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6.お騒がせします

6.お騒がせします


「準備はできたみたいね」

 魔女のリズは準備を終えた二人を見回して言った。

 主人はロジオンが作った黒い麻の外套をまとっており、頭には同じくロジオンが作った帽子をかぶっていた。日差しで肌を焼かないためだとリズが言うと、彼はすんなりとその意見を受け入れた。

 ロジオンは片方の目がないのを隠すために黒いアイパッチをつけ、服を燕尾服から作業用の普段着に着替えていた。薪割りや水汲みなど、室内着では行えないような作業をする時の格好である。こちらの服の方が、人の街ではまだ目立たない。体中の苔も出来るかぎり落とし、全身におしろいをまぶして荒れた肌をごまかしていた。

 服の裾はあまり、袖口からは指だけが出ている状態だ。パンツもかかとで少し引きずっている上、ベルトで締めてなくては簡単にずり落ちてしまいそうである。

「ロジオン、お前ちょっと縮んだ?」

「ええちょっと。お願いですから、詳細は聞かないで下さい」

 青い顔をしてロジオンは主人から目を背けた。元から青い顔がさらに血の気のないものに変わっている。

主人の言う通り、ロジオンの背丈は以前よりも低くなっていた。主人やリズよりも高いのは変わらないが、今まで来ていた服が今の彼の体に合っていない。主人は首を傾げたが、すぐに興味を無くした。

「分かった、聞かない。リズに何かされたのか?」

「分かってないじゃないですか」

 虚ろな目で主人を睨み、ロジオンは呟いた。

 二人を前に、リズが口を開く。

「今から人の街に行くけど、いい?分かってると思うけど、絶対ばれないようにね」

「もちろんさ」

「承知してます」

 男二人が頷くのを見て、魔女は満足げな表情を浮かべた。彼女はロジオンに目配せし、主人から目を離すなとアイコンタクトで意思を伝えた。ロジオンもそれに応じ、黙って首を縦に振る。

「よし、なら行きましょうか」

 リズは後ろを振り返り、城の正門ドアを開けた。すでにロジオンによって縄はほどかれ、鍵も解けてあった。だから容易く扉は開き、すっかり日の沈んだ夜の森が現れた。

「何だ、真っ暗じゃないか。コートいらないな」

「常に着といてください。虫に刺されますよ」

「え、そう?じゃあ着とくか」

 そんな事を言いながら二人が外に出ようとすると、彼等の前にいたリズが二人を引きとめた。

「まあ待ちなさい二人とも。ちゃんと準備は出来てるの?」

「問題ないさ、私はな」

「全部私がしてますからね」

 手ぶらな主人の前で、ロジオンが両手のトランクを持ち上げてみせた。男の手荷物という事もあり、どちらもさほど重くはない。

「なら安心ね。いらっしゃい」

 リズの先導で、二人は城を出ようと足を進めた。

 ロジオンはふと、ある事を思い出した。魔女のリズは人間に見つかったせいで住処を移さなくてはならなくなったのだ。なのに、今の彼女は胴につけたウエストポーチしか荷物らしいものを身に付けていない。両手は空だ。

「リズ様、お荷物は?」

「ああ、乗り物に置いてるの」

 そう言って彼女が前を指差した。指先にあるものを見ようと、二人が顔を前に向ける。

 日は沈み、城の外には明かりらしいものは全くない。だというのに、目を煌々と光らせているものが、そこにいた。生き物ではない。それは光を発するたった一つの目を三人に向け、静かに彼等が近づくのを待っていた。

「……リズ、これかい?」

 主人が尋ねる。彼は話しに聞いた事しか無いので、興味津々といった体でそれに近づいた。

 ロジオンもこれを知っていた。知っていたが、魔女の乗り物としては似つかわしくないような気がして、改めて問い詰めてみる。

「あの、リズ様?これは……」

「バイクよ。見て分かるでしょ」

 サイドカーの上に乗せた荷物の山を軽く叩き、彼女は自慢げな表情を浮かべた。

 馬力は七半、つまり750ccで日本製。黒い車体に単眼のフロントライト。いわゆる男臭いデザインのバイクであり、車体の横には山のように荷物を載せたサイドカーが取り付けられていた。

