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1.どれも駄目です

 ふりしきる雨が窓を叩き、その音が遠雷と共に暗い部屋に響き渡る。目の細かい格子にはめ込まれたガラスの向こう側は暗く、室内のどの燭台にも炎は灯っていなかった。館を形作る石の冷たさが、室内に満ちている。

 窓の表面に手を置き、その男ははあ、とため息をついた。

 金髪碧眼のほっそりした顔立ち。華美に過ぎない装飾を施された服装はその男の身分の高さを表している。長い指の先には、わずかに先端を尖らせた爪が生え揃っていた。

「失礼いたします」

 男の背後で声が上がり、部屋の扉が開かれた。新たに現れた男は燕尾服を纏っており、主人に恭しく頭を下げる。

「こちらにいらしましたか。捜しましたよ」

 声を聞いて、主人である方の男は後ろを振り返った。

 直立不動のその従者は、顔や肉体の所々に苔が生えていた。血の通っていない肌は青白く、片方の眼窩には目玉がはまってない。虫も来ないような寒い僻地にいるおかげで、腐肉で出来た肉体には蛆の一匹も湧いていない。

「……なあ、ロジオン」

「何でしょうか?」

 主人は窓を背にし、従者に向き直った。

「私は吸血鬼だ」

「左様にございます」

 従者が頷くのを見て、主人は話を続けた。

「吸血鬼とは孤高な種族だ。だがそれは、種族全体の話であって私個人の話ではない。……なあ」

「なんでしょうか?」

 いつになく真剣な声で言われ、ロジオンと呼ばれたゾンビは居住まいを正して次の言葉を待った。

「……何で私にはお嫁さんが来ないのだ?」

 今日もロジオンの主人はいつも通りだった。窘めるように、ロジオンは短く、厳しく言い放った。

「外に出ましょう。まずはそれからです」


1.どれも駄目です


 吸血鬼伝承の残る、とある国の山の奥。人の足の届かない、厳しい寒さの中にそそり立つ針葉樹の森の中。そこに、ロジオンの主人である吸血鬼の住まう城はあった。城壁も持たない小さな城だが、周りに生える木々が天然の防壁となっている。攻城戦などする時代はとうに過ぎ去っているが、城主を含め時代において行かれたようにその城はそびえていた。その最上階で、ロジオンと彼の主人は向かい合っていた。

ゴロゴロと鳴り響く雷の音が小さくなり、雨の音が静かなものに変わった。ロジオンの主人は真面目な顔になって、ロジオンの提案を却下した。

「外に出るのは避けたい。肌が焼けるからな」

「あなた夜でも出ないでしょ」

「月の光で焼けるだろう!」

「焼けませんよ。どんだけ柔肌なんですか」

 激昂する主人に呆れながら、ロジオンは眉をひそめて主人を見た。従者として彼に目覚めさせられて数年経つが、未だについていけない部分がある。

「私ほどの美貌があれば女の方から寄ってくると思ってたのだが、客の一人も来やしない。一体私の、何が悪いんだろうな」

「社交性ですかね。あと、性格」

 ロジオンの言うように、彼の主人は社交性に欠けていた。というよりは、滅多に外に出なかった。城が辺鄙な場所にある以上、出会いを望むなら遠出する必要がある。誰かが来るのを待つという選択肢は、ロジオンから見れば間抜けとしか言い用がなかった。

「自慢じゃないが私は秀麗眉目で容姿端麗、ブ男という顔でもないはずだ。ま、比べる対象はお前だけなんだけどな」

「殴りますよ。そんなだから、私以外のゾンビは皆出ていったんですよ」

 身体のあちこちを腐らせたゾンビのロジオンは、簡潔に言って話を切った。

 ゾンビを作る術を持つ吸血鬼が、身の回りの世話をさせるために従者を作る事はよくある事である。ただし、その従者達に愛想を尽かされる主人などそうはいないだろう。

彼の主人のこの文句は、今に始まった事ではない。ロジオンの主人は、いつものように独身である事を嘆いていた。この事に比べれば、作ったゾンビがほぼ全て彼から逃げた事も、何十年も前から屋敷の外に出ていない事など、彼にとっては些細な問題らしい。

