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12.分かってください

「で、何でこうなってんのよ」

 リズが鉄格子に顔を近づけ、その向こうにいる主人に渋面を近づけた。コンクリートに囲まれた狭く薄暗い空間の中で、彼女のその声が小さく反響する。響いた自分の言葉の意味に、彼女は情けない気分になった。主人もそれは同様らしく、顔一面に不満を浮かべて彼女に文句を言う。

「私が聞きたいくらいだ」

 互いに顔を見合わせた後、主人とリズは同時にため息をついた。

「何であなたが薬の売人なんかになってるの?」

 心底呆れ果てたリズの声に、主人はすかさず反論する。

「なった事はない。世話になった覚えもだ」

「まあ、そうですね」

 ロジオンが投げやりに納得するのを見て、主人はうむ、と深く頷いた。

 ロジオンには主人の考える薬というのが真っ当な方の事で、彼が薬を飲まないのもそもそも病気にかからないからだという事なのも分かっていた。主人の勘違いを解かないのも、どうせ聞き流されると踏んでいたからだ。さらに言うと、今それを指摘しても何の意味もないのも分かっていた。

「どうしたロジオン、浮かない顔だな」

 彼の心境を知ってか知らずか、檻の中から主人が呑気に声をかける。

「そりゃあ気分も沈みますよ。ご主人様が檻に入っているのなど、従者としては目に入れたくもありません」

「何を言う。私から見れば、そっちが檻に入っているようだ」

「そりゃそうでしょうよ。何せ……」

 ロジオンは首を巡らせ、薄暗い個室を見回した。

「私等全員、檻の中ですから」

 鉄格子越しに主人を見、彼はため息をついた。

 

12.分かってください


 留置所の壁沿いには、お誂えのように四つ並んだ鉄格子がある。そのため四人はそれぞれ別の檻に入れられていた。ロジオンとリズは、主人の檻を挟む位置にいる。

「やっぱ無免許はダメか」

 チッ、とリズが舌打ちをした。彼女が掴まる羽目になったのは、売人の関係者扱いされた後、運転免許の掲示を要求されたからだ。その後それを口実に警察へと連れていかれ、薬の売人とされた主人の関係者として、当たり前のように牢に入れられたのだった。それに相乗りしていたロジオンも同様だ。

「そりゃそうですよ……」

 ロジオンが主人の向こう側にいる彼女にも呆れて声をかける。その声に、リズが噛みついた。

「そっちこそ、『何でずぶ濡れなんだ』って聞かれたじゃない」

 そう言われて、ロジオンは自分等を捕まえた警官の目を思い出した。ふやけた新聞紙にまみれたずぶ濡れのロジオンを見る目は、薄汚いホームレスに向けるものと同じだった。それがロジオンには腹立たしく、思い出したせいで気分がささくれ立った。

「必要な事をしてああなったんです。馬鹿にする方がどうかしてます」

「良い事言うのね。でもあなた、説明できるの?」

 こう言われてはロジオンも反論できなかった。

 事情が事情だけに、どう話しても自分がゾンビだと他人に明かすことになる。普通なら与太話と一蹴されるだろうが、銃社会のこの国では身体検査も厳重だ。自分の体が生きた人間のものでない事が知られれば、その後どんな目に合わされるかロジオンには想像もつかなかった。恐ろしい真似をされる事だけははっきりしていただけに、彼は何も言えなくなる。