「おおお、これがバイク!リズ、こんなの持ってたのかー」

 感心と好奇心の入り混じった黄色い声を上げて主人がバイクに近づく。そしてハンドルやガソリンタンクの部分に無遠慮に手を這わせた。指紋がいくつも表面に貼り付くが、持ち主のリズは嫌な顔一つしない。

「こらこら、変な所触っちゃ駄目よ。壊れたら弁償してもらうからね」

 言いながら彼女はバイクに跨り、キーを差し入れた。後は手首をひねればエンジンがかかる。

「ちょっと待ってください。私達どこに乗るんです?」

 座席を荷物の山で占めたサイドカーを見て、ロジオンが聞く。バイク本体の座席も、三人を乗せられるほど大きなものではない。

「……ちょっと待ってて」

 本気で忘れていたらしく、ばつの悪そうな顔でリズがバイクを降りた。

サイドカーのある側に回ると、その車体を指差す。指先には、小さな光。指先の動きで、光は円を描いてサイドカーを囲んだ。円が指先を離れ、宙に浮く。

 時間を戻す魔法とは違い、今度は指先を固定したまま手を開き、彼女は両手を合わせた。十の指先が、サイドカーを囲む白い円の中心に向けられる。その後、彼女は手と手の間を、ほんの少しだけ開いた。何かのジェスチャーのような動作だが、これは魔法の意味を表している。

 手の動きに応えるように、円が楕円に変わった。

 横に長くなった光の円が線を細くしながら広がり、ついに消滅する。すると、サイドカーに変化が起こった。

 滑らかな表面を持つ金属性の表面。その面積が増し、後輪が後ろに回って乗り口を大きく広げた。バイク本体に沿って走る以外の機能を持っていないはずの車体が、収容体積を増やしたのだ。紐で固められた荷物の山が、出来た余裕を埋めるようにわずかに後ろに傾いだ。

「の、伸びた……」

 ロジオンが信じられないものを見るような目で変化の結果を見る。その横では主人がおお、と呑気に感嘆の声を上げていた。

「凄いな、これで一人乗れるぞ」

 自分が座りたいのか、空いたスペースを主人が覗き込む。座席のマットも後ろに伸びていた。

「アンタは私の後ろに乗ればいいから、サイドはロジオンね。よろしく」

 すでに手を解いたリズが、ヘルメットを主人に渡して言った。主人は素直にそれを受け取り、帽子を取る。

「そうそう、メットのバイザーは常に下げときなさいよ。それ紫外線遮るから」

「分かった。これも美白の為だ」

 リズが面白くもなさそうに眉をひそめるが、本音を飲み込み黙って彼に頷いてみせた。ロジオンが彼女に軽く頭を下げる。面倒をかけてすまないという、謝罪の意だ。

 それに気付いたわけではないが、リズはもう一つのヘルメットをロジオンに差し出した。彼もトランクを足元に置き、それを受け取る。

「私がサイドですね」

「そうよ。荷物、ちゃんと押さえといてよ」

 頷き、ロジオンもヘルメットをかぶった。再びトランクを持ち上げ、サイドカーに乗り込もうとバイクに近づく。近づいて初めて分かる事があった。

「車体も伸びてる……」

「両方伸ばさないと、内輪差で曲がる時大変な事になるでしょ」

 ああ、とロジオンは納得してサイドカーのシートに腰を降ろした。リズの荷物のせいで足が伸ばせず、体育座りの格好になる。二人分のトランクは足元に並べて立て、踏みつけるようにして固定した後ロジオンはシートベルトを締めた。

 隣では主人が伸びたバイクのシートの後方に跨り、リズがその前に座る。メットをかぶり、ゴーグルまでかけた彼女の姿は下手な男より男らしい。

「そんじゃ、行きますかね」

「了解」

 主人がリズの胴に両腕を回し、メット越しに額を彼女の背中につける。彼女は振り払わず、バイクのエンジンを入れた。タービンが回り、車体が激しく音を立てる。フロントライトが前を見据え、前方を明るく照らす。

「そぉれ、発進!」

 リズの声でバイクは前進を始め、雑草を掻き分け林の中へと突っ込もうと走りだした。加速を続ける大径の車輪が地面をえぐるようにして前に突き進み、車体を持っていく。ロジオンは慣性で後ろに倒れそうになるのをどうにか堪えた。

