空飛ぶ上院議員
正午のカフェは庶民の憩いで賑わっていた。
「あっ!」
「あれを見ろ!」
突然、周囲の庶民たちが騒ぎはじめたので、飲みかけのコーヒーを皿に置き、ヌーヨク・タイムズ記者ケン・スコットもつられてあたりを見回した。
みんなが空を指さしている。その指さす先──ビルの隙間のよく晴れた青空に、確かに何かが飛んでいた。遠すぎて、ゴマ粒のようにしか見えないが──
スマートフォンの望遠鏡アプリで拡大して見た者が、声をあげた。
「あれは──シナコラ上院議員だ!」
どきりとした。
シナコラ上院議員といえば、スコットがその汚職を暴き、辞任に追いやった相手だ。
もしかして議員を辞職させられたのを苦にして、高層ビルから飛び降りたのか?
しかし違った。シナコラ上院議員はいつまでも空の上を漂っていて、一向に落ちてくる気配がない。スコットも急いで自分のスマートフォンに望遠鏡アプリをダウンロードし、見てみることにした。
「あ──」
「笑ってるぞ」
みんなが言う通り、シナコラ上院議員は笑っていた。
とても幸せそうな笑顔を浮かべて、夢見るように空を自由に飛んでいる。
贈賄罪、児童ポルノの撮影──これだけでもシナコラ上院議員は死罪に値するとスコットは思っていた。ゆえに相手がそれで飛び降り自殺をしても良心は痛まないと思っていた。
しかし今、シナコラ上院議員はとても幸せそうな笑顔で空を飛んでいる。
『辞めてみてよかったと……思っているのか?』
職に就いている間はおそらく辞めたくなどなかっただろう。
しかし、辞めさせられてみて初めてわかったのかもしれない、自分がどれだけのものに縛られていたのかを──
自由になった上院議員は、自分自身に戻れたのだ──そんな気がした。
そしてスマートフォンの液晶画面越しにそれを見つめるスコットもまた、笑顔になったのであった。
「嬉しそうな顔して飛びやがって……」
自分が追い詰め、辞職に追いやったプランク・シナコラのことが、ちょっと羨ましくなった。