「何だ、できないのかロジオン?恥ずかしい奴だなー」

「ええまあ誰かのおかげでね」

 呑気な製作者への応対にも、ロジオンの素が現れる。余裕がなくなってきた今の彼の眉間には深い皺が刻まれていた。

 わずかに開いた口から吸いこまれた空気は肺に貯め込まれた後、苛立ちを含んで吐き出された。冷静になろうとしてやったその反射的な行動が、主人やリズの反感を買う。

「何だ、文句があるのか?」

「いえ、別に?」

 普段なら流せるはずの主人の言葉に、ロジオンは棘のある返事をした。こうなると、リズも苛立ちからそれを無視できなくなる。

「拗ねてんの?案外子供ね」

「ええ、まあ御二方よりは、ね」

 たっぷりと嫌味が込められたその一言は、リズのまなじりを吊り上げさせた。

「……ねえ、ロジオン。あたしがこのまま、大人しく檻にいると思ってるの?」

「え、出られるのか?」

 主人が驚いてリズを見る。リズはそれに、つまらないジョークでも聞いたような顔を向けた。

「出来たらとっくにやってるっての。あなた、あたしがどういう魔女かも忘れたの?」

「えぇ?……ああーそうだった、スマン」

 主人は素直に謝った。

 リズは対象を直接損傷させる魔法は一切使えないのだ。

 主人がすぐに謝った事で場の空気が白け、全員の頭から熱が引く。リズがふう、と息を吐いて愚痴をこぼした。ロジオンにではなく、現状についてだ。

「檻は壊せないし、穴も掘れない。鍵開けも無理だし、魔女っていっても不自由なのよね」

 そう言って、彼女は肩をすくめた。

「それは皆一緒ですよ。私だって人間じゃないですけど、特別何かできる訳じゃないですし」

「私など何もできんぞ。強いて言えば……、あれ?」

 そこまで言って、主人は眉をひそめた。

「どうかされたんですか?」

「いやな?なーんか私、忘れてる事がある気がするんだ」

 そう言いながら、主人は頭をこつこつと指で叩く。その反応に、ロジオンはある期待を抱いた。

 ロジオンは主人に吸血鬼である事を思い出してもらいたかった。吸血鬼ならば、体を赤い霧状にして檻から出る事が出来る。

 しかし、主人がそれを思い出す事はなかった。吸血鬼の空っぽの頭蓋骨の中でノックに答えたのは、二つの鉛玉だけだ。

「なあロジオン、頭の中から音がするんだ」

 ロジオンの主人を見る目に、失望がにじんだ。

 今の主人の顔には、ロジオンから見て変わった所は一つもない。銃痕など高い治癒力でとうにふさがっていたので、ロジオンは主人が撃たれた事など一切知らなかった。

「……何か入れたんですか?」

「入るのか?」

「いえ」

 ロジオンが首を横に振る。

「だよなぁ。何だろう、なぜかすっきりしないんだ。教会に落ちてからずっとな」

 主人の一言に、リズとロジオンが顔を上げて彼を見た。少なからず負い目を感じていたリズが檻に顔を近づける。

「そ、そうなの?何か変わった事でもあった?」

「何て言うかなぁ、ざわざわすると言うか、空気が肌に合わんと言うか。あー駄目だ、うまく言えん」

 そう言って主人は頭を掻いた。指が髪をかき分ける感触が、苛立つ彼の気をほんの少しだけ紛れさせる。リズとロジオンとが主人を挟んで顔を見合わせるが、互いに答えを求めての視線は相手に浮かぶ疑問の表情で解のないものになった。

 二人が質問を重ねようとしたその時、主人が口を開く。

「……それより、さっきから気になっていたんだが」

 主人は身を乗り出してリズの檻に顔を近づけ、彼女の向こう側を覗いた。

「あきらはどうした?全く元気がないようだが」

 主人の言葉で、リズとロジオンはようやく彼女の存在を思い出した。主人の見ている方向を目で追い、彼女の様子に気付く。

 あきらも彼等と同様、檻に入れられていた。座り込んだまま、壁をじっと見つめていた。時々かすれた小さな声で、うわごとのように何事か呟いている。一番近くにいたリズが耳を澄ませその声を拾う。

「ハハ、逮捕か……。日本でニュースになるんだろうな……。退学、かなぁ……ハハ」

 乾いた声で笑うあきら。リズはこれに顔をひきつらせた。

「リズ、アキラはどうしたんだ?」

「……ええーっと、悪い、病気?みたいになってる」

「ふふ、何かもういいや、どうでも」

 今の自分が置かれている立場に、あきらは他の誰よりも深く落ち込んでいた。

 両親に頼み込んでの留学先で、冤罪で犯罪者扱いされているのだ。彼女の無罪を証明する者は、彼女の知る限り誰もいない。ホームステイ先のアンナは干渉したがらないし、引き取りに来てくれたとしても、すぐに追い出す算段を立てるのがあきらには容易に想像できた。学校にも知られれば居辛くなるし、日本の大学にも知られれば退学も十分考えられた。