 このまま進めばバイクは森の中に入ってしまう。獣の多く住まう、整備されていない夜の森にだ。どれだけリズがバイクの運転に長けていたとしても、高い確率で事故を起こし転倒してしまうのが目に見えている。

 しかし彼女は無謀でも、無策でもなかった。森に入る前に片手を離し、前に向かって指を突き出す。もちろん、指先には光。

 彼女は指だけで円を描くと、一周し終わった指先を上に跳ねさせた。円の上に縦線が生え、径を広げていく。その円の中を、リズはバイクで通り抜けた。

 円が消えうせ、魔法の効果が現れる。

 回転を続けるタイヤが、地面から離れ始めた。リズが車体を持ち上げたのではないし、躓いて浮き上がったのでもない。羽根のようにふわり、と二百キロ以上の車体が空中へと上昇を始めたのだ。

坂を登るように高度を増していき、車体やサイドカーの側面が細い枝葉にぶつかるたび、パキパキと音を立ててその枝をへし折っていく。ついにバイクは空高く浮かび上がり、なびく雲と細い月が間近に感じられる場所へと飛び出した。

「うおお、飛んだぞ、すごいな」

 主人が歓声を上げて辺りを見回す。足元に広がる針葉樹の森を遠くに感じ、後ろを見ようと首を回す。

「こら、落ちるから。しっかり掴まんなさい」

 リズに窘められ、主人は前を向いて腕に力を込めた。自分の腕を掴むようにして、振り落とされまいとする。

 ロジオンはそんな主人とリズとを見て首をひねる。しかしすぐに、踏ん張りの利かない体勢で落ちまいとするため、シートベルトを両手で掴んで腰を座席の奥に押し込む事に一心になろうと努めた。

 道の無い暗闇を照らす月とフロントライト。三人を乗せたバイクは、冴えた夜の空で森の上を通り過ぎていった。


 校内で彼女に目を向ける者は、誰もいなかった。

 はねっ気の強い髪に瓶底メガネ、加えて少数派である人種。国際色豊かなその学校で、彼女は一際浮いた存在だった。

授業にはしっかり出席し、真面目にノートも取る。評価は全科目常にAプラス。ただし、グループディスカッションは例外だった。

「……だと思うんだけど、あなたはどう思う?」

「……」

 同級生に話を振られても、彼女は応じない。いつもの事なので、すぐに他の同級生が口を挟んだ。ここではでしゃばりの方が重宝される。

「個人的にはその解釈は……」

「だったらこの場合……」

ようやく議論が進み、誰もが内心で胸を撫で下ろす。流れを切った当人はというと、顔色一つ変えずに黙って座っていた。

 彼女は謙虚すぎる。誰もがそう思っており、ちょっとした腫れ物扱いだった。

 鐘が鳴って授業が終わると、真っ先に立つのも彼女だ。他の生徒達がいくつかのグループに集まって遊ぶ予定を立てているのに目もくれず、さっさと教室を出て行く。

 学校を出て歩いて帰り、彼女は部屋のベッドに座り込む。ホームステイ先の意向で、彼女にはガレージを改装した小屋のような別室が割り当てられていた。

そこでようやく、彼女は数時間振りに喋る事ができた。

「はあー、疲れた。……今日もうまく話せなかったなぁ」

 分厚いメガネをベッドサイドテーブルに置き、彼女は額を押さえた。留学して二ヶ月、未だに学校に馴染み切れない。学校に来ただけで何を話せばいいのか分からなくなってしまい、結局何も言わずに帰ってしまう毎日だ。勉強するのに不自由はしないが、話せる相手が未だにできない。喋るに喋れず、後悔ばかりする毎日だ。

「これじゃ、留学の意味がないよう」

 嘆いてみるが、現状は変わらない。単身日本から渡米したのはいいが、今の生活は日本と殆ど同じだ。話し相手がいる分、前の方がマシだ。

ホームステイ先の家族も、住まいと最低限の食事を提供するだけで彼女と関わりを持とうとはしなかった。そちらはその家族のスタンスの問題なので、彼女はあまり気にしていない。問題は学校生活だ。

英語は一通りできる。留学する前に猛勉強したおかげで、不自由はしていない。

彼女自身にも、問題は分かっている。他の人種に、慣れていない事だ。外国人が珍しい日本と違い、ここは人種の坩堝というにふさわしい程様々な人種にあふれている。町を行き交う人混みを見るだけで、未だに目が回りそうになる。

