006話 魔導書を求めて
王都の喧騒が徐々に近づく中、アレフは隣を歩く小さなローブ姿の少女にちらりと視線を向けた。
小さな足取りはまだ覚束ないが、それでも必死についてこようとする。その健気さに、アレフの胸の奥が微かに疼いた。
――あの時、グラトニーで呪いを喰らった瞬間に確かに感じた。
ライカの中に眠る、奔流のような魔力。封じられ、縛られ、抑え込まれてきた力は、彼女の幼い身体にはあまりに過剰で、扱いを誤ればすぐに暴走しかねない。
それでも、彼女の瞳は魔法を渇望してやまない。忌避と拒絶にさらされながらも、なおも光を求めるその眼差しは、かつての自分を見ているようでもあった。
ならば、その力を使いこなすための“知”を与えるのは――自分の役目だ。
せめて、居場所を見つけてやりたい。
半端者と呼ばれてもなお、きっと彼女を受け入れてくれる場所があるはずだ。
(……きちんとした魔導士になれば、ライカでも受け入れられるはずだ)
心の奥でそう呟いた時、アレフは足を止め、隣を歩くジェームスに声をかけた。
「ジェームス、寄り道をする。ギルドに行く前に……魔法道具屋だ」
「ほう……さては、あのお嬢さんへの贈り物ですかな?」
「まぁな。魔導書を買ってやりたい」
「ふむ、それは立派なお考えですが……」
ジェームスの表情に苦みが差す。依頼の報酬もまだ受け取っていない今、財布の中身は空に近いのだ。
だがアレフは構わず、古びた木の看板が吊るされた店の扉を押し開けた。
乾いた紙とインクの匂いが鼻をかすめ、奥まで伸びる棚に所狭しと魔道具や書物が並んでいる。まるで知識の迷宮のような空間だった。
「いらっしゃい、珍しい顔だね」
カウンターから顔を上げたのは、小太りで眼鏡をかけた店主だった。
「魔導書を探している。それと、魔法の基礎から学べる入門書はあるか?」
「ふむ……入門書ならあるが、魔導書は初級のものでさえ銀貨百枚を下らない。あんたの懐で足りるかね?」
示された値札に、アレフの眉がわずかに動く。手持ちでは到底届かない額だった。
だが、その目の奥に揺らぎはなかった。諦め切れぬ光を見た店主は、少し思案したのち、声を潜める。
「ならば一つ、噂を聞かせてやろう」
そう言って奥から羊皮紙を取り出し、机に広げる。
「魔法都市の近くの山岳に、古代の魔導書が眠るダンジョンがあるそうだ。数百年前の遺物が手付かずで残っている、ともな」
「古代の……魔導書」
アレフは食い入るように地図を見つめた。
「そうだ。本物なら、売れば城が一つ買えるだろうな」
ローブの奥で、ライカが小首をかしげる。
アレフは彼女の頭にそっと手を置き、決意を込めて言った。
「ジェームス、行き先が決まった。次は魔法都市ガイアだ」
「ほぅ……それはまた、骨のある旅路になりそうですな」
「ああ。準備を整えたら、すぐに出る」
こうして、アレフたちの次なる旅の目的地が定まった。
***
ギルドの重い扉を押し開けると、酔った冒険者たちの笑い声と香ばしい酒の匂いが押し寄せてきた。
アレフはライカをローブの奥に隠すように抱き寄せ、受付まで進む。
「タックルボアの討伐、完了だ」
証として巨大な牙を机に置く。受付嬢は目を丸くした後、感嘆の微笑を浮かべた。
「さすがですね、アレフさん。こちらが報酬です」
差し出された袋を受け取ると、ずしりとした重みが手に伝わる。だが、眉間に刻まれる皺は消えない。
それは魔導書の値段に遠く及ばない額だったからだ。
ローブの奥に潜むライカを一瞥し、アレフは拳を握りしめる。
(こいつには、きちんとした魔導の基礎が必要だ……必ず)
ギルドを出ると、王都の街路を渡る夜風がローブの裾を揺らした。
遠くで楽師の奏でるリュートの音色、露店の明かり、笑い声。それらは華やかでありながら、アレフにはどこか遠い世界に感じられる。
「本当に行かれるのですかな、ガイアへ」
並び歩くジェームスの低い問いに、アレフは迷いなく答える。
「行く。ガイアは魔法都市だ。ライカのような存在でも、きっと受け入れてくれる場所がある」
その言葉に込められたのは、古代の知識と、ライカの未来を賭けた決意だった。
ライカはローブの中で小さく息を呑み、アレフの横顔を見上げる。
星空は澄み渡り、遥か西の山岳地帯がその彼方に横たわっている。
その先に待つのは希望か、あるいはさらなる試練か――。
アレフはまだ知らない。だがその歩みを止めることはなかった。
次なる旅路が、彼らに新たな運命をもたらすことを予感しながら。
次回タイトル:007話 魔法都市ガイア