 もはや周りの見えていない彼女に、リズはどうにかしようとして声をかける。

「だ、大丈夫!すぐ出られるから!少し待ってて!」

 リズは主人とロジオンとに目を移し、「どうしよう」と目で訴えた。これを受けて、主人がロジオンを見る。

「ロジオン、何かないか?」

「道具なんてありませんよ。全部没収されましたから」

 ロジオンが困った顔をしてポケットの辺りを叩いてみせる。ぽんぽんと軽い音が上がるだけで、それが手元の寂しさを引き立てた。

「残念、私もだ。タオルもないし、帽子もない。ついでに言えば、金もない」

「いばれませんねぇ」

 ロジオンが目を細めて外に目を向ける。檻の外には広目に作られた通路と、反対側の壁沿いに並ぶ空の檻しかない。檻の中からだと、格子と格子が重なって見えるせいで見通しが悪く思えた。一番出入り口に近い彼から見ても、檻の外から鍵を見つける事はできなかった。

「どうも鍵は、看守が持ち歩いているみたいです。ありません」

「じゃあ、待つしかないな」

「……そうね。万事塞翁が馬、なるようになるでしょ」

 主人とリズとが床に腰を下ろし、落ち着いた様子を見せた。ロジオンがそんな二人の神経が信じられない。

「そんな、呑気な」

「大丈夫さロジオン。一生ここにいる訳でもないだろ?」

 主人がそう言った時、足音を鳴らして看守が彼等の前に現れた。

「出ろ、釈放だ」

「な?」

 主人の得意げな台詞に、ロジオンが口元をゆがめた。絵に描いたようなタイミングの良さに、あきらが我に返って外を見る。

「……意外と早かったのね」

 リズが率直な感想を述べると、看守は面白くなさそうな顔をして言った。

「無免許の件じゃない。入れ」

 看守はぶっきらぼうに言った後、他の看守と共に連行してきた男を檻の前に引っ張り出した。連れてこられた男は、青かった顔をさらに青くして主人を見る。

「そ、そうだ、こいつだ!」

 男が震える手で檻の中の主人を指差す。主人が眉をひそめて首を傾けると、その中年はひっ、と上ずった悲鳴を上げた。主人はその男に見覚えがあった。

「あれ、お前確か……」

「銃で撃たれて平気な奴だ!悪夢だ!」

 中年が錯乱してわめくように言う。怯えた様子を見せる男に主人は首を捻り、看守は馬鹿にしきったような目を向けた。

「らしいな。目を覚まして来い」

 看守は中年を押し出し、仲間に外に出すよう命じた。「本当なんだ」とがなる声が遠ざかり、聞こえなくなった頃彼は言う。

「そういう訳だ。奴が全部自白している。薬物反応も出てたしな。だから出な」

 次々と檻の錠が外され、格子の扉が開いていく。腰を上げる主人とリズ、すっきりしない顔のロジオンに、疑いが晴れたと分かりほっとした表情を浮かべるあきら。

「出れるんですか?」

「そうだ。にしても、嬢ちゃんみたいな日本人が、なんであんなのと一緒に?」

 看守は他の三人に対する態度とは違い、幾分柔らかくして彼女に接した。他の三人が奇抜とも言える風体をしていたのが理由としては大きい。問いを向けられ、彼女は返答に困った。

「えと、ですね……」

「何て事を聞くんだ、失礼な」

 牢から出た主人が看守のすぐ後ろに立って不服そうな表情を浮かべた。看守とあきらとが口を挟まれる理由が分からずに彼を見る。黒い外套を着たその男は、看守を睨みつけて当たり前のように言った。

「フィアンセ同士が一緒にいて何がおかしい」

「……え!?」

 あきらが裏返った声を上げた。血相を変えたロジオンが走って主人に駆け寄る。

「ちょ、ちょっとご主人様!何言ってるんです!」

「意思表示って大事だろ!」

「今する事じゃありません!ほら、来なさい!」

「何だ、離せ!」

 ロジオンは有無を言わさず主人をずるずると引きずっていく。慣れたその様子をあきらが見送っていると、看守が呆れた目で彼女を見下ろした。

「趣味が悪いな」

 あきらは何も言えなかった。


 檻の並ぶ部屋から出ると、リズはすぐに他の警官に呼び止められた。

「アンタはこっちだ」

「何でよ?」

「無免許運転はやってたろ。その件だ」

 うぇ、と声を上げて彼女は顔をしかめた。

 元より彼女に身元を保証するものなどない。長い時間拘束されれば、何かの拍子で魔女だとバレる可能性が出てくる。

「身元の確認もさせてもらうからな。大人しく……」

 そこまで警官が言った時、リズが指を彼の目の前に突き出した。目をつぶされるかというほど近づいたその指先が、一瞬で円を描く。指先に現れたその光の円を、彼女はすぐにその指で弾いた。地面に落ちた指輪のようにくるくると回りながら、その円は警官の瞳の中に飛び込んだ。そのまま眼球の中にするりと入り、警官の視界を乱す。あっという間の出来事が間近で起こったため、警官は何をされたのかまるで分からなかった。

