024話 首無しの騎士と呪いの眼光
「来るぞ――ッ!」
アレフの警告と同時に、デュラハンの大剣が横薙ぎに振り抜かれた。
轟音とともに石床がえぐれ、衝撃で破片が四散する。
アスタロスが素早く前へ出て受け流そうとするが――
「重っ……!」
剣と戦斧が交錯した瞬間、骨が軋むような圧力が腕を伝う。
ただの一撃にして、彼女の膝が沈んだ。
「下がって下さい、アスタロスさん!」
ライカが咄嗟に詠唱する。
「炎槍《フレア・ランス!!》」
火炎の槍が矢のように飛ぶが、デュラハンは抱えた首をわずかに傾けた。
次の瞬間――炎が掻き消える。
「なに……!? 首で、魔法を……」
ライカの目が驚愕に見開かれる。
そう、デュラハンの眼窩の紅玉が妖しく輝き、首から溢れ出る瘴気が術を相殺していたのだ。
「チッ……やりにくいな」
アレフは咄嗟に左手の呪いの指輪を握りしめた。
感覚共有――仲間の視覚や聴覚を、一瞬だけ借りる。
ジェームスの眼を通して死角を把握し、シノの聴覚を借りて鎧の軋む予兆を拾う。
「……右ッ!」
アレフの叫びに、アスタロスがすかさず動く。
「《グロウ・アックス》――裂断衝ッ!」
新たに鍛えた戦斧が眩く発光し、軌跡を描きながら大剣と衝突。
火花が弾け、衝撃波で後方の瓦礫が吹き飛んだ。
シノが隙を逃さず竜爪を突き込むが、デュラハンは首を高く掲げることで周囲全てを見渡し、背後から迫る斬撃を防いでみせる。
「正面の剣は重撃……背後からの奇襲も潰される……!」
アスタロスが汗を滲ませる。
「だったら――共有感覚で一手先を読む!」
アレフは仲間と呪いを繋ぎ、デュラハンの動きを仲間全員で共有させた。
赤い眼が揺れ、大剣が再び振り下ろされる。
「避けろッ!」
全員が同時に声を上げ、刹那のタイミングで散開。
轟音が空間を揺るがす中、確かな一体感が生まれていた。
首無しの騎士――デュラハンの重圧の中、彼らは新たな戦い方を手に入れていた。
しかし、デュラハンは構わず不気味な光を宿した大剣を握りしめ、一歩ずつ前へ迫ってくる。
首を小脇に抱えたその姿は、常軌を逸した異形。だがその足取りは重戦車のように揺るぎなく、ただ歩み寄るだけで空気が重圧に押し潰されるようだった。
「来るぞ――散れっ!」
アレフの声と同時に、仲間たちが再び散開する。
呪いの指輪による感覚共有。彼はすでに仲間の視覚、聴覚、嗅覚、そして皮膚に伝わる風圧さえも、すべて自らのものとして把握していた。
背後から迫る重騎士の気配を、シノの鋭い感覚を通じて捉え――アレフは瞬時に身体を捻る。
轟音と共に振り下ろされた大剣が、ほんの紙一重で空を裂いた。
もし感覚共有がなければ、反応しきれなかっただろう。
「――いいぞ、このまま翻弄するんだ!」
アレフが短く指示を飛ばす。
右手ではアスタロスが《戦斧》を大振りに回転させ、破壊的な質量を込めた一撃をデュラハンの胴へと叩きつける。
炸裂音。火花。衝撃波。
デュラハンの巨体が僅かに揺らぐ。
同時に、ライカの精霊魔法が背後から襲いかかる。無数の氷刃が矢のように突き刺さり、鎧の継ぎ目を穿つ。
痛覚はないはずのデュラハンが、一瞬だけ動きを止めた。
「今だ、畳みかけろ!」
アレフは仲間の視界を通じて、すでに死角を把握していた。
アスタロスが跳躍、上段から鋭い斬撃を浴びせかける。
各々の攻撃が波状のように重なり、重騎士の動きを封じていく。
――これなら押し切れる。
誰もがそう思った、その瞬間。
デュラハンは、抱えていた首を――天へと放り投げた。
「……ッ!?」
宙に浮いた首の眼窩が、不気味に赤光を帯びる。
次の瞬間、視線が閃光のように迸った。
――《威圧の眼光》。
咆哮のような呪力が視界に流れ込み、心臓を鷲掴みにされる感覚。
仲間たちの身体が一斉に硬直する。
「な――ぐっ……!」
シノの竜爪が宙で止まり、アスタロスの巨斧も振り下ろされる寸前で凍りついた。
彼女たちの援護を続けていたジェームスとライカの二人も、その場で石像のように固まっている。
全身を縛り付ける絶対的な支配。
それは肉体ではなく、精神を直接拘束する呪いだった。
「……俺は――動ける……?」
アレフだけは、膝をつくことなく踏みとどまっていた。
理由は一つ。腰に佩いた魔剣が、威圧の呪いを貪り喰ったからだ。
仲間たちが次々と大剣の餌食となる。
吹き飛ばされ、斬り伏せられ、呻き声をあげて地に伏す。
「ちっ……厄介な呪いだ……!」
アレフは奥歯を噛みしめる。
グラトニーのおかげで動けるとはいえ、このままでは仲間が次々と潰されていく。
そして再度攻撃を仕掛ければ、同じようにデュラハンは首を投げ、眼光で拘束してくるだろう。
アレフが唇を噛んだ時、ふとグラトニーの言った言葉が脳裏をよぎった。
《そいつが強力な武器になるかどうかは……お前次第だ》
「……待てよ。」
同時に閃いた策を、アレフはすぐに形にする。
「みんな――もう一度、同時に仕掛けるんだ!」
「……え?」
硬直から解放されたシノが、不安げに声を漏らす。
だがアレフは頷いた。
「次も必ず首を投げる。その瞬間を……狙う!」
仲間たちは理解できないままも、何も言わず頷いた。
再び一斉攻撃が開始される。
大地を抉る戦斧の衝撃。
風と氷が混じる魔法の連撃。
竜爪が閃光のように舞う。
デュラハンは受け止め、受け流し、それでも確実に押され始める。
そして――やはり首を高く投げ上げた。
「来た……ッ!」
アレフはすかさず呪力を放ち、《呪いの指輪》の力を発動する。
デュラハンの首とアレフ自身を、感覚共有の呪力で結びつける。
「……繋がった……!」
眼窩が赤く輝く。
次の瞬間――デュラハンが《威圧の眼光》を放つと同時に、アレフもその眼差しを見つめ返した。
両者の視線が重なる。
共有された感覚が、呪いそのものを循環させる。
「……くらえッ!」
瞬間、デュラハンの巨体がビクリと硬直した。
赤光が逆流し、呪いの力が自らへと突き刺さる。
アレフの視線を通して――《威圧の眼光》がデュラハン自身へ返ったのだ。
「……これで、動けるのは俺だけだ!」
仲間たちが再び硬直したが、今度は構わない。
デュラハンが拘束されているのだから。
アレフは大剣を振りかざす。
全身を呪力で満たし、硬直した巨躯に狙いを定める。
「――終わらせる!」
だが、刃が振り下ろされる寸前。
脳裏に――声が響いた。
否。声ではない。
呪力を通じて流れ込む、意識そのもの。
それはデュラハンを通じて未練を訴える、ゴミ捨て場の残留思念だった。
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