002話 呪われた神器ー七つの大罪を求めて
マンティコアを討ち果たし、無事に帰還を果たしたアレフは、その足でギルドへと向かった。
その様子を、路地の影からひそやかに見つめる男がいた。
男の名は《ジェームス・クリフ》。
カース家に代々仕えてきた執事の一族であり、“闘気”を操ることで様々な技を使いこなす“武闘執事道”を極めた血脈でもある。
姿は静謐そのものだった。年齢は三十前後に見えるが、正確な歳を知る者はいない。
夜よりも濃い漆黒のタキシード、硬く糊の効いた白いシャツの襟、その下には深紅のシルクのネクタイ。まるで血を吸った薔薇が一輪、胸元に咲いているかのようだった。
細い縁の丸眼鏡の奥に覗く瞳は、闇のように深い黒。感情を映さぬその奥には、研ぎ澄まされた刃にも似た光が潜んでいた。
不幸体質の呪いによってカース家は三年前に没落した。
それでもなお、ジェームスはアレフを案じ、いまも執事として彼に仕え続けていた。
──その忠義を知らぬまま、アレフは討伐の報告を終え、ギルドを後にする。
だが心の奥には、どうしても拭えぬ引っかかりがあった。
──契約は成された。
マンティコアとの戦いのさなか、ダンジョンの奥で響いたあの声。
思い返すたび、あの瞬間から魔剣グラトニーの切れ味が異様なほど鋭くなった気がする。
偶然ではない。
人通りの絶えた路地裏で、アレフは腰の魔剣を抜いた。
「……おい。あの時の声は……お前なのか?」
刃が夕陽を反射し、淡い光を放つ。次の瞬間、頭の奥に直接響く声が答えた。
《ようやく気づいたか、人間。あれは我の意思だ》
あまりにあっさりと返ってきた答えに、アレフは息を呑む。
魔剣は愉悦を含んだ声音で告げる。
《我は“七つの大罪”のひとつ、《暴食の魔剣グラトニー》。貴様は我と契約した主だ》
「七つの……大罪?」
アレフはダンジョンで出会った少年の言葉を思い出す。
魔剣は嘲るように笑いながら語った。国家機密とされる“呪われた神器”の存在を。
《魔剣グラトニー》——呪われた神器にして《七つの大罪シリーズ》のひとつ。
その刃は対象の“呪力”と“呪い”を喰らう。喰らった呪いは己の性質として継承される。
だが代償も苛烈だ。契約者の呪力を常に啜り、枯渇すれば生命力すら奪う。
ただし大罪シリーズを揃えれば揃えるほど器は拡張され、保有できる呪力量も増すという。
七つを揃えた者は、常識を超えた力を得る。
アレフの胸に、かすかな興奮が芽生えた。
(……七つ集めれば、「F」ランクなんて比じゃない。いや……《災厄の魔女》にだって届く……!)
魔剣は次なる神器《憤怒の手甲》が眠るダンジョンの噂を告げた。
アレフは迷うことなく決断し、屋敷へと帰路を急いだ。
かつての栄華を失った館。その扉を勢いよく開け放つ。
「お帰りなさいませ、アレフ坊っちゃん」
待ち構えていたのは、先回りして戻っていたジェームスだった。
「……いい加減、“坊っちゃん”はやめてくれ」
照れくさそうに言い捨て、アレフはソファに身を投げた。
ジェームスは紅茶を用意しながら、さりげなく主の様子を観察する。
「ずいぶんと急いでおられるようで。次はどちらへ?」
「西の山脈だ。《憤怒の手甲》が眠ってるらしい」
「……また危険な響きですな」
「危険じゃなきゃ強くなれないだろ」
小さくため息を吐きつつ、ジェームスはカップを置いた。
「ならば、わたくしも同行いたします」
「……断っても聞かないんだろ」
「ええ。アレフ様の身を案じるのが執事の務めですから」
***
翌朝、二人は最小限の荷をまとめ、屋敷を発った。
西へ続く街道には秋の気配。赤茶けた落ち葉が馬車の車輪に巻き込まれていく。
山脈までは三日の行程。初日は平穏だったが、二日目の昼頃——森を抜ける街道に不穏な気配が漂った。
「……アレフ様、止めてください」
ジェームスが片手を挙げ、周囲を探る。次の瞬間、茂みを裂いて三体の巨狼が現れた。
甲殻は黒鉄色に光り、牙の間から滴る涎は酸のように地を焦がす。
《呪獣か。“呪い持ち”ではないが、喰えば我の糧となろう》
腰の魔剣が獣の匂いに応じるように震える。
アレフは口角を上げ、魔剣を抜いた。
「ちょうどいい……手甲を取りに行く前の、肩慣らしだ」
「では、わたくしも失礼して」
執事服の袖口から鍛えられた拳が構えられる。
森に、二人と三匹の殺気が交錯した。
ジェームスは静かにナイフを抜き、“闘気”を込める。
その所作は晩餐会で料理を切り分けるかのように優雅だ。
「武闘執事道《テーブルマナー編》——レッスン1、鋭切」
稲光のような閃きが走り、先頭の狼の後脚腱を正確に断つ。
体勢を崩した瞬間、アレフの魔剣が唸りを上げる。
《急所を突け》
低い指示に従い、一閃。首が刎ねられ、黒い霧となった呪力が刃に吸い込まれていった。
《ほう……なかなか良質な呪力だ》
グラトニーが呟く。
二体目が横合いから襲いかかる。
ジェームスは一歩踏み込み、同じく“闘気”を込めたフォークを突き出す。
「レッスン2——刺突」
甲殻の継ぎ目を正確に突き抜け、獣が呻く。
その刹那、最後の一体が背後から跳びかかってきた。
ジェームスは銀のトレイを翻す。
「武闘執事道《エレガント・サーブ編》——鉄壁」
衝撃を受け流しながら、視線をアレフに送る。
「今です、アレフ様!」
「……ああ」
魔剣の冷徹な声が脳裏に響く。
《喉元、三寸下——そこだ》
刃が正確に切り裂き、最後の獣が沈黙する。
ジェームスは血飛沫を避け、静かにナイフとフォークを収めた。
「以上、本日の教育的指導は終了です」
アレフは小さく笑い、魔剣を鞘に収める。
「……頼りになる執事だ」
《無駄口は後だ。次の獲物は、もっと強い》
冷ややかな声が、余韻のように脳裏に残った。
次回タイトル:003話 憤怒の手甲の眠るダンジョン 前編