「な、何だ?あれ、う……っ」

 警官が眩暈を起こし、膝をつく。白む視界から逃れようと強く目を瞑る。

 リズが行ったのは魔法とも呼べないものだ。形になっていない組み立てかけの魔法を直接相手の目を通して頭に投げかけ、脳神経を混乱させたのだった。

「ごめんね」

 もののついでのように謝ると、彼女は指先を上に向けた。


 看守に案内されながら、主人達は出口へと向かっていた。掃除の行き届いた白い廊下を歩いていくと、職員や来客が次々と彼等のそばを通り過ぎていく。主人が返してもらった帽子をかぶり直す一方で、ロジオンは列の最後尾で疲れた様子のあきらにどう声をかけるか悩んでいた。

 彼女からすれば、主人のせいで檻に入れられたようなものだ。しかも、主人はその点に気付いておらず、謝罪の一つもする様子がない。仮にも「結婚してくれ」と言った相手にこれでは、ロジオンとしても気がかりだった。これではあきらが気の毒だし、これから先主人にいい人ができるとも思えない。

 ロジオンが気を揉みながら主人とあきらとを見比べていると、そこで彼はリズの不在に気付いた。

「あれ、リズ様はどちらに?」

 先頭を歩く看守が振り向きもせずに答える。

「あの姉ちゃんなら無免許運転で交通課だ。お前さんも行くか?」

「結構です」

 捕まる前、リズは二人が無免許である事を知らない旨を警官に伝えていた。そのおかげで麻薬容疑が晴れた今、ロジオンとあきらは主人ともども解放されたのである。

 いくつもの受付が並ぶエントランスに着くと、看守は立ち止まって主人達に道を譲った。

「そんじゃ、もう捕まるなよ」

「もう捕まえるなよ」

 そう言った主人の前を、ロジオンが早足で通り過ぎた。すれ違いざま、その手で主人の耳を掴む。痛い痛いとわめく主人が従者に引っ張られ、あきらが慌てて後を追った。

 そのまま三人は看守の前を通り過ぎ、警察署を出て行った。

 すでに太陽は西に傾き、辺りを朱に染めようとしていた。伸びた街路樹の影が道路やビルの壁面に横たわり、土の粉や排気ガスでできた細かい粒子が低い位置に雲を作る。すでに空に昇っていた欠けた月が、靄のかかった空の中で紅く光っていた。解放された耳を押さえて、主人がそれを見上げる。

