぎっしりと空の箱が詰まっている。それらは全て売り物だった。

 リズの言葉の意味を理解し兼ねて、ロジオンは首をひねった。

「どれ、と言いますと?」

「鈍いなぁ、アンタが入るんだからしっかり選びなさい。文句言われても困るの」

「……は?」


「そうなんですか、ロジオンさんの……」

 理解に苦しむあきらに、主人は呑気に言ってのけた。

「そ。ゾンビって不便でね。下手に温かい所にとどめると腐って自壊するんだ。全く、誰があんな風にしたんだか」

 他人事のように呟いて、彼は肩をすくめた。

「……それは分かりましたけど、それで何であなたがこちらに来たんですか?」

 正直な所、あきらにとって彼の来訪はありがたくないものだった。こうして話している間にも、彼女と主人とは人目を引いていて、目立っていた。

「セイチーズ」

 いきなり声が掛けられるや否や、あきらがそこに目を向けるよりも早くフラッシュの光が瞬いた。

その後目を細めて、あきらはカメラを構えている相手を睨んだ。知らない顔ではないし、写真を撮られるのも何度か経験していたからだ。ゴシップ好きのメアリと言えば、彼女の大学で知らないものはそうそういない。

 物言いたげなあきらの視線にも気付かず、赤毛の女生徒は今更のようにおやおや、とこぼした。

「変わった友達がいるのね、アキラ。この方は?」

 あきらが答えるよりも早く、その赤毛の女生徒は黒い外套の男に無遠慮に近づいた。

 一方、近づかれた男は淀みなくこう答えた。

「アキラの恋人です」

「ちょっ!?」

 驚いたあきらは、慌てて彼の手を引いてメアリから引き離した。そして耳打ちするように顔を近付けて小声で聞く。

「ちょっと、何言ってるんですか」

「何って、嫌だった?昨日の晩、君、断ってなかっただろ」

 男は澄ましたようにそう答えてみせた。帽子の作る影の下で、閉じられた口が大きく横に広がっているのがあきらには見えた。自慢げに笑みを浮べているのがよく分かる。

確かに彼の言うように、昨日あきらは彼から受けた結婚の申し出を断ってはいない。しかしそれはうやむやの内に消えただけの話であり、冗談だと思っていたので申し出を受けるつもりも全くなかった。イエスでもなければ、ノーでもないのである。

誤解を解くために、あきらははっきりと言った。

「だからって、肯定もしてませんよ」

「そうなの!?じゃあ嫌だと!?」

 途端に男は狼狽し、落ち着かなさそうに肩を揺すり始めた。どう答えればいいものか、あきらは少し悩んだ後こう続けた。

「保留、といいますか、考えさせて欲しいんです。何せ、大事な話ですから」

「そ、そっか。そうか、まだお友達でオーケー?」

「それなら歓迎です」

「ヤッホーイ!」

 子供のように跳び上がった男の後ろ姿を、またもメアリがシャッターに収めた。


大分空いてしまいました。お待たせしてすいませんでした。

仕事の関係や他の投稿作に取りかかるなどで時間がかかりました。


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