023話 黒き指輪と首無しの番人
瓦礫の迷宮を抜け、薄暗い通路を進んでいくと――ひときわ場違いな“古びてはいるが、綺麗すぎる宝箱”が、廃材の山の中に鎮座していた。
「おいおい、こりゃツイてるな! 見ろよ兄貴、宝箱だぜ!」
目ざとく見つけたアスタロスが、嬉々として駆け寄ろうとする。
「待て、アスタロス。それは――」
アレフの制止の声が届くより早く、アスタロスは宝箱に手を伸ばした。
――バクンッ!!
突如として箱の蓋が巨大な顎と化し、アスタロスの腕に噛みつこうと襲いかかる。
「……そりゃ喰われるだろ。旨そうな“牛肉”が向こうからやって来るんだからな……」
「ぬおおおッ!? 喰われてたまるかぁぁ!? 俺は牛肉じゃねぇ!」
大慌てで腕を引き抜いたアスタロスは、間一髪で顎を外させる。だが宝箱――ミミックは、足のような触手を突き立て、獲物を逃がすまいと跳ねかかってきた。
アレフが呆れを隠さずため息をつく。
アスタロスは慌てて戦斧を構え、迫るミミックへ反撃に出る。
斧が唸りを上げ、光の衝撃波を纏った刃が振り下ろされる。
「破衝烈斬!!」
戦斧が凄まじい勢いでミミックの手前に叩きつけられ、その巨体を派手に吹き飛ばす。
「ギギャァァア――!!」
断末魔をあげ、歪んだ怪物の姿は崩れ落ち、ただの古びた宝箱へと戻った。
「はぁ……“宝箱に食われて死亡”なんて、洒落になんねぇぜ」
「……ねぇ、アレフ。アスタロスさんが入った後のお風呂のお湯を使えば、美味しい料理が出来るんじゃないかな?」
ライカがキラキラと目を輝せている。
「そりゃ旨いかもしれねぇが……ちょっと食いたくねぇな。なんか、毛とか入ってそうだし……」
アレフは心底嫌そうな目をアスタロスに向ける。
「……俺様を出汁にする前提で話してんじゃねぇぇ!!」
クスクスとした笑い声が、ダンジョン内の重苦しい空気をかき消していた。
《冗談はそのくらいにして、そろそろ開けてみてはどうだ?》
グラトニーの低い声がアレフの意識に響く。
アレフは頷き、慎重に宝箱を開ける。
中には漆黒の指輪がひとつ。
その禍々しい気配に、グラトニーが低く笑った。
《……ほぅ、これは少々毛色が違う呪いだな。宿主を蝕むのではなく、繋ぐ呪い……“感覚共有”か》
「感覚共有……?」アレフが問い返す。
《この指輪を嵌めた者は、呪力で相手と結びつく。その時、五感を共有できる――だが代償として、相手の傷や苦痛が、呪い返しとして己に降りかかる》
一同に緊張が走った。再び空気が重たくなる。
メリットは計り知れない。だが同時に、リスクは致命的だ。
アレフは黙り込み、しばし考えた後、指輪を手に取った。
――冷たい。まるで生き物が脈打っているような感触。
「こいつは当たりだ。“呪い返し”?んなもん、喰らっちまえば関係ねぇよ……だろ?」
《……フフ。その通りだ。面白くなってきたではないか。小僧、この呪いは必ず役立つぞ》
言葉とは裏腹に、グラトニーの低い声が薄暗いダンジョンの空気をさらに重たくした気がした。
アレフは静かに黒い指輪を拾い上げ、左手の薬指にはめ込む。
冷たい金属が肌に触れた瞬間、ぞわりとした悪寒が背筋を這い上がり――視界が、一瞬、二重にぶれた。
「……視えて、聞こえておるかの?」
シノの声と同時に、彼女が靴音を鳴らす感触が、ほんの刹那だけアレフの足裏に響いた。
「……なるほどな。これが“感覚共有”か」
眉をひそめるアレフに、グラトニーが笑いを含んだ声を漏らす。
《そいつが強力な武器になるかどうかは……お前次第だ》
アレフは深く息を吐き、仲間たちに告げた。
「……他にも呪われた品が潜んでいるかもしれない。油断はするな。先へ進むぞ」
瓦礫の通路はやがて開け、巨大なドーム状の空間へと繋がった。
壁一面に突き立つ錆びた剣、砕けた甲冑、折れた槍――まるで戦場の残骸を寄せ集めたかのような光景だ。
その中央に、妖しく脈動する《ダンジョンコア》が鎮座していた。
黒い結晶が不規則に鼓動し、淡い瘴気を撒き散らしている。
「……あれが、核」
アレフが剣を構え直し、アスタロスも背後の戦斧に手をかける。
しかし、その時――
ガシャリ。
低く重たい鎧の音が、空洞に木霊した。
闇の中から現れたのは、漆黒の甲冑に身を包んだ騎士。
片腕に握られた大剣は、主を失った墓標のように鈍く光り、もう一方の手には――首。
それは自らの首だった。
「……デュラハン……!」
アレフが呟くと同時に、騎士の瞳孔にあたる紅玉がぎらりと光る。
首無しの騎士は、首を小脇に抱えたまま大剣を持ち上げ、核の守護者として静かに立ち塞がった。
次回タイトル:024話 首無しの騎士と呪いの眼光