彼女は額から手を離し、自分の頬をその手で叩いた。しまらない音に反して、しっかりとした痛みが彼女をふるい立たせた。

「こんなままじゃ、駄目だ。怖気づいてちゃ、何も変わらない」

 彼女は立ち上がり、窓のカーテンを開けた。白んでいく空の中で、朱のような赤い色の太陽が沈んでいく。広い庭の向こうに見える枯れた林越しに、鳥の群れが慌しく飛び立つのが見えた。空に浮かび上がる黒い点のような影。何羽もの鳥が羽根を広げ、彼女の視界から遠ざかっていく。

 その中に一つ、おかしな動きをするものがあった。彼女は気付き、眉をひそめる。

「あれ、何だろ……?」

 目を凝らしてじっと見るが、それは左右にふらふらと揺れているので注視しづらかった。不安定な飛び方で、どんどん地面に近づいているのが分かる。

「まさか、UFO?」

 驚いて窓に貼り付いて見る。それはどんどん窓に近づいており、次第にその形状がはっきりと見えてきた。

 それは本来、空を飛ぶものではなかった。翼ではなく車輪があり、風を真っ向から受けるそのシルエットは流線型と呼ぶには武骨すぎる。左右のバランスも非常に悪く、そのせいで軌道が不安定なようにも見えた。

 ここでようやく、彼女は自分が眼鏡をかけていない事に気付いた。ひどい近眼で、目に見える範囲のものは全てがぼやけて見える。そのために空を飛ぶ何かがどんな形をしているかに気付くのも遅れた。裸眼でも飛ぶ様子はどうにか見えていたので、目を離すまいとしてしまったのだった。

 つまり、彼女と飛んでいるものとの距離はそうとう詰まっていたのである。

 近づいてくるものが乗り物で、それに乗っている誰かがヘルメットをかぶっている事に気付いた頃にはすでに目と鼻の先。ガラス越しに肉薄してくる相手に驚いて彼女が後ろに飛びのいた直後、部屋の壁が大きく震えてベッドの位置がずれた。衝撃で窓に数本、長く大きなヒビが走る。驚いた彼女は身をすくめ、飛んできたものがぶつかった部分をじっと見る事しか出来なかった。

 少し経った頃、壁越しのその位置から声が聞こえてきた。

「……やってしまいましたね」

「もう、最悪。何であんな場所で、飛行機と鉢合わせるのよ」

「まあまあ、無事だからいいだろ。気付かれなかったし、ぶつからなかったし」

「見てないんですか?ぶつかったから落ちたんです」

「サイドカーにかすっただけだろ」

「そうよ、かすっただけ。相手はトン単位の巨体だけどね」

 呑気な男の声が一つと、険悪な様子の男女の声が一つずつ。合わせて三人の人物が言い合っているのが分かる。

 部屋の中にいた彼女は、恐る恐る窓から外の様子を窺った。

 やけに細長い、サイドカー付きのバイクが後輪をこちら側に向けている。空を飛んで、近づいて来ていたものだ。それに乗っているのが、サイドカーに一人、本体に二人。そのうち二人が、ヘルメットを外して素顔を露わにした。

 彼等は揃って奇妙な出で立ちだった。眼帯をした異様に肌の白い男と、長い銀髪の黒い肌の女。そして極めつけは、全身を黒い外套で包んだ三人目だ。ヘルメットの上からつばの広い帽子をかぶっており、肌の露出は一切無い。三人の中で一番呑気な事を言っているのも、この人物だった。

「とにかく、ここから離れましょう。誰かに見られていたら大変です」

「そうね、この家に誰かいたら面倒な……」

 男と女が同時に後ろを振り返る。

 彼女は首を引っ込めそこね、その結果彼等と目を合わせてしまった。

「……」

「……」

「……」

「?」

 固まった二人の様子に気付いて、三人目が遅れて後ろを見る。そこでようやく、彼は自分の置かれた状況を理解したようだった。

「……あ、見つかっちゃった」

 それは、遠くに見える町並みの陰に日が隠れ、街中の外灯に火が付き始めた頃の事だった。



どんどん一話辺りの文の量が長くなっていますね。

これからも長くなると思います。



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