「おお、赤いぞロジオン!あと痛かった」

「ええ、赤いですね。謝りません」

「いや赤いですけど……それが?」

 あきらが物珍しげにする二人の様子に疑問を持った。汚れた空に浮かぶ赤い月など、ここではほぼ毎日見られる。

「何、初めて見てね。この辺ではああ見えるのかい?」

 主人が帽子の唾を持ち上げてあきらを見下ろした。尋ねられたあきらが、彼の言葉の意味を掴みかねたまま答える。

「ええ、まあ。……主人さんはどんな所に住んでたんですか?」

「何、小さな城さ。林と山しか見えないような辺鄙な場所でね、朝も夜も寒くてかなわんよ」

「私としてはありがたいですがね」

 主人とロジオンの言葉に、あきらは首をひねった。具体的な地名が思い浮かばず、思いついた場所を言ってみる。

「ええと……、ルーマニア?」

「ん?いや、地名は知らないんだ。どうも覚えられなくてね」

「というか、言ったらダメですよ。迷惑な客だって、何人も来てたじゃないですか」

「そうだったか?何でまた?」

「だから、あなたが吸血鬼だからです」

「ハッハッハ、ロジオンしつこい」

 主人がうんざりした顔でロジオンを見上げると、彼等の前でサイドカー付きのバイクが滑り込んできた。ハンドルを握っていた女がメットを取ると、長い銀髪が零れ落ちる。

「お、リズ」

「早く乗りなさい」

 リズの言葉に、三人は素直に従った。

 ここからあきらのホームステイ先までは、歩いて行くには遠すぎる。彼女が気を回して迎えに来てくれたのだと、三人ともがそう考えた。

「助かるよ。しかし、それじゃ乗れても三人だ」

「ロジオン箱に入れれば三人よ」

「そういう問題でもないかと」

 ロジオンがリズの提案に渋面を浮かべると、二、三人の警官が走って彼らに近づいてきた。何事かと四人がそこに目を向けると、警官達は皆まなじりを吊り上げていた。

「おい待て!まだ手続きは済んでないぞ!」

「逃げる気か!」

 口々に怒鳴りながら走ってくる警官達。四人はしばし近づいてくる彼等を見ていたが、やがて一斉に動き出した。主人がサイドカーに、あきらがリズの後ろに回り、ロジオンまでもがサイドカーに縛り付けられているクーラーボックスに入り込む。三人が所定の位置についた瞬間、リズはバイクを走らせた。警官達とバイクとの距離がみるみる開く。

「あ、こら!貴様等ぁ!」

 続く声は四人の耳には届かなかった。バイクの排気音と風を切る音が彼らの耳で渦巻き、わずらわしい声をかき消していた。

 四人の乗るバイクは道路に入り、行き交う自動車の流れに混ざる。

「……はは」

 警察署から遠ざかるそのバイクの上で、あきらの口から笑いが漏れた。サイドカーに乗っていた主人がそれに気付く。

「どうした、あきら?」

「いや、その……、こんなの初めてで」

 リズの腰にしがみついたまま、あきらは彼に言った。

「何がだい?」

 まるで分ってない様子の主人に代わり、クーラーボックスに入ったままのロジオンが主人の後ろから口を挟む。

「警察から走って逃げてる事ですよ。普通の人はまずしません」

「はい。貴重な経験でした」

 檻に入っていた事を振り返り、彼女はクーラーボックスに頷いた。彼女の言葉は本心からのもので、きちんと冤罪だと分かって出られたからこそ笑い話にできた。

「何だか、いたずらして逃げたみたいで。童心に返った感じです」

「え、君は悪い子だったのか!?」

「そういう訳じゃないですけど……」

 今と変わらぬ子供時代を思い出し、彼女は笑う。今のような思いをしたのは初めてで、逃げ切った今ささやかな達成感もあった。その感覚は彼女が今まで無縁だったもので、同じ思いをした者がそばにいるのも不思議な感覚だった。共犯意識、とでも呼ぶにしては大げさかもしれないが、彼女はそれがなぜか心地よく思えた。

「でも、大体そいつのせいよ?」

 リズが煽るように言うと、流石にあきらも黙り、難しい顔をした。

「何でだ?私は何もしてないぞ?」

「……当人は分かってないみたいです」


 追い付けないと観念し、足を止める警官達。小さくなっていくバイクを荒れた息で見送り、悪態をつく事しか彼等にはできなかった。

「くそっ、逃げられた!」

「はあ、はあ、惜しかったなぁ」

 追う事を諦めた警官達はすぐにしぶしぶ警察署へ戻っていった。無免許運転を取り逃した事など、彼等にすれば他の多くの犯罪に比べて些細なものだった。 

 署内のエントランスに戻った彼等を、別の警官が呼び止める。

「あの、さっきの連中は?」

「ああ、逃げられた。調書まだだってのに」 

「いや、それより変なんだ」

 抱えていた書類が開かれ、書面が警官達に晒される。

「何だこりゃ?」

「先に牢にいた男の、血液検査の結果だ。医者が話を聞きたがってたんだが……」

 警官達は眉をひそめた。診断結果にはペンで乱雑にこう書かれていた。

『これは人間の血じゃない』

 

お待たせしました、続きです。

毎度拙作を読んでくださり、本当にありがとうございます。


諸事情により二か月ほど書けなくなってしまいます。

ですが、必ず続きを上げますのでどうかそれまでの間お待ちください。



余談ですが、赤い月を初めて見た時はしゃいでしまい、

その時友人に「お前ホントに○○歳か」と言われた事があります。

数年前の話です。

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