「さて、今日も真剣にお嫁さんを得るための計画を立てよう」

 彼がこんな事を言い出すのも昔からである。特に最近はその話題がよく挙がり、聞く度にうんざりしていた。顔に出すのは従者としての自分の主義に反しているので、ロジオンは努めて平静を装う。

「またですか。よく飽きませんね」

「当然だろう?私にとっての、言わばライフワークだからな」

 言いたい事は山ほどあったが、あえてロジオンは黙っておいた。得意げな主人に話すに任せておけば、すぐにこの場をやり過ごせる。そう判断しての事だった。

 主人は片手を持ち上げ、五本の指を立てて見せる。

「とりあえずプランは用意した。この五つだ。

 1.両親に別れて貰い、再婚させて義理の姉妹を得る

 2.両親に頑張ってもらい、歳の離れた妹を作ってもらう

 3.メイドの募集をする。可愛い子限定で

 4.可愛い女の子のゾンビを作る

 5.お前に女になってもらう

 どれがいい?」

「どれも最低ですが、5だけは断固辞退します」

「奇遇だな、私もそう思っていた」

 疲れた気分になり、ロジオンはうなだれた。主人の間違いを正しておかねば、後々いらぬ苦労を背負いそうだった。

「というか、何で1と2が身内狙いなんですか?」

「……血のつながらない姉妹と恋仲になる話は多いだろ?」

「それはフィクションです。目を覚ましてください」

 主人は呆れたように肩をすくめ、小さくため息をついた。ロジオンから言わせれば、そんな態度を取られる筋合いはない。

「お前は浪漫が分かってない」

「あなたが常識を知らないんです。大体、ご両親はどちらにいらっしゃるんですか?」

「……どこだったかな?」

「忘れたんですか。連絡手段は?」

「……それもないな」

「思いつきでものを言うのをやめて下さい。それに、よく考えたら2は肉親ですよ?」

「問題ないだろ。私ぶっちゃけ、母上と結婚したいと思ってたぞ?」

「どれだけあどけない頃なんですか。そして、それからどんだけ成長してないんですか」

 言わずにはおれず、ロジオンは話すだけ話した後額を押さえた。

「何だ、頭痛か?というか、脳みそ残ってたんだな」

「あろうがなかろうが、痛むものは痛むんです」

 このまま部屋を出たかったが、彼は残りの選択肢についても物申しておきたかった。

「3も4もおかしいでしょ。上手に出られない相手を狙う事に疑問はないんですか?」

 そこで主人は、言葉に詰まった。どうやらこの点においては、引け目はあったらしい。

「……言葉だけならやらしくないぞ?」

「実態が最低です。どんだけやらしいんですかアンタ」

 ロジオンは言いたい事を言い終わると、主人の反論を待った。その主人はというと、ロジオンの言う事に納得しているらしくううむ、と顎に手を沿えて視線を下に向けていた。聞き分けだけはいい主人に小さく頭を下げ、ロジオンは退室しようと踵を返す。

「ああ、待ってくれ」

 主人の呼び止める声が聞こえ、ロジオンは動きを止めた。

「何でしょうか?」

「一つ聞いておきたい事がある」

「何なりと」

 主人はロジオンに一言、短くこう尋ねた。

「お前、私の事嫌い?」

「失礼しました」

 ロジオンは扉の裏に滑りこみ、主人の部屋を後にした。


何か連載しようと思って始めました。

あまり新しくない話になってしまった気がしますが、独自の味が出せるよう、頑張っていきたいと思います。

いつまで続くか分かりませんが、お付き合いの程よろしくお願いいたします。

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