022話 廃棄された呪いの巣
丘陵地帯の外れ。
人通りの途絶えた荒れ地を抜けた先に、それは口を開けていた。
かつてはただの廃棄場だったのだろう。
折れた剣や錆びた鎧、ひび割れた盾が山のように積み上がり、風に吹かれて軋む音を立てている。
皮袋や古びた杖、割れた魔晶石までも散乱しており、まるで戦場の亡骸のようだった。
「……ひどい有様だな」
アレフが低く呟く。
だが異様なのは、ただのゴミの山ではない。
積み上げられた残骸の隙間から、黒い靄がじわじわと漏れ出し、地面に染み込んでいる。
風向きが変わるたびに、腐臭とも血の匂いともつかぬ悪臭が鼻を突き、思わず顔をしかめるほどだ。
「これ……瘴気、だよね……?」
ライカが声を震わせる。
ジェームスは無言で頷いた。
その瞳は鋭く光り、主へと注意を促すように前へ一歩出る。
やがて視界の先に、ぽっかりと空いた巨大な穴が現れた。
崩れた瓦礫の奥、地面を抉るように広がった裂け目――それこそが、“ゴミ捨て場”がダンジョンへと変貌した入口だった。
アスタロスが愉快そうに笑う。
「まるで地獄への門だな! ゴミに喰われに来る連中は、さぞいい顔で絶叫してるんだろうよ!」
だが、その笑みの裏でさえも、空気に漂う異様な重苦しさは隠しようがなかった。
耳を澄ませば、穴の奥から鉄を引きずるような音や、誰かの呻き声のような残響が微かに聞こえてくる。
「……引き返すなら、今じゃぞ」
シノが袖を掴むようにして言った。
アレフは深く息を吸い、眼前の闇を見据える。
「いいや、行く。呪われたアイテムがあるのなら……この先だ」
闇の入口に一歩、また一歩と踏み込む。
それはまさに、忘れ去られた廃棄物の山から生まれた、負の迷宮への第一歩だった。
闇の穴を抜けると、そこはまるで別世界。
足を踏み入れた瞬間、靴裏に広がるのは土や岩ではなく――折れた刃や砕けた盾の欠片。
ガリッ、と金属を踏みしめるたび、不快な音が耳に残り、緊張を強いる。
「……これ、全部……捨てられた武具か」
アレフが低く呟く。
道と呼べるものはない。
錆びた鎧、焦げた布切れ、粉々になった魔晶石が入り混じり、まるでゴミの海が層を成したかのように果てしなく続いていた。
壁面にあたる部分は、剣や槍が突き立ち絡み合っており、まるで刃の檻だ。
そして――その隙間から、薄ぼんやりと青白い光が漏れ出している。
光源は砕けた魔道具の残滓。だが、その光は温もりではなく、冷ややかな悪寒を伴っていた。
「……お兄ちゃん……なんだか、誰かに見られてるみたい」
ライカが肩を震わせる。
実際、彼女の言葉は正しかった。
散乱する兜の奥から、骸骨のように歯の欠けた鉄仮面がこちらを睨んでいる。
砕けた盾の破片に映る影は、こちらの人数と合わない。
まるで廃棄された武具そのものが、怨念を宿した監視者となっているかのようだった。
「気を抜きませぬよう。これは……ただのゴミではありません」
ジェームスが鋭く警告を放つ。
耳を澄ませば、確かに聞こえる。
――誰かの呻き声。
――鉄を削るような軋み。
――そして、ときおり、子供の笑い声のようなものまで。
不気味さに息を詰める一行の前で、積み上がったガラクタが唐突に崩れ、瓦礫の山が蠢いた。
その隙間から覗いたのは、錆び付いた鎧に、黒い靄をまとった影の兵士。
ゴミと残留思念が形を得て、動き出したのだ。
アスタロスが口角を吊り上げ、楽しげに戦斧を担ぐ。
「ハハッ……歓迎のつもりか? いいぜ、相手になってやる!」
廃棄物の迷宮は、ただの通り道ではない。
ここは、忘れ去られた遺物が怪物と化す、呪われた迷宮だった。
影の兵士は折れた剣を握りしめ、闇の眼窩から虚ろな光を滲ませている。胸部には黒い靄――怨念の核が脈打ち、心臓のように鼓動していた。
「……出やがったな」
アスタロスは、打ち直された新たな武器――戦斧を構えた。
刃に刻まれた魔紋が淡く光を帯び、廃墟の闇を裂く。
怨念兵が唸り声を上げ、折れた剣を振り下ろす。
ガキィィィン!
火花を散らし、アスタロスが斧で受け止めた。
「重ぇ……だが――!」
斧に魔力を込めると、刃が眩い光を放ち始める。
アスタロスは低く叫んだ。
「喰らいやがれッ、《破衝烈斬》!!」
振り抜かれたグロウ・アックスが、光の衝撃波をまといながら兵士の胸を叩き割る。
黒い靄が爆ぜ、兵士は呻き声もなく崩れ落ちた。
「……一撃で核ごと砕くとは」
ジェームスが目を見張る。
だが、終わりではない。
周囲の瓦礫の隙間から、鎖を引きずる兵士や、折れた槍を構えた影が次々と這い出してくる。
「チッ、群れで来やがるか……!」
アスタロスは舌打ちし、構え直す。
「気をつけるのじゃ! 数が多い!」
シノは叫ぶと、くるりと身を翻す。
「竜尾ッッ!!」
尻尾が生き物のように蠢き、二体の兵士の足を絡め取った。
呻き声とともに動きが鈍ったその隙を、アスタロスが逃さない。
「まとめて砕くッ!」
彼は戦斧を頭上にかざし、再び魔力を集中させた。
帯電した空気が発光し、バチバチと弾ける。
戦斧の刃に落雷のような衝撃が走った。
「《雷鳴轟斬》!!」
振り下ろされた刃は、雷撃の奔流となって怨念兵たちを包み込み、核ごと焼き尽くす。
瓦礫の迷宮に、焦げた鉄屑の臭いが広がった。
「……はぁ、こいつは頼もしいな」
アスタロスはグロウ・アックスを肩に担ぎ、不敵に笑う。
「斧が強化されたことで、戦いの幅も広がったってわけか」
アレフが頷き、剣を構え直す。
……しかし。
ガラクタの奥からは、まだ鉄屑が軋む音が聞こえていた。
第一階層――それはまだ序章に過ぎなかった。
次回タイトル:023話 黒き指輪と首無しの番